第74話

~ハルが異世界召喚されてから13日目~


 スタンは焦っていた。それは自分が聞かされていないことをマキャベリーが仕掛けて来たからだ。


 ──妖精族とハルについての詳細を伝えていないのがバレたか!?しかし、どうして……そんなことよりも、緋色の瞳をした。ルーグナーとは偽名か?流石に帝国四騎士シドー・ワーグナーと同じ姓なら怪しまれるか……


 スタンが初めてアベルと会ったのは、彼がまだ12歳の時だった。


◆ ◆ ◆ ◆


5年前。


<帝国領とある訓練施設>


 20歳前後の若い男女が整列している。


 その列の前で彼等を取り仕切っている者が、語りかけた。


「今日は士官学校の特待生達が来ている。ミイヒル?」


「ハっ!」


 金髪で癖っ毛を長く伸ばしている青年が返事をした。


「この子と戦ってみてくれ。もちろん、全力でな」


 浅黒い肌に白髪の少年の肩に手を置きながら教官は言う。


「ハっ!」


 ミイヒルは同じ発声法で声を出す。


 5年前スタンは二人の戦闘を見て舌を巻いた。ミイヒルはスタンと違い戦闘能力を評価され、当時最も力のある隊に内定していた者だった。


 前へ出たミイヒルと少年が互いに攻撃を繰り出しつつも回避をかかさない。目で追うのがやっとだった。


 ミイヒルと12歳の少年はほぼ同じ実力だった。


 少年の名前はアベル・ワーグナー。現在帝国四騎士、シドー・ワーグナーの息子だ。


◆ ◆ ◆ ◆


『勝者、アベル・ルーグナー……』


 試合を終えた彼等2人に会場からはパチパチとまばらな拍手が聞こえてくる。


 アベルを見たギャラリー達の反応とは逆にレナード、レイ、ハルは全く違う反応を見せた。


「「「へぇ~おもしろいヤツ」」」


─────────────────────


『続きましてぇぇ!!第三試合!!ダーマ王国王立魔法高等学校所属3年生マリウス・ポンメラシー!対!フルートベール王国王立魔法高等学校所属1年生レイ・ブラッドベル!!』


 リングに向かって歩く2人。


 ──年下だと思っていたがまさか相手は1年か……


 実況のアナウンスで対戦相手の学年が判明したことによりマリウスは憂鬱になった。


 以前のマリウスなら年下には絶対に勝てると思っていたが、数日前、ダーマ王国魔法学校にきた、1年生アベルにやられてから自分に自信がなくなっていた。


 ──そして今回も相手が1年生、しかもブラッドベルの弟ときた。勝ったとしても3年生なのだから当然と思われ、負ければ恥を晒す…こんな損なことあるか?


 歓声が聞こえる。


「レイ~~~~!!」

「レイく~~ん!!」

「頑張ってぇ!!」

「キャーーレイく~~ん!!」


 選考会でレイのファンがさらに増えた。もちろんファン筆頭はマリアだ。


『始めぇぇ!!』


「シューティングアロー」


 開始早々レイが魔法を放った。レナードの速度には劣るものの、レイは堂々と魔法を唱える。


「くっ!」


 マリウスは向かってくる光の矢を何とか凌いだ。レナードより遅いが、これについていくのはやっとだ。


 ──さっきのグスタフもやはりかなりの手練れ……


 レイは選考会と同様に無数のシューティングアローを唱え、マリウスに対して放つ。


 四方を魔法に囲まれるマリウスは避けることを諦め全身に魔力を込めてガードした。


「舐めるなよ!」


 ガードし終えたマリウスはレイを見失う。


 ──どこだ!?


