後日談2:草一君、葵とAV観賞会をする

※後日談なので、本編のあとにお読みください



 放送研の皆で、キャンプに行ってから一週間ほど後。

 僕……月岡草一は大学内を、友人の水無月葵と歩いていた。

 葵はパーカーとジョガーパンツというラフな恰好。だがその端正きわまりない顔立ちで、すれ違う女子から注目を集めている。

 ――葵は女性の身体で生まれたが、男性として過ごしている。

 心と体の性別が一致しない、性同一性障害なのだ。

 胸はDカップあるらしいけど、普段はナベシャツ(胸を押さえつける下着)で隠している。

 小柄な葵は、僕を見上げてきて、

「草一、明日の土曜、ボクの家に泊まりにこない?」

「え?」

「前に約束しただろ。二人でエロDVDの鑑賞会しようよ」

 そういえば、前にそんな話をしたな。

「わかった」

「やった、楽しみだよ!」

 天使のように愛らしい笑顔。それを見た僕の胸に『ある不安』がよぎった。

 ……頼りになる年下のあの子に、相談してみよう。



 その日の夜の、自宅アパート。

 僕はノートPCでスカイプを立ち上げ、朝日奈舞に問いかけた。

「葵んちに泊まりに行くことになったんだけど、どうすればいいのかな」

「確かに、葵さんは複雑な事情がありますから、困ることもあるかもしれませんが――」

「それもあるけど、友達んちに行くのが初めてだからさ」

「そこからですかっ」

 舞が驚きの声をあげた。

 ……葵は僕にとって、生まれて初めての友人なのだ。

「手土産でも、持って行った方がいいのかな」

 いらないですよ、と応じつつ、舞はスマホを操作。

「あ。ネットに『男が女の家にお泊まりするときのリスト』がありました。『歯ブラシ』『ケータイの充電器』『財布』『匂いケア用品』」

「ふんふん。あとは?」

「『下着』『コンドーム』……ぶっ」

「そ、それ男が、付き合ってる女性のトコに泊まる場合だろ!」

「あはは……そうですね」

 顔を赤くして、苦笑する舞。

 だが、そのチェックリストの一部は参考にできる。歯ブラシ、充電器、財布、下着あたりを持って行けばいいな。

「ありがとう舞。そのチェックリスト参考にさせてもらうよ」

「さ、参考にするんですか!?」

 舞が声を張りあげた。上目遣いで、

「その、葵さんちに、コン……ドームを持って……」

「なんでだよ!?」

 どうやらリストの『全部』を参考にすると勘違いしているようだ。

 僕が否定すると、舞は不安げに、

「本当ですか? 葵さん超可愛いから、そういう気が起きても……」

「ないよ。僕が好きなのは君だもの」

 先日のキャンプで、僕は舞に告白した。みごと玉砕したものの、もう一度トライすると宣言している。

 僕はつづけた。

「だから今のところ、舞以外と『そういう事』をする気はない」

 舞がうつむいてしまった。髪で表情が見えず、耳が赤い。

(……もしかして僕、すごくキモい発言をしたのか?)

 好きでもない男から『君以外と肉体関係を持ちたくない』と言われたら、そりゃあ引く。

「ごめん。変なことを言ってしまった。怒ってるよな」

「そんなこと、ないですよ」

 ああ、気を遣ってくれてるんだな。

「舞は優しいな。そういうところも僕は好きだ」

「~~……」

 舞がログアウトした。

(ぼ、僕また、キモいこと言っちゃったのか?)

 対人経験値が少ないから、こういう事になるんだよなぁ……

 はぁ、とため息をついていると、スマホが鳴った。舞からLINEが来たのだ。

 慌ててメッセージを見る。

『突然切っちゃってゴメンなさい』『ところで明後日の夜、ファミレスで勉強を教えていただけませんか?』

 どうやら嫌われてはいないらしい。

 僕はホッとしつつ、了承の返事をした。

  


 そして翌日の夕方。

 僕は着替えなどの荷物を持ち、葵に貰った地図を頼りに、大学の近くの住宅街を歩いていた。

「ここか?」

 かなり古い、二階建てのアパートだ。

 葵の実家は、代々続く国会議員らしい。その気になれば多額の仕送りを貰えるだろうが、葵の生活はつつましいようだ。

 錆び付いた階段をのぼり、一番手前のチャイムを押す。安っぽいベル音が鳴った。

 ドアがあいて、葵が愛らしい顔を出す。

「いらっしゃい草一」

「おっす……って、え?」

 驚いた。

 葵はタイトなジーンズを穿き、七分袖のシャツ。だが、いつもと違って……

 大きな胸が、突き出ている。

 僕の動揺に気付いた葵が「ああ」と胸を見下ろして、

「ナベシャツは家では外