後日談3:草一君と、べろべろに酔った高嶺さん
*後日談なので、本編の後にどうぞ
放送研でキャンプに出かけてから、数日後。
僕――月岡草一は、陸奥大学の放送室にいた。
放送研部長の高嶺遙花さんと発声練習をしている。今日は他のメンバーがバイト等でおらず、僕達二人しかいない。
高嶺さんは『陸奥大の女神』と呼ばれる、凜とした美貌の持ち主。そんな人と二人きりとは、未だに信じられない。
「今日はこれくらいにしましょうか。お疲れ様、草一君」
「はい、ありがとうございました」
窓の外を見ると、いつの間にか真っ暗だ。最近だいぶ日没が早くなってきている。
「あぁ、喉が渇いた」
高嶺さんは放送室の隅の、小さな冷蔵庫をあけた。そこには部員達が飲み物などを入れている。
林檎が描かれた缶をとり、くびれた腰に手を当てて飲む。
(高嶺さん、何をしても絵になるなあ)
まるでジュースのCMみたいだ、と見とれてしまう。
その瞬間。
「あははぁ、あははははははははぁ~~~~!!」
高嶺さんがいきなり、ものすごい笑い声をあげた。長い脚をふらつかせて、尻餅をつく。
「な、なんだ!?」
駈け寄る。高嶺さんは顔が真っ赤で、目がとろんとしていた。
(まさか)
彼女が持つ缶を見る……小さく『お酒』と書かれていた。
(カクテルじゃないか。なんで放送室に)
部員のツッチーさんの物かな。あの人、酒豪だし。
冷蔵庫をのぞくと、似たようなパッケージの林檎ジュースがあった。高嶺さんはこれと間違えたのだろう。
「高嶺さん、大丈夫ですか」
「らいじょーぶ、らいじょーぶ!」
どう見ても、らいじょーぶではないな。
(そういえば高嶺さんって……)
酒を飲むと、とんでもない甘え
「帰って、家で休んでください」
「や!!」
高嶺さんは幼児のように頬を膨らませ、そっぽを向いた。
「はるか、もっと、そーいちといるの!」
(甘え上戸どころじゃねえぞ)
もはや幼児退行だ。普段は凜としているのに、キャラ変わりすぎである。
「何故もっと、僕といたいんですか?」
「あのねー、はるかね-、そーいちのこと、しゅきだから!」
ドキッとした。酔っているとはいえ、高嶺さんのような美女に言われると破壊力すごい。
高嶺さんが、あどけなく首をかしげて、
「そーいちは、わたしのこと、しゅき?」
僕が好きなのは、朝日奈舞だけど――高嶺さんのことは尊敬してる。
人として好きだ。
「しゅきですよ」
「じゃあね、将来、けっこんしよ!」
はいはい、と聞き流すと、
「じゃあ大学そつぎょーしたら、すぐ!」
なんで、結婚時期だけリアル?
(でもそろそろ、大学を出ないと)
もうすぐ門が閉まる時刻だ。
高嶺さんは一人で帰れるとは思えないし、アパートへ送っていくしかないな。
「僕を、おうちに案内してくれますか?」
うん! と高嶺さんはうなずき、
「私のパパとママに、けっこんの挨拶するんだね!」
「いや、実家ではなく」
僕はさらっとつっこみ、両手をつかんで立ち上がらせた。
「おんぶ! そーいちおんぶ!」
「わ、わかりました」
背負う。高嶺さんの胸が背中にあたり、吐息が首筋にかかる。
(う、うわ、これやばい)
狼狽する僕をよそに、高嶺さんは「きゃっきゃ!」と長い脚をパタつかせて、
「ばぶ~~!! ばぶばぶ~~~~!!」
(ついにバブバブ言い始めた……)
『陸奥大の女神』のこんな痴態を見られたら、間違いなく噂になる。
僕は人目につかないよう気をつけながら、大学を出た。
高嶺さんの住まいは、幸いにもすぐ近くだった。住宅街にある、小綺麗なアパートである。
「わたしのへや、あそこ」
案内され、二階の一番奥の部屋へたどりつく。
高嶺さんは僕の背から降り、鍵をあける。
ドアがゆっくり開かれる。
(そういえば、高嶺さんって)
これまで何人に告白されても、全てフったらしい。ならば高嶺さんの部屋を見る男子は、僕が始めてかもしれない。
部屋は『陸奥大の女神』にふさわしく、美しく洗練されており……
という事はなく。
(汚な!!)
