第127話

 馬の歩く小気味良いリズムと蹄を大地に沈める感触を味わいながら自警団団長のラハブは元々硬い口元を更に引き締めながら考えていた。


 ──アイツら…がらは良くないが個々の実力はそれなりにある。しかし、連携となるとまだまだだ……


 自警団団長ラハブは休憩時間の終了を団員達に伝える道すがらにいた。


 ──乱戦になれば隊列なんてのは関係なくなる。初めの隊列は斜陣がけ等の分かりやすいものにすべきだろうか?一度乱戦になるとアイツらは再び隊列を組み直せないし、ましてやこっちの命令にも従わないだろう


 腕を組ながら馬上で熟考するラハブは休憩場が近付くにつれ、その場がいくらか騒がしいのに気が付いた。


 ──アイツらまた騒ぎやがって……


 休憩所に接近するにつれ、その声が大きくなるどころか小さくなっていった。


「?」


 ようやく肉眼で何をしているのか確認できる頃には殆どの者が固唾を呑んで中央にいる二人を見守っていた。


 ──あれは…決闘か?いや、木剣を振り回しているのは明らかにうちの団員だが無抵抗でやられているのは……ここの奴隷だ!


 ラハブは直ちに馬を走らせ、二人の間に入り決闘、いや虐待を止めようとしたが、遅かった。


 本来団員同士の決闘や試合では頭部の攻撃は命を落としかねないため例えそれが木剣でも禁止されている。しかし渾身の一撃が少年法奴隷の脳天に入った。


 ラハブはそれを目前にして止められなかった。そして直ぐ様、団員であるモヒカン男の腕を馬上から掴み、馬から飛び降りてモヒカン男に乗っかる形で組伏せた。


「一体なんてことをしているんだお前らは!!」


 ラハブは一喝すると組伏せているモヒカン男から他の団員達にギロリと目をうつした。


 団員達は呆気にとられている。


 戸惑いの視線をラハブに送っていた。


「ここにいる奴隷はサムエル様の所有物だぞ!それを殺したらどうなること…か……」


 ラハブは団員達を叱りつけながら脳天を割られたであろう奴隷の少年を見た。そこには立ったままラハブを死んだよう眼で見つめている少年がいた。


「バカな……」


 ラハブはしかと目撃していた。自分の団員が少年の脳天を割るにたる勢いで攻撃していたのを、ここは少年が生きていたことを喜ぶべきなのだが、歴戦の猛者であるラハブにとっては驚愕せざるを得なかった。


 あの一撃をものともしないその強度は自分よりもレベルが上である強者のみだからだ。


 ラハブは気をとりなおして、団員達に命令する。


「何があったかは訓練後に聞く。さっさと準備しろ」


 そう言うとラハブは木剣を握っている少年の前に立つ。


 するとラハブは何を思ったか、腰に提げている真剣を一気に抜き、少年に斬りかかった。


 団員達と側にいるもう一人の少年奴隷フェルディナンは驚いた。 


 しかし、少年はその剣速よりも速く身体を動かしラハブの攻撃を躱す。


 その光景を見た団員達はまたも動けずにいた。


「おらお前ら!さっさと準備しろ!」


 少年に向き直るとラハブは続けた。


「……君は一体何者なんだ?」


「……」


 少年奴隷の死んだような眼の瞳孔が少しひらいた気がした。


 それはラハブの攻撃に驚いたのではなく、自分がその攻撃を避けたことに対しての驚きのようだった。


 フェルディナンは今までの光景にみいっていたがようやく我に返り、少年の元へ駆けつけた。モヒカン男にやられた肩の痛みはもうなくなっていた。


「大丈夫か…?」


 少年奴隷に声をかけた。


「コイツ喋れないんです」


 フェルディナンは少年奴隷の身体を気遣い、自警団団長のラハブに事情を説明した。


「喋れない?」


「はい…自分もまだご主人様の奴隷となって1ヶ月ですけどコイツが喋ったところ見たことなくて……」


「そうか……私の団員がすまないことをしたようだ…申し訳なかった」


 フェルディナンは自分が奴隷という身分にも拘わらずきちんと謝罪をするラハブに好感をもった。


 ことの顛末をラハブに話したフェルディナンは、訓練場をあとにし少年と一緒に小屋へと戻る。


 少年は無言でいつものように横になる。


 フェルディナンはチラと少年を見ては、考え込んだ。


 意を決したフェルディナンは横になってる少年に向かって言った。


「ごめん!」


「……」


「俺、お前が正直邪魔だった…。お前がいるから畑が荒らされたし、自警団達にバカにされたんだって思った。だから俺がやられた後にお前に剣を持たせたんだ。お前もやられちまえって感じで……」


「……」


「お前が一発入れられた時にスカッとしちまった…でも違った。何度も何度もやられてるお前を見て俺が求めてるのはそんなんじゃないって気付いた。でももう止められなかった。怖くなったよ…お前が死んだらどうしようって……」


 フェルディナンは考えが上手く纏まらず、思いの丈をぶつけるようにして言っていた。


「…」


「それによ…お前がいなかったらそもそも俺はここに雇ってもらえなかったみたいだしな…。こうやって奴隷なのに幸せな生活はできてなかったってわけだ……」


「……」


「なんて言っていいかわかんねぇけど、俺がバカで愚かだった。ごめん……許してくれ!!」


 フェルディナンは再び頭を下げた。


「…ハ…ル……」


「え?」


「ゴホッ…ゴホッ」


 少年が咳き込んだ。そして微かに声が聞こえる。


「…ハル……」


「ハル?…え?」


 フェルディナンは少年が声を出したことに驚いた。


「ナ…マエ……」


「そ、そうか!お前ハルって言うのか!ごめんな!ハル!これからも宜しく頼むよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る