第75話

~ハルが異世界召喚されてから13日目~


『始めぇぇ!!』


 実況の声が歓声の間に割って入る。その声を更なる歓声が埋め向くした。


 レナードは開始の合図と同時に、シューティングアローを唱える。


 アベルはそれを躱すと、直進してきたレナードが飛び膝蹴りを食らわしてきた。初めから魔法が躱されるとわかっていたかのような動きだ。しかし、スコートはレナードの唱えたシューティングアローを見て鳥肌が立つ。自分では避けきれないと判断したからだ。


 アベルは半身になって、レナードの横を通り過ぎるようにして、その飛び膝蹴りを避ける。すれ違い様にレナードの胸に手を置いてファイアーボールを唱えた。


 レナードは胸に置かれたアベルの手を掴み、腕に脚を絡ませる。そしてアベルの掌を脇にずらした。ファイアーボールはレナードの脇の間で放たれ、火球は観客席へと向かい、滅する。レナードの脚はアベルの腕に絡み付けた勢いそのままに、アベルの後頭部を蹴るが、アベルはそれを難なく片手で受け止め、一言告げる。


「もっと本気でかかってこい」


 レナードはアベルから離れ、もう一度間をとった。


『は?いぇ?何が起きているんだぁ!?』


 実況と観客の殆どが何が起きたかわかっていない。


「何がどうなってんの?」

「わかんねっ」


「な、なにが起きているんだ?」


 ダーマ王国宰相のトリスタンは自分の思ってることが口から出る。


「あのアベルって子はダーマのどこ出身で両親は何をしているのですか?」


 アナスタシアはトリスタンの疑問には答えず、質問で返した。


 トリスタンはアベルの設定上のことを言おうとしたが思い止まる。一国の宰相が1年生の出身を知ってるのは不自然だと考えたからだ。仮に言ったとしても代表選手の為一応調べたと言い訳ができるが、少しの疑問を抱かせたくはなかった。


「あとで彼の担任に聞いてみよう」


「……」


 トリスタンの返答に何の反応も示さないアナスタシア。この試合に圧倒されているようだ。


「……」

「……」


「あのぉ、今のはどういう攻防が……」


 ヴァレリー法国議長ブライアンが訊く。シルヴィアとエミリアは黙っていた。真剣な面持ちで2人の試合を見ている。


「その台詞を聞くのは久し振りだよ」


 レナードは自分に向かって本気でかかってこいなんて言われるのはいつぶりかを思い出していた。


「じゃあ、いくよ?」


 レナードは光の剣を顕現させ剣技『剣気』を使って身体能力を向上させる。光の剣のせいでレナードは下から光を受けて、怪しく照らされていた。


 光の剣を下段に構えたレナードは横一閃に虚空を薙ぎ払う。観客の目に残像が半円を描くようにして刻まれる。斬撃がアベルの足元に向かって直進した。


 アベルはそれをその場で跳躍して躱すと、レナードがクルクルと光の剣を器用に回しながら接近し、空中にいるアベルの脇腹から肩にかけて斜めに斬り上げた。しかし、アベルの足がレナードの斬り上げようとする腕を抑えるようにして乗っかる。


「近付きすぎだ」


 アベルはそう呟くとレナードが斬り上げる腕の力をも利用して、後方へと飛ぶ。音もなく着地を決めるアベルに、レナードは追い討ちをかけた。剣技を連続で繰り出すレナード。それを全て紙一重で躱すアベル。


「わぁー夜に見たら綺麗そぉー」


 バカそうな女が両の掌を目一杯開いて、宝石をみるかのような仕草で言った。


 ──すっげぇ、全部完璧に躱してる……


 レナードは攻撃しながら思った。


 躱される中、片手を剣から離し、シューティングアローを唱えた。先程のレイの試合のように剣技と魔法による連続攻撃。しかし、やはり当然の如く躱される。


「レイもやっていたが光の剣だけでなくそこに魔法を唱える…すごい!」


 デイビッドはレナードに感心した。


「でもそれをアイツ全部避けてるよ?」


 アレンがデイビッドの独り言に追加で一言付け加える。


「すげぇ……」


 スコートはただただ驚いていた。


「っく!」


 レナードは又も一旦距離をおく。


「はぁはぁはぁ……」


 レナードが肩で息をし始めた。それもそのはず、光の剣は魔力の消費が激しい、そこに剣技を駆使しつつ魔法も使っている。


 いくらレナードといえど消耗は著しい。


 しかし対するアベルは余裕が窺えた。


 ──このまま剣技を繰り出すのも楽しいが……勝ちにいかなくては……


 レナードはそう思うと第二階級光属性魔法を唱えた。


 一回戦でグスタフに唱えたモノよりも広範囲に唱えた。光源がリングを覆い尽くす。これでは避けるもなにもない。


「プリズム!」


 眩い煌めきがアベルに降りかかる。


 観客はあまりの眩しさのため、手でひさしをつくり目の辺りに翳している。やがて目が慣れるとリング上には1つの人影しか見えない。いや、1つではなく2つの人影が重なり1つに見えているのだ。


 ようやく2人が何をしているのかわかった。


 レナードが再び光の剣をだし、アベルに斬りかかっているが、それをアベルは素手で受け止めていた。


 押しも引くも出来ない状態でレナードは硬直している。


「なんたることだ……」


 それを見ていたレナードの父レオナルド・ブラッドベルは呟く。何故なら、光の剣を白羽取りのように掴んでいるからだ。光の剣は魔法と同じ扱いなので、手に魔力を纏うと遠距離系の魔法と同様弾かれるのが普通だ。


 しかし、あの白髪の少年アベルは手でそれを掴んでいる。おそらく魔力の制御が完璧なのだろう。レナードの造った光の剣に込められた魔力量を瞬時に見極め、ピタリと一致させたことで自分の手を傷つけることもなく、光の剣を弾くことにもならずに剣を掴んでいる。


 このことは何を意味しているのか、ずばりレナードよりも格上だと証明している。


「君も全力で来たらどうなんだ?」


 レナードがお返しとばかりにアベルに囁く。するとレナードは眼前にいたアベルの姿を見失った。リングにはアベルの足が付着していた部分だけがひび割れている。


 レナードは自分の背後でアベルの声を聞いた。


「わかった」


 振り向くとアベルが剣を手にしていた。


「え?」


 レナードは疑問を口にする。何故ならレナードの光の剣は風の中を舞う砂のように消えていくからだ。


 そして、レナードの腕輪が砕け散った。


『勝者ぁぁ!!アベル・ルーグナー!!』

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