第135話

 思い悩んだ末、奴隷ロペスは自分の選択を正しいと思うようにした。


 ──これで良かったんだ……


 サムエルの演説を聞いたロペスは自分の置かれた立場を今一度考えた。サムエルは尊敬に値する人物だし、ここでの奴隷生活は自分がオアシス伯爵領で従事していた時よりも快適なものであった。


 しかし、こちらにも家族がいる。オアシス伯爵を決して裏切れない理由がロペスにはあった。演説の内容を記した文書を鳥の足にくくりつけ飛び立たせる。後にロペスはあの行動は正しかったのだと何度も言い聞かせた。


 ──まさかサムエルの後ろにいた腰巾着が帝国の者だとは、奴隷になったこの1年半、思いもよらなかった。


 開戦の日、奴隷の多くは戦闘の手伝いをしていたが、ロペス達他の奴隷達は屋敷の中で待機していた。


 ベラスケスは身元がわからない奴隷達を監禁すべきだと主張したがサムエルがそれに反対をしたのだった。基本的に屋敷を自由に移動できるようにしていたのだ。しかし、屋敷の外へでることは禁止するというとことでベラスケスは納得したのだった。そして屋敷の中まで侵入された際、奴隷達に、戦うもよし、降伏するもよし、と選択する余地を与えていた。因みにロペスは身元不明者と分類され屋敷にいる。


「私も戦闘に参加させてください!」

「私も何かお手伝いをさせてください!」


 戦闘に志願する奴隷達は多かったが、身元がしっかりしている奴隷達にのみ仕事が与えられていた。


「君達の気持ちはわかるが、もし屋敷の中まで敵が侵入してくるのであればできれば降伏してほしい」


 サムエルは奴隷達に命令するのでなく懇願していた。自分達を大切にしてもらえていると奴隷達はまたも涙を流しながらサムエルの言うことをきく。


「はぁ~、俺もサムエル様の為に戦いたかったなぁ」


 奴隷であるカレーラスが後頭部に手を組んで天井を仰いだ。


「もし屋敷の中に敵が来たら俺達も戦おうぜ!なぁロペス?」


 同じく奴隷であるクアトロがロペスに訊くと


「…ああ」


 ロペスの戸惑いがちな返事にカレーラスは笑った。


「どうした?ビビってんのか?ww」


「…まぁな……」


 力ないロペスの返事を一笑にふしたカレーラスの笑い声が徐々に小さくなっていった。


「…」


 ロペスは同じ身元不明の奴隷達との会話を適当にすましていたが、心ここにあらずといった様子だ。


 ──どちらに味方すべきか、いや俺は今までオアシス伯爵の為に働いてきたのだ。それに家族が…人質にとられて……


 オアシス伯爵のことは好きではなかった。サムエルの方が何倍も徳があり尊敬できた。


 ──それでも愛する家族の為にサムエル様を裏切っても良いですよね…ディータ様…こんなときにだけ神頼みか……私はズルい人間だ


 ロペスが神に問い掛けているときに、一際大きな轟音が響き、屋敷全体を揺らした。


「なんだ!?敵が屋敷に入ってきたのか?」


 クアトロが立ち上がったがロペスはそれを制する。


「外の様子を見に行ってくる」


 ロペスは一刻も早く戦況を見極めたかった。


「じゃあ俺も行くぜ!」

「俺も!」


 クアトロとカレーラスは立ち上がり、ロペスを見やった。 


 ──不味い…コイツらが来たら隠密に行動できない


「いや、恐らくまだ屋敷に来てないと思う。それにサムエル様の側にはフェルディナンもいるだろ…お前達がいるとアイツも…なあ?わかるだろ?」


 立ち上がった2人は、気まずい空気を醸し出す。


「…あぁ確かに、そうだな」

「…任せたよ」


 この奴隷2人は過去にフェルディナンと畑を荒らした件で揉めていた。我ながら機転の利いたことが言えたとロペスは少し自分を誇らしく思った。


 ロペスは部屋から出るとサムエルとフェルディナンのいる部屋に入った。


「ロペスさん!」


 フェルディナンが興奮気味でロペスに話しかける。それと同時にサムエルの近衛兵が警戒し、ロペスに問い質した。


「どうした、何故ここへ?」


「…今の音はなんですか?私含めて多くの奴隷達が不安になっていたので来てしまいました」


 ロペスの問いにはフェルディナンが答えた。


「凄いよ!自警団達が今の爆発をさせたんだ!それで敵も殆ど倒しちゃってさ」


 その真意を近衛兵に窺うロペス。


「そう…なのですか……」


 近衛兵は頷いた。どうやら戦況は自警団に傾いているらしい。


「心配することはない」


 主人であるサムエルもいつもの自信のある顔つきで答える。


「おら、さっさと部屋に戻れ!」


 近衛兵が乱暴な声で叱責するのをサムエルがすまないといった表情をしてロペスを部屋から追い出した。


 ──あぁサムエル様、貴方は本当に素晴らしいお人だ…こんな私を許してほしい……


 ロペスは他の奴隷達のいる部屋には向かわず、違う方向へと歩いて行った。


─────────────────────


「……」


 アナスタシアは味方の兵が消し飛ぶ姿を目の当たりにし呆然と立ち尽くした。


 そして攻めの手を緩めることなく自警団の騎兵隊がダーマ王国兵に襲い掛かる。


 アナスタシアは唇を噛んだ。


 後ろから続々とダーマ王国兵が上陸するがまたあの爆発が起きるのではないかと彼等の足を鈍らせていた。


「くっ…」


 折角、奥まで押し込めたが、再び砂浜で自警団の騎兵隊と戦闘になるダーマ王国軍。


 ラハブは自ら先頭を走りダーマ王国兵と戦っている。


 ──いける…このまま押し込んで、屋敷に籠城すれば3日以上粘れる……


 上陸してくるダーマ王国の兵をラハブは騎乗しながら長剣を鞭のようにしならせて斬りつける。戦況を確認する為、周りの様子を見ると、小舟付近に白いシルクのドレスのようなものをめしている女がいた。


 ラハブはあの女を知っている。宮廷魔道師のアナスタシアだ。


 しかし、この乱戦で彼女は何をするつもりなんだと疑問に思っていたが、アナスタシアは魔力を練り始める。


「まさか……」


 ラハブは大声で命令する。


「全員下がれ!」


 この命令は自警団を守るのは勿論、ダーマ王国兵の命も守る命令でもあった。


 乱戦の中、離脱するのは難しい。自分達が優勢であると信じる自警団にとっては、何故ラハブが後退を命じたのか理解に苦しむ。また、ダーマ王国兵は後退していく自警団をくい止めようとしていた。


 自警団達は乱戦から後退出来ずにいた。


「まずい……」


 ラハブが呟いた直後、アナスタシアは魔力を練って唱えた。


「ファイアーエンブレム」


 ラハブの予想は的中した。


 敵味方が多く入り乱れている地面に赤く輝く魔法陣が現れ、そこから火柱が立つ。


 自警団の多くが殺られてしまったと同時にダーマ王国兵も、また犠牲になった。


「あの女……」


 ラハブはアナスタシアを見やると彼女は微笑していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る