 光の剣で胸を貫かれそうになるマリウスは間一髪でそれを躱した。


 会場は魔法の剣が現れると、同時にどよめく。


『でた~!!ブラッドベルの伝家の宝刀!!』


「あれがブラッドベルの魔法の剣……」

「かっけぇ~」

「きゃー!!」


 魔法で創られた剣はギザギザと波打っている。少しでも触れれば大ダメージを受けるだろう。


 レイによる剣の連撃を避けるマリウス。


「ほぉ、魔法士であるのに剣筋を読むか……」


 ダーマ王国騎士団長のバルバドスは自国の魔法学校の生徒を見直した。


「対策を練ってきてるみたいだね」


 アレンは呟く。


「そうか、ブラッドベル家の対策か……」


 スコートがそれに同意した。


「いっけぇぇぇぇ!!レイ!!!」


 普段の大人しい声はどこへいったのやら、マリアの声にアレックスは耳を塞ぎながら観戦していた。


 ──避けれるには避けれる…これもアベルのおかげだ……


 マリウスは大会前アベルとの訓練で、彼が振るう剣筋を身体で覚えていた。レイの斬撃ならば何とか躱すことはできる。


 上段からの斬撃を躱すマリウス。しかし眼前にレイの掌が……


 シューティングアローを諸に受けダメージが入り、その光のせいで目が一瞬見えなくなる。


「うっ!!」


 その隙にレイはマリウスの胸に剣を突き刺す。腕輪がくだけ散った。


「あっけな…ハハハ……」


 乾いた笑いと感想が漏れでた。


『勝者!レイ・ブラッドベル!!』


「きゃーーーー!!!!」

「レイくーーーん!!」


「これがあるから魔法剣士は厄介なのだ……」


 バルバドスは自国の選手に拍手を送っていた。


 選手控え室に入るマリウスを待ち受けていたのは妹のコゼットだ。


「お兄ちゃん!!」


「ごめんな…情けない姿見せて」


「ううん!大丈夫!仇はアベルがとってくれるよ!」


 コゼットはその言葉がどれ程兄を苦しめるのかわかっていなかった。しかし、今はそんなことに気を使われるよりかは、ましだとマリウスは自分を諫める。


「レイ坊っちゃんも、しっかり成長なさってますな」


 従者の言葉はレオナルドに届いていない。先程からレオナルドは難しい顔をしている。さっきのアベルの試合を見ていたからだ。


「……」


 レオナルドは黙って次の試合が始まるのを待っていた。


『第四試合!ダーマ王国国立魔法高等学校3年エポニエーヌ・テナルディエ!対!ワインマール法国魔法学園高等学校3年オリガ・ゴルルゴービチ!』


 女性同士の対戦。


 この試合の組み合わせは開催国に一任されている。ギラバによる操作が著しい。ハルがシード扱いになっているからだ。


『始めぇぇ!!』


 ハルはこの後、2人の女性のどちらか勝った方と戦うことになる。


「ファイアーボール!」


 オリガがエポニエーヌに3つのファイアーボールを放つ。


 ギラバの構想では、レナードに他国の生徒と戦わせて決勝まで進ませ、会場をレナード一色にさせてから決勝でハルがレナードを倒し、戦力層の厚さを見せしめたかった。


「ウィンドスラッシュ!」


 第二階級風属性魔法を唱えるオリガ。


 ハルは後の対戦相手になるかもしれない者達を観察しながらアベルの強さについて考えていた。


 ──あの速度と掌底は手加減されたモノだ。


 おそらくダーマ王国の選手アベルが本気を出せばレッサーデーモン並みの強さだろう。勿論、物理攻撃はアベルにとっては有効なのでレッサーデーモンの方が総合的には強い。


 ──しかしレベルは18でステータスもスタン先生とあまりかわらない数値。ということはスキルで一時的にステータスを上げたのだろうか?


 自分が追い詰められることはなさそうだけど、負けそうになったら第四階級魔法を使おうかと考えるハル。

 

 ──いや、会場や観客が犠牲になる気がするし……


『勝者オリガ・ゴルルゴービチ!』


 考えが纏まりきらない内に勝者が決まった。


─────────────────────


『それでは第五試合、ダーマ王国国立魔法高等学校1年アベル・ルゥゥグナー!対!フルートベール王国王立魔法高等学校3年レナード・ブラッドベル!の試合を行います!!』


 この日、最も観客が沸いた。


 それとは対照的に各国の要人達は冷静な目でこの試合を観戦しようと準備をしていた。

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