第52話

◆ ◆ ◆ ◆


「お母さぁーん!これなぁに?」


 幼い頃のユリは変わった形の草を握りしめ、母親のミーナに訊いた。ミーナもユリ同様長い銀髪を綺麗に伸ばし、尖った耳の持ち主だった。


「これはコネティカット草と言って煎じて飲めば傷が癒える薬草の一種よ」


「へぇ~」


 ユリは感心しながら、手にした草を見て口に含んだ。


「あっ!!」


 ミーナはユリが食べるのを止めようと前のめりなるが遅かった。子供が手にしたモノを口に運ぶ時の時速は光速をも超える。


「にがぁ~い……」


「フフフ、苦いからそのまま食べちゃダメよ」


「もう遅いよぉ~」


「フフフ」

「ニシシシ」


 ミーナの控えめな笑い方に対して、ユリは上下の閉じた歯を見せつけながら笑った。


 何故かはわからないけど、ユリは母と二人で暮らしていた。もっと小さい時は町にいた記憶も彼女にはあった。


 ミーナはユリが尋ねると何でも答えてくれた。何でも知っていた。


「お母さぁーん!この虫は?」


 角が生えていて、甲殻の背中、脚が8本ある虫を母に見せる。


「...それはラムダビートル」


 少し間をとってミーナは答えた。


「へぇ~...どうしたの?」


 ユリが母の異変に気付いて、ミーナに近付くと、


「待って!!あまりその虫を近付けないで!」


「どうしてぇ?」


 あの優しいミーナが少しきつい口調になった。


「...その...虫が苦手なの...」


「どうしてぇ?」


「う...(ダメよ!ミーナ!折角ユリが色々なことに興味を持ったんだから!それに昆虫といえど差別はよくないわ!)」


 昆虫の裏側、脚がうねうねしている姿を凝視したミーナは全身に寒気がした。


「じゃあこれは?」


 そんな母の思いもわからずに、ユリが更に近付いてポケットから芋虫をとりだしミーナの鼻先に掲げた。


「ひぃ!」


 ミーナはその場に倒れた。覗き込むユリにミーナは告げる。


「それは...ラムダビートルの幼...虫...」


「お母さん!大丈夫!?」


「ユリ?誰でも苦手なものがあるの...ユリは暗いところが苦手よね?」


「うん...」


 心配そうに返事をするユリ。


「お母さんは虫が苦手なの...わかった?」


「うん…わかったからお家にかえろ?」


「そうね...」


 ミーナはゆっくり立ち上がった。まだ寒気がするのはここだけの話だ。


 そんな幸せで暖かい暮らしが一瞬にして途絶えてしまった。あの日を境に。 


「ユリ!隠れて!」


 もしもの時があったら隠れることになっていた地下室。地下室と言っても子供一人が入れるスペースしかない。ここは母が良いと言うまで出ては行けない場所……


 今までに数回隠れたことがあった。森に迷った者が道を聞きに来たとき。この前も怪我をした冒険者を癒したとき。どれも数分でユリはそこから出れた。


 ユリはそこに隠れて数秒してから男の声が聞こえる。


「探しましたぞ、ミーナ姫」


「っ!?どなたですか?なぜその名前を?」


「貴方の住んでいた町を襲わせてもらいましたから」


「な!なんてことを……」


「そんなに悲観なさらなくても。あの町は貴方達家族を追放したのですよ?」


「...」


 ミーナは押し黙る。


「それよりも娘さんはどこに?」


「ここにはいないわ!」


「まぁ良い...我々と来てもらおう」


 ミーナは少し考え込むと、沈痛の面持ちで答えた。


「...わかりました」


 ミーナは地下にいるユリの為にも早くこの男達を遠ざけたかったようだ。


 ユリは母がどこか遠くへ行ってしまうことを確信していたが、母の言い付けと怖さで外に出れないでいた。


 するとミーナのもがく声が聞こえる。ミーナは背後から薬を嗅がされているようだ。そして気を失った。


「魔法じゃぁ効きにくいからな、つれてけ」


 男が命令する。ユリはというと、


「ぅッ..ぅッ」


 恐怖と悲しみでうまく呼吸ができないでいる。男達の声と足音が遠ざかっていく。


「うッ...うッ...」


 ユリは恐る恐る床板の間から部屋の様子を覗いてみた。


 そこには大きな目玉がユリを覗き返していた。


「ひっ!!」


「見ぃつけた」


 ユリは床板から出され、ぐったりと気絶している母と一緒に連れ去られてしまった。


 そこから、地獄の様な日々が始まった。


◆ ◆ ◆ ◆


 スタンは二人を相手取っていた。


 二人の戦闘スタイルは拳技による格闘だ。


 ──願ってもない。


 スタンはなるべく早く動き、相手にダメージを与えるのではなく、相手の力量と連携を見てとった。


 ──二人はそんなに強くない…だが連携だけは出来てやがる。レイがいなきゃやられてたかもな?


 レイが男にシューティングアローを足にぶつけているのが見えた。そしてもう一人、レッサーデーモンと対等に渡り合っているハルを見やる。


 ──それにハルがいなきゃ……


 ハルとレッサーデーモンは物凄い早さで攻防を繰り広げていた。


 ──襲撃中止にしといてよかった……


 もう一度、自分の相手を確認する。


 ──コイツら、どっちかが俺の背後に行こうとしやがる……


 片方がまたスタンの背後をとろうと動き出した。


 ──させねぇよ!


