第54話


~ハルが異世界召喚されてから6日目~


 血の臭い。これは先程までの死闘により立ち込めた臭いではない。何年も前から床に、天井に染み込んだ臭いだ。


 スタンは塔の地下に広がっている施設を改めて探索する。


 生徒とユリという妖精族の娘は宿に戻ってもらった。


 今回、スパイでありながらこんなにも大胆な行動を何故とったのか、いくつか理由がある。

勿論ユリの境遇に同情はしたが、スタン達がクロス遺跡に遠征することを帝国軍総司令のクルツ・マキャベリーは知っていたはずだ。それなのにこの施設のことをスタンには教えていない。


 余計なことは言わない人物だが、ハルの実力や動向を探れ、という命令をだしておきながら、そういった情報を注意事項としてスタンに知らせていないのは、マキャベリーらしくない


 ──つまりこの施設は帝国のモノではないと推測できる…ではこの地下施設は?


 フルートベール王国が魔物を操る研究と妖精族の研究を極秘でしていたのか?そんなことは聞いたこともない。その線もスタンは薄いと思っていたが、どちらにしろ帝国に有益な情報が手に入ると考え、ハル達に協力したのが一番の理由だった。


 スタンは地下施設の奥、ユリの母が収納されていたカプセルのさらに奥に小部屋を発見した。


 今まで見てきた部屋よりも綺麗に掃除され、書類等もきちん棚に整理されていた。


 ──机がある。


 その上に資料と思われる紙切れが束となっていた。


 スタンはそれを手に取りパラパラと目繰り上げながら目を通す。そして、机の上に戻した。


 机の引き出しには、神ディータのシンボル、クレセントがあった他、魔物を支配する魔道具に関することが記されている紙を発見した。


 ──これは重要な資料だな……


 後は妖精族と魔族に関する資料。勇者ランスロットに関する資料もあった。


 ──何故こんなものが……?


 そしてグレアムの日記と、


 ──これは……報告書?この施設や実験は一体誰の命令でやっていたんだ?


 報告書に目を通すスタン。


 ──これは……


─────────────────────


「…帝国の情報が漏洩していると?」


 水晶玉から声が聞こえる。スタンは水晶玉に向かって発言した。


「はい。今回、クロス遺跡で発見された魔物を操る技術はかつて帝国が研究していたものと記憶しております」


「確かにそうですね。クロス遺跡の研究室は私も知りませんでした。おそらく王国の所有物でもなさそうですね。そこから他に何かでてきましたか?」


 水晶玉から聞こえるのは帝国軍総司令のマキャベリーの声だ。マキャベリーは至るところに密偵を潜り込ませている。その中で、王国が魔物の研究をしている等という情報を聞いたことがなかったようだ。


 ──マキャベリーも知らないとなるとあの施設は王国のものでもない……


 スタンは推測しながら答えた。


「はい。研究結果を報告している用紙には、頻発して出てくる、ある単語があります」


「単語?」


「はい、アジールという単語です。これは何かの組織名なのでしょうか?」


 しばしの沈黙の後、マキャベリーは息を吐いてから答える。


「ふぅ…やはり、とでも言っておきましょうか」


「ご存知だったのですね!何なのですかこのアジールという組織は?」


「貴方の予想通り組織名ですが、これ以上は貴方が知らなくてもいい情報です。それよりも他に何か報告はありますか?ハル・ミナミノについて何かわかりましたか?」


 スタンは妖精族のユリに関する話はしなかった。ましてや彼女の持つ涙の力も話すつもりもなかった。ハルについても。


「……いえ、特にありません」


 少しの間をおいてマキャベリーは返事をした。


「……そうですか、引き続き潜入していてください」


「はっ承知しました!」


 通信が切れたことを確認した後にスタンは緊張の糸が切れたようにベッドに横たわった。


「はぁ、俺も変わったなぁ」


─────────────────────


<帝国領>


 マキャベリーはスタンとの通信が切れた水晶玉を暫く眺めていた。やがて顎に手を置き思案する。


 ──アジールが魔物を操る研究だけを今更するのだろうか?……それにアジールが絡んでいたにも関わらず、その研究室の者達を全滅させた?スタンさんごときがそんなことできるわけないでしょうに。ハル・ミナミノ……貴方は私の予想以上の存在なのですね。それならこれから開かれる三國魔法大会で………


