後日談4:草一君と、ふたりの友人

 僕――月岡草一には、光城光輝、水無月葵という友達がいる。いずれも放送研のメンバーだ。

 一緒に陸奥大学内を歩いていると、とにかく女子から注目を集める。

「かっこいい……」「素敵……」

 むろん、僕以外の二人への言葉だ。

 光輝は高身長な正統派イケメン。葵は小柄で可憐な顔立ち。

 僕は話を振る。

「なんかさー」

「うん?」と光輝。

「本当かわからないけど……こないだネットに『顔がでかい奴は、写真を撮られるとき、女子から隣に並ばれる』って書いてあったんだ」

「あぁ、比較で、その女子が小顔に見えるからか? それがどうした」

「なんか僕はその『顔がでかい奴』みたいだなと思って。僕が隣にいるから、光輝や葵が余計にカッコよく見えるだろうなと」

 光輝は「ふむ」と少し考えて、

「引き立ててくれて、いつもありがとな」

「そっちかよ」

 僕がつっこむと、光輝が笑って己を指さし、

「気にするなよ草一。俺は元からカッコいいからな。97点が98点になっても、大して変わらん」

「うわー……すごい自信だね」

 葵が、ジト目を光輝に向けて、

「で、そんなイケメンの光輝は、高校時代、彼女とかいたの?」

「高校時代っていうか……小五の時から、途切れることなくいたよ」

 これを自慢げにではなく、サラッと言えるのが凄いところだ。

 葵が質問を続ける。

「でも大学では浮いた話がないね。気になる人はいないの?」

「いる」

「じゃあ行っちゃえばいいじゃない。光輝ならなんとかなるよ」

「ははは、どうかなー」

 光輝は言葉を濁す。

 葵が怪訝けげんそうに首をかしげた。それからなぜか、少し恥ずかしそうに、

「……話は変わるけど、光輝。またお願いできるかな」

「ああ」

 光輝はうなずいた。

 そして少し黙考したあと、

「なあ葵、これからは草一にも協力してもらおうか?」

「それはありがたいけど……」

「よし、じゃあ草一、ちょっと来てくれ」

 なんのことだろう。

 よくわからないまま、僕は二人についていく。

 到着したのは、工学部の実験棟の廊下。シンとしていて、人の気配はない。

 葵は、周囲を慎重に確認したあと……

 女子トイレに入っていった。

(あれ?)

 葵は性同一性障害――身体は女性だが、心は男である。なのに女子トイレを使うのか?

 というか、そもそも葵は、どっちを使うのが正しいんだろう?

 光輝が、周りを見張りながら言う。

「葵、本当は男子トイレに入りたいらしいんだけどな」

「うん」

「でも以前、男子トイレに入ったら『君は女子だろう』って大学の職員に注意されたらしいんだ。事情を説明しても『ダメだ』の一点張り」

 僕が『女子トイレを使え』と言われるようなものか。葵は辛いだろう。

 光輝が続ける。

「でも葵は男の恰好してる。女子トイレに入っていくのを誰かが見たら、騒ぎになるかもしれないだろ? だから俺が見張りしてるのさ」

「いつも?」

「いや、一緒にいる時だけだよ。やりすぎると葵が申し訳なさがるし……気にしなくていいんだがな」

 光輝は自嘲げに笑って、

「でも俺ができること、これくらいだからさ」

 その言葉が、少し引っかかった。

「……そう、なのかな」

「うん?」

「それじゃ根本的な解決にならないだろ。誤魔化し誤魔化しやってたら、葵が社会に出たあとも、同じ問題にぶつかることになる」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