 スタンは背後に移動しようとする男に手をかざして唱えた。


「ファイアーボール!」


 男はそれを咄嗟に回避する。火の玉はカプセル郡の1つに当たり、破壊した。カプセルに入っていた液体が床に広がる。


 スタンは男が回避した瞬間を突こうとしたが、もう片方の男がそれをカバーして阻止する。


 カバーしてきた男の胸に蹴りをいれるスタン。そして、全体の戦況にもう一度目をやった。


 レイは男を倒したらしく、こちらに加勢しに来ようとするが、


「俺のとこはいい!それよりもアイツらんとこ行け!」


 スタンは命令し、レイが走り去る。


 ──よし、ハルは……


 鋭い爪と大剣がぶつかり合い、激しい音と火花を立てている。


 ハルは大剣を振り上げ、脚から腰にかけて流れるような体重移動を意識して、振り下ろす。


 レッサーデーモンは両爪でそれを防いだ。


 ハルは大剣で、レッサーデーモンは爪で押し合う。


 ハルは拮抗した状態から右足でレッサーデーモンの腹部に蹴りを入れた。後方に飛ぶレッサーデーモンに対して、更に間合いを詰め、追い討ちをかける。


 スタンはハルの視線がレッサーデーモンに釘付けになっているのを確認した。


 ──アイツらの前でこれはやりたくなかったんだがな……


─────────────────────


 グレアムの手下である2人の男達は焦っていた。


 1人が魔法学校の生徒に殺られ。頼みのレッサーデーモンは信じられないが1人の生徒が止めている。


 そして、目の前のこの教師。


 連携をとらせないように動いてくる。相当強い。一対一なら確実に負けていた。


 手下の男達はお互いの顔を見て頷くと、1人がファイアーウォールを唱え、もう1人がウォーターを唱える。


 水が水蒸気へと蒸発する音が聞こえたかと思うと、辺りに霧が立ち込めた。


 ──よし!これで連携が取れる!


 霧の中、スタンの位置を確認する2人。1人は正面からもう1人は後ろへと回り込もうとする。


 霧の中でスタンの影が揺らめく、シルエットを見れば拳技の構えをしている。


 ──ククク、バカめ!俺の攻撃はただの目眩まし……いや?霧がすでに目眩ましの役割を担っているのだから目眩ましの中の目眩ましだ!その間にもう一人がお前の背後をとる!


 男は汚い笑みを浮かべてスタンに殴りかかる。


 スタンの背後をとろうとするもう1人の男は仲間がけしかけているのを移動しながら見ていた。


 スタンの影は拳技の構えから動かない。


「バカが!」


 男はようやくスタンの背後を取った。これで此方の優位は揺るがない。

 

 正面から先に仕掛けた仲間の男はそのままスタンに殴り掛かったが、男の繰り出した拳はすり抜けるようにして、スタンの影と重なり合う。


「?」


 スタンの背後をとった男は疑問に思ったその時、後頭部に強い衝撃を受け、気を失った。


─────────────────────


 霧の中、正面からスタンの顔面目掛けて拳を繰り出したが、その拳はすり抜ける。


 正面から殴り掛かった男は直ぐに悟った。


 ──これは…第二階級火属性魔法のヒートヘイズ!


 すぐに霧から出ようとするが、迸る火炎が男に襲い掛かる。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!」


 熱により霧が一気に蒸発した。スタンは眼鏡をかけなおし、呟く。


「ふぅ、連携ってのは一人でもとれるんだぜ?」


 ──まさかむこうが目眩ましをしてくれるなんて運がいいぜ!ヒートヘイズは中々見せたくなかった手の内だったからな……


 自分の戦闘を終えたスタンはハルを見る。


─────────────────────


 ハルは困惑していた。レッサーデーモンを滅多刺しにしているのに傷が癒えるからだ。


 ──なにそれ?物理攻撃が効かないの?流石に再生には限度があるでしょ?もしかしたら無限とか?


 ハルは試しに、レッサーデーモンの爪だけを斬り落としてみた。


 カランと甲高い音を立てて床に爪が落ちる。レッサーデーモンは立てる爪を失くし、今度はハルに掴み掛かった。


 ──これで腕を斬り落とせばまた最初からか?


 ハルはそう思うと、レッサーデーモンの迫り来る両手を敢えて間合いを詰めることにより、掻い潜り、レッサーデーモンのもう一つの武器になり得る牙を斬り落とした。


 爪とは違って歯には神経が通っているらしく、牙を斬り落とされたレッサーデーモンは叫び散らす。


「うっさ!!」


 一向に再生されない爪と牙を見てハルは笑う。そして大剣レッサーデーモンに突き付け宣告する。


「よっし!次は角だな!!」 


 グレアムはハルとレッサーデーモンの戦闘をただただ見ていた。開いた口が塞がらない。


「バカな……」


 既に何度逃避する言葉を呟いただろう。そんなグレアムに戦闘を終えたスタンが告げる。


「もう……」


 ユリとアレックス達が此方に到着した。


 同じく、レイ、スコート、ゼルダはアレンとリコスと合流してからスタンのいる所に到着した。スコートはゼルダの肩をかりてゆっくり歩いている。


「これで終わりだ」


 全員がグレアムの前に集合した。

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