 マキャベリーは自分の考えを口にしながら整理する。


「三國同盟…プロパガンダ…少々面倒ですね。それならば……」


 マキャベリーは水晶玉に手を翳しどこかに指令を言い渡した。


─────────────────────


 生徒一同とユリはハル達の寝泊まりする部屋にいる。


「私、小さい時に森の中の街に住んでいたんです。でも、そこで理不尽に私と母を傷付ける人達がいて……私はその時涙を流しました。どうしてそんなことするの?って、そしたらその人達は倒れてしまって…それから母は私を隠すように森から離れて二人で暮らすようになりました……」


 ユリは隷族の首輪が嵌めてあった所を触りながら話した。主人が死ぬと外れる仕組みになっていたようだ。


「でもユリは妖精族だよね?妖精族の涙は全ての傷を癒すと聞いたのだけれど…これじゃあまるで魔族……」


 アレンが言い終わる前にアレックスが小突いた。


「それは、私にもわからないです。でもこれから知っていこうと思います!」


 ユリの迷いのない真っ直ぐな表情にハルは応える。


「うん!一緒に調べよう!」


 ユリは今後、ハルのいる孤児院に住むか、それが無理なら、誰かの家のメイドとして働くか、はたまた王都に一人で暮らすか。お金に関しては皆ほとんどが貴族出身なので皆で出し合えばなんとかなる。ハルがそう考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。そして、ドアが開く。


「ユリとハル、ちょっといいか?」


 スタンが部屋に入らず顔だけを覗かせハルとユリを呼んだ。前回も思ったが、ノックしてから扉を開けるスピードが早すぎる。子供に嫌われるタイプの父親になるだろうと、ハルは想像した。


「お前達に相談がある……」


 ハルの想像を無視して、スタンは帝国に有利になるようにことを運ぼうとするが、ユリのことも十分考慮するような提案をした。


「まず、ユリのお母さんをキチンと火葬しよう」


「……」


 いま施設内はそのままにしてある。ユリの母にだけ白い布で全身を覆っていた。


「もし妖精族が生きていると知られれば、きっとまた良くないことをされる危険性がある……」


 スタンは語気を弱め、なるべく強制しないよう配慮した。


「…はい。わかってます……火葬しましょう」


 折角母と対面できたユリだが、すぐにお別れをしなければならないのは辛いだろう。


「すまない…それでハルにはあの施設をぶっ壊してもらう」


 つまり、あの地下室で魔法の実験をしていたが、失敗し、爆発、施設が壊れ、それに巻き込まれたグレアム司祭が死んでしまったというストーリーだ。スタンはハルに手製の爆弾を預けた。


「こんなの持ってるのって変じゃないですか?」


 ハルが尋ねる。


「そうか?俺のMPがなくなったらお前らを守れなくなるだろ?だからいざという時の為にこういう文明の力ってのが必要なんだよ」


 ハルは理解したようなしていないような曖昧な返事をする。これもきっとスパイ道具の1つなのだろうとハルは予想する。

 

 作戦の仕上げとして、スタンが宿屋の店主と話しているときにクロス遺跡付近で爆発が起こり、駆け付ける。そんなアリバイを作るという手筈にもしていた。


 他の生徒達にも事情を説明し、協力を促した。


<塔の地下施設>


「本当に良いの?」


 ハルはユリに確認する。


「うん。もしお母さんの遺体が見つかったら、また悪い人たちに利用されちゃうかもしれないし…私も………ハルくん、やっぱり……ちょっと待って!」


 ユリが母親の亡骸へ近付く、祈り捧げているようだ。少しするとユリはおもむろに短剣を取り出し母親の背中の羽を切り取った。


「え!?」


 ユリは羽を手にし、それをハルに渡した。


「これは?」


「妖精族の羽は防具や薬として用いられたことがあるらしいの…だからハルくんにあげる」


「いいの?…お母さんの……」


「私にはもうあるもの…お母さんから貰った大切な羽が……」


 ユリは首を回し、自分の背中の羽を見て言った。


 ハルはそれを受けとるとアイテムボックスにしまう。


 ユリは何かが吹っ切れたかのような表情をしている。ハルはユリの母にフレイムを放って火葬した。


 パチパチと音をたてている火の粉が、まるで小さな妖精達が踊っているように見えた。


 ──これで後は、この施設を…って!忘れてた!レッサーデーモンの死骸がある。フレイムで焼けるのだろうか?


