第162話

 鎖に巻かれているトモミの亡骸の側で丸みを帯びた黒い空間が浮かび上がる。輪郭は微かに光り、まるで日食を間近で見ているようだ。それは徐々に黒色の雷を伴い、ナツキとミライはその雷が自分達に襲い掛かってくるような気がして、顔を腕で覆った。


 ナツキたちとは反対に右腕だけとなった平田は口をあけながらヒビの入った眼鏡越しからこの光景を恍惚とした表情で眺めている。平田はボロボロのステッキを手放して呟いた。


「素晴らしい……」


 ナツキとミライは顔を覆ったまま強大な魔力を感じとる。


「ハッ……ハッ……」


 ナツキはミライに声をかけようとしたが喉が上手く振るえてくれない。あまりの恐怖に身体全体がふるえ、声をだす声帯を上手く振動させることができない。ナツキは表情で今の気持ちをわかって貰うためにミライの方を見た。ミライもナツキ同様恐怖に震えている。しかし闘争心が少しだけ顔に現れていた。


「トルネイド!!」


 ミライは宙に浮かぶ黒い円目掛けて魔法を唱えた。竜巻が黒い円にヒットしたかのように見えるが、よく見るとその黒い空間に竜巻が吸い寄せられるように見えた。


 ミライの顔から闘争心が消えた。そして黒い円から現れた。右目に赤い蛇の目、左目に銀色の猫の目をした魔族。それは初めからそこにいたのではないかと思えるほど自然に直立していた。鋭い爪に漆黒の翼。澄ました表情には知的さを彷彿とさせる。


 メフィストフェレスは自分の手を握りしめ、そしてそれをまた開く動作を繰り返していた。自分の身体が上手く動くか確かめているようだ。メフィストフェレスは平田の持っているボロボロのステッキに目をやり顔を少しだけ歪めた。


「ハ……ハハハハハハハ!!!」


 平田は狂ったように笑いだした。メフィストフェレスは這いつくばる平田に視線を送る。


「ヒッ!!」


 威圧された平田は叫び声を上げたが、直ぐ様思い直し、目の前の魔族に話し掛けた。


「わ、私がお前を召喚したのだ!!だ、だから私の言うことをきいて貰おう!」


 メフィストフェレスは黙って平田の言うことをただ聞いていた。


「わ、私の身体を元に戻せ!そして、そこにいる小娘達を殺せ!!」


 メフィストフェレスはナツキとミライに視線を送る。ナツキはその場でへたりこんだ。ミライは後ずさる。


「願いは1つだ」


 この魔族の響くバリトンの声は静かで厳かな印象を与える。


「それなら私の身体を元に戻せ!!」


「よかろう」


 メフィストフェレスは掌を平田に向けて魔法を唱えた。平田はサイボーグ化する前の肉体に戻り、立ち上がった。ナツキとミライはその場から動けないでいる。


「ハハハハハハハ!!素晴らしい!!」


 平田は実験室から飛び出し、強化ガラス越しにメフィストフェレスに話し掛けた。


「実に素晴らしい!!」


「対価は……」


 メフィストフェレスが呟く。


「私の魂だろ?ククク……」


 平田は笑いを堪えるのに必死の声で言った。そしてとあるボタンを押した。実験室の床から鎖が飛び出し、メフィストフェレスを巻き付ける。


「フハハハハハハハ!!その鎖はその魔法使いを巻き付けているモノと同じだ!」


 メフィストフェレスは鎖に巻き付けられたトモミを見た。


「それは魔力を吸いだし貯蔵する魔道具だ!これでお前は私のモノだ!!さぁお前の素晴らしい魔力を私にくれ!!」


 メフィストフェレスに巻き付いた鎖の魔道具が光り出した。メフィストフェレスはようやく巻かれた鎖を一瞥する。


「これは凄い!!どんどん魔力が溜まっていく!!この魔力さえあれば私は神になれる!!」


 メフィストフェレスは平田が発した神という言葉に反応を示した。平田に掌を向ける。


「無駄だ!お前の魔力はどんどん吸収されていくぞ?フハハハハハ!!」


 メフィストフェレスは開いていた掌をグッと握り締めた。すると平田とメフィストフェレスの間の空間にある物質が握り潰されるようにして圧縮された。平田とメフィストフェレスの間を隔てるものがなくなると、身体を治されたばかりの平田は尻餅をつきゆっくりと後退する。


「あ、ありえない……そんな……」


 ミライはメフィストフェレスの魔法を見て呟いた。


「無理……第七階級魔法なんて……」


「わ、私はお前を召喚したんだぞ!!私の言うことをきけ!!」


「もうお前の願いは叶えた。……対価を頂こうと思ったが……やめだ」


 メフィストフェレスは禍々しい魔力を纏い唱えた。


「呪縛」


 尻餅をついている平田の身体を覆うように魔法の鎖が出現し平田を巻き付けた。身動きのとれない平田はやめろと声を出そうとしたが声がでない。


「そこにいろ、あとでゆっくりと八つ裂きにしてやる」


 平田は恐怖で顔を歪ませようとしたが、それすらできなかった。メフィストフェレスに巻き付いていた鎖が砕け散る。そしてナツキとミライに向き直り質問した。


「この世界にディータはいるか?」


 ナツキはミライを見た。ミライは首を横にふる。


「ペシュメルガは?」


 その質問にもミライは首を横にふって答えた。


「ヴィヴィアンは?ファウストは?」


 首を横にふり続けるミライにメフィストフェレスは徐々に確信していく。


「ランスロットは?エレインは?……ハ……ハハハハハハハ!!」


 ナツキとミライは震えが止まらなかった。


「誰もいないではないか!!この世界は実に清らかだ!!」


 メフィストフェレスは一通り笑ったあと、ナツキとミライに再度話しかける。


「お前達は人族でありながらそこそこ魔力を持っているな。私を満足させる量ではないがお前達を糧にしてやろう」


 二人は小さな悲鳴を上げて後ずさる。


「恐れることはない。これは光栄なことだ」


 迫り来るメフィストフェレス。その時ナツキの持っているステッキが光り出した。

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