部屋は、足の踏み場もない状況だった。
床には本、Amazonの箱、脱ぎ散らかされた服などが散乱していた。なんと下着まで落ちてる。
絶句する僕をよそに、高嶺さんが部屋に突入。敷きっぱなしの布団に飛び込んだ。
「ダーイブ!」
僕は物を踏まないようにしながら、彼女に近づいて、
「まだ寝ないで。僕、帰りますから、鍵しめてください」
「すうすう……」
高嶺さんは早くも寝息を立てている。
(参ったな)
鍵を開けっぱなしで、帰るわけにはいかないし。
なんとか起こさないと……と思っていると、僕のスマホが着信を告げた。
(あ、舞だっ)
キャンプで告白してフラれたものの、リトライをすると決めている女子高生。
惚れた弱みで、反射的に出てしまう。
「もしも……」
その瞬間、ハッとした。『今どこにいるんですか』とか聞かれたら、どうしよう。
『ねえセンパイ、WCOで緊急クエスト出たみたいですよ。レアアイテムをゲットできるらしいし、行きましょうよ!』
WCOとは、僕と舞が出会うキッカケになったネットゲームだ。
「き、今日はその、ちょっと無理かなー」
『……なんか歯切れ悪いですね』
舞は
「今、どこにいるんですか?」
恐れていた質問がきた。
誤魔化そうとも思ったが、舞はカンが鋭い。すぐに嘘と見ぬかれるだろう。
やむなく、ぼそぼそと答える。
「……高嶺さんのアパート」
『は!?』
舞が衝撃を受けている。
かすかに震える声で、
『ま、まったく冗談が下手なんだからぁ……ホントなら、高嶺さんを電話に出してくださいよ』
「それはできない」
『ほら、やっぱり嘘なんじゃないですか』
「いや、僕の隣で寝てるから」
『ぎゃーーーー!!』
絶叫が、僕の耳をつんざいた。
すると突然――高嶺さんがガバッと起き上がり、スマホを僕の手からとりあげた。
「まい? こんばんわ!」
『高嶺さん!? ホントにセンパイと一緒に……』
「うん! 私、そーいち、しゅき! さっき、けっこんの約束したの!」
『ぬあー!!』
慌ててスマホを奪い返す。
舞は涙声でわめく。
『センパイのバカぁ! 私が好きって言ったのに!』
「これには深い理由……いや、別に深くもないな。とにかく理由があって」
「深い理由もないのに、高嶺さんとアレしたんですか? この……このアホーーーー!!」
すると高嶺さんが、僕に抱きついてきた。
「そーいち~~しゅき!! ばぶばぶ~~~!!」
『赤ちゃんプレイってヤツ!? 今日だけでどこまで進んだんですか!!』
あぁ、もう滅茶苦茶だ。
舞は半狂乱になってるし、高嶺さんは再び眠ってしまった。
……しかし舞、僕をフったのに、ずいぶんダメージ受けてるな。
『自分に懐いてた野良犬が、他人と仲良くしてたら悲しい』的な心理か?
●
その後、舞に丁寧に説明したところ、半信半疑だがひとまず納得してくれた。
以前『高嶺さんは酒飲むと甘え上戸』と聞いていたことも、大きかったのだろう。
ホッとして電話を切りつつ、
(そろそろ、僕のアパートに帰ろう)
だが、高嶺さんをいくら揺すっても起きなかった。これでは僕がこの部屋を出た後、鍵がかけられない。
どうしようか考えてるうちに……疲れていたので、いつの間にか眠ってしまった。
そして。
カーテン越しの朝日で目を覚ますと、高嶺さんの寝顔があった。
昨夜の幼児化が嘘のように、おだやかに眠っている。
見とれていると、高嶺さんが目をあけた。緩慢に身体を起こし、ぼんやりと周りを見る。
そして……僕と目が合った瞬間。
一気に、覚醒した。
「なぁ!? な、なんで草一君が私の部屋に!」
「おはようございます」
「ななななんで!? ……はっ!」
部屋が散らかりまくってることに、気付いたようだ。猫科動物のように飛びついて、ブラやパンツをかきあつめる。
「だ、だんだん昨日のこと、思い出してきた……」
震える声で、
「昨日酔っ払って、『しゅき』とか『けっこんしよ』とか『ばぶばぶ』とか……あ、あああ」
三十秒ほど、頭を抱えたあと。
僕を向いて正座し、爽やかな微笑で、
「この部屋へ私を連れてきてくれたのね。ありがとう草一君。御礼はまた改めてさせて
いまさら威厳を取り
高嶺さんは頬を染めて、艶やかな黒髪を弄りながら、
「それでその……私が幼児言葉を言った事とか、忘れてくれると助かる」
「努力しまちゅ」
「努力する気ないじゃないかー!!」
高嶺さんが何かを投げつけてきた。
柔らかいものが顔に当たる。
つまんで見ると……それはパンツだった。悲鳴を上げて高嶺さんが奪い返す。
「恥ずかしくて死にそう……」
「高嶺さん、らいじょーぶ?」
「だから私が言った、幼児言葉使わないでっ」
ぽかぽか胸を叩いてきた。イジるのは、このくらいにしておこう。
※本作が、ファミ通文庫様から『朝日奈さんクエスト ~センパイ、私を一つだけ褒めてみてください~』というタイトルで刊行されることになりました。
イラストレーターはU35先生です。
とくに朝日奈さんのイラストがいっぱいです。
4/30全国書店で発売です。よろしくお願いします。
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