 ユリの母の火葬を終えたハルは、次にレッサーデーモンの死骸にフレイムを放った。一瞬でレッサーデーモンの身体全体に炎が行き渡るが、


 ──燃えない…これどうしよう……


 ヴァーンストライクを唱えてみてレッサーデーモンの死骸が燃えたとしても、この施設を壊す分の魔力が残らないし……ん~できるかわかんないけどやってみるか!


 一応燃え残ると厄介なのでレッサーデーモンの固い部分である爪と牙と角を叩き斬って、それをアイテムボックスにしまった。


 そして、ハルはユリに宿屋へ戻るよう指示する。ユリはハルのことを名残惜しそうにして一人宿屋へと戻った。


─────────────────────


「しっかし!魔法学校の先生はすごいですなぁ!!」


「いやいや!そんなことないですよ」


 スタンは宿屋の店主と酒を交わしながら話している。


 ──いつでもいいぞハル?


 スタンは、チラリとクロス遺跡方面に視線をやった。


 ユリは宿屋の正面玄関から入らずに、外から二階のアレックス達の部屋を見上げる。


 二階の部屋の窓には布で作った縄が垂らされており、それを使って出入りしていた。


「あれ?もう終わったの?爆発を起こすんじゃなかったっけ?」


 ユリが窓枠に脚をかけて入室する。


「まだです…ハルくんが私を巻き込みたくないから宿に戻るようにって……」


「へぇ~」


 アレックスが相づちを打つと、クロス遺跡の方から大地を揺るがす程の轟音と衝撃が襲ってきた。


「「「「は!!!?」」」」

「「「「え!!!?」」」」


 深夜に寝静まった者達、宿屋の他の宿泊客達も慌てて起き上がる。


 揺れが一通りおさまると、アレックス達はクロス遺跡の方角を見た。崖が崩れ落ちているのが確認できた。


 アレックスは恐る恐るユリに訊く。


「あれが合図?」


「たぶん……」


 スタンと宿屋の店主は直ぐ様、表へ出る。宿泊客達も数名遅れて外に出てきた。


 爆発音がした遺跡付近の崖が半壊している。スタンは思った。


 ──ハル……お前何階級の魔法使った?


─────────────────────


 スタンから貰った爆発物を地下施設の奥にセットし、ハルは魔力を練り上げる。


 地下施設は塔を背にして空間が造られており、地下施設の奥は真っ直ぐ進むと海方面、つまり崖に向かって広がっている。


 施設の奥側、崖側に向かって大きな魔法を唱えても被害は出ないだろうと踏んだハルは、初めて唱える魔法を行使してみた。


「フレアバースト!!!」


 第五階級火属性魔法だ。


ピコン

第五階級火属性魔法

『フレアバースト』を習得しました


ゴーン ゴーン


~異世界召喚せれてから1日目~


HP、MP、SP、筋力、耐久力、魔力、抵抗力、敏捷、洞察が3上がった


【名 前】 ハル・ミナミノ

【年 齢】 17

【レベル】 17

【HP】  161/161

【MP】  174/174

【SP】  199/199

【筋 力】 131

【耐久力】 147

【魔 力】 164

【抵抗力】 147

【敏 捷】 144

【洞 察】 148

【知 力】 931

【幸 運】 15

【経験値】 3100/3600


・スキル

『K繝励Λ繝ウ』『人体の仕組み』『諠第弌縺ョ讎ょソオ』『自然の摂理』『感性の言語化』『アイテムボックス』『第四階級火属性魔法耐性(中)』『第三階級火属性魔法耐性(強)』『第二階級以下火属性魔法無効化』『第一階級水属性魔法耐性(中)』『槍技・三連突き』『恐怖耐性(強)』『物理攻撃軽減(弱)』『激痛耐性(弱)』『毒耐性(弱)』『受け流し』

  

・魔法習得

  第一階級火属性魔法

   ファイアーボール

   ファイアーウォール

  第二階級火属性魔法

   ファイアーエンブレム

   フレイム

  第四階級火属性魔法

   ヴァーンストライク

   ヴァーンプロテクト 

  第五階級火属性魔法

   フレアバースト


  第一階級水属性魔法

   ウォーター


  第一階級風属性魔法

   ウィンドカッター


  第一階級闇属性魔法

   ブラインド

  

  無属性魔法

   錬成Ⅱ

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