 光輝はムッとしている。

 怒るのも無理はない。文句を言うのなら、代案を出さねば。

「葵が男子トイレに入れるよう、大学に正式に認めさせればいいんだ」

「せ、正式に?」

 予想外だったのか、光輝が目をしばたたかせる。

 そのとき、葵が女子トイレから出てきた。

「なんの話?」

 僕が案を説明すると、葵は目を輝かせて、

「それいいね! そうすれば光輝にも負担をかけずにすむし」

「いや、俺は負担だなんて」

「無理しなくていいよ。それにボクだって心苦しいんだ」

 僕の手を、葵がとってきて、

「草一、大学に正式に認められるまでを、ドキュメンタリーとして撮ろう。ボクと同じ悩みを抱える人の、参考にするために」

「おう、作戦を考えよう」

 盛り上がる僕と葵。

 それを見る光輝は、どこか寂しそうだった。



 それから僕達は『葵が男子トイレを使う権利』を大学に認めさせるべく奔走した。

 高嶺さんたち放送研の先輩方、それに舞の力も借りる。

 皆で法律関係の本を読んだり、大学の教授に話を聞いたりした。

 その結果、ちょっと驚くべき事がわかった。

 なんと『生まれつきの身体の性と異なるトイレに入るのは、法律上問題が無い』らしい(もちろんのぞきなどが目的の場合はダメだが)。

 つまり以前、葵が男子トイレに入るのを注意した大学職員は、間違っていたのだ。

 それにネットで、こんな判例を知った。

 ある職場に『心が女性、身体は男性』の人がいた。その人はあるとき上司から、男性用トイレを使うよう強制された。これを不服として訴えたところ、違法の判決が出たという。

 これらの資料を携え、僕らは大学側に直談判した。

 ――最近、葵のような性的少数者(LBGT)が生活しやすい環境を整えることが、世界的な流れになっている。なのに当大学は旧態依然きゅうたいいぜんのままでいいのか。改善すべきではないか――

 後日これが、大学の理事会の議題にあげられた。

 そして、大学にこんなルールが加わった。

『性同一性障害者は、己が思う性のトイレを使うことを許可する』

何人なんぴとたりとも、その権利を侵してはならない』

 これで葵は大手おおでを振って、男子トイレに入れることになる。

 無論、一連の流れは光輝がビデオカメラで記録していた。僕があとで編集してドキュメンタリーに仕上げる。

 同じような悩みを抱える人の参考になれば、葵も嬉しいだろう。

 そして放送研のメンバーと舞は、放送室でジュースを酌み交した。ささやかな祝杯だ。

「皆さん、ありがとうございます」

 葵が、ひとりひとりに頭を下げた後、

「草一、君が提案してくれたおかげだよ!」

 抱きついてきた。

 無論イヤらしい意味ではなく、男同士の熱い抱擁ほうようってヤツなんだろうけど……

(あ、あああ)

 すごく良い匂いがするし、笑顔で見上げてくる葵は超可愛いし……変な気分になってしまう。ごめんよ葵。

 ……ふと舞が、僕をジト目で見ているのに気付いた。

「全くセンパイは、すぐ鼻の下伸ばして……」

 口許が緩んでしまう。

「? なんで皮肉言われてるのに、ニヤニヤしてるんです?」

「いや、舞がヤキモチ焼いてくれてるのかと思って」

「は、はぁぁ!? 違いますけどぉ!?」

 真っ赤になり、そっぽを向く舞。

 僕は肩を落として、

「だよな、君は僕をフッたんだから、ヤキモチ焼くはずがないよな……」

「そ、それはっ」

 この前のキャンプで、僕は舞に告白してフラれた。なのに『ヤキモチ妬かれてる』なんて勘違いを……なんて、イタい奴なんだ。

 舞は「あの、あの」と慌てている。

 そして吹っ切れたように、

「ああもう――そうですよ! ヤキモチ焼いてましたよ!」

 その言葉に、胸が大きく高鳴る。

(舞は、まさか僕のことを……)

 そうか。

 『ヤキモチ妬いてる』と嘘をついてまで、慰めようとしてるのか。

「君は、なんて優しいんだ……!」

「へ? 優しい?」

 とぼけちゃって、もう。

 そんな気遣いができる舞を、ますます好きになってしまう。だがあくまで僕の片思い。くそっ……! 辛い……!!

 そんな具合に胸をしめつけられていると、光輝が近づいてきて、

「お前と舞ちゃんって仲良しだけど、とことん噛み合ってないな」

 なんのことだろう。仲良しと言われるのは嬉しいけど。

「まあ、今回のことはお疲れ、草一」

 光輝が乾杯してくる。舞は僕から離れ、高嶺さんと話し始めた。

 光輝は紙コップを傾けながら、

「しかし『大学に正式に認めさせる』か。俺にはそんな発想、まったく浮かばなかった」

「いや、たまたまだよ。それに光輝だって、いつか思いついてたさ」

「それは絶対ありえない」

 光輝はなぜか、バッサリと断言した。

 そして自嘲気味に笑い、

「俺は、トイレの見張りで、葵に頼られることが嬉しかった。それで満足してたからな」

 僕は、ハッとした。

(……もしかして)

 光輝が大学に入ってから、彼女がいない理由って……

「なになに? なに話してるの?」

 葵が、僕と光輝の間に入って肩を組んできた。身長差があるので、背伸びしている。

 光輝は笑って、

「俺と草一だけの秘密だ」

「えー、仲間はずれにしないでくれよー」

 頬を膨らませる葵。

 それを見つめる光輝の瞳は優しく、そして切なげだった。






※本作が、ファミ通文庫様から『朝日奈さんクエスト ~センパイ、私を一つだけ褒めてみてください~』というタイトルで刊行されることになりました。


イラストレーターはU35先生です。

とくに朝日奈さんのイラストがいっぱいです。


4/30全国書店で発売です。よろしくお願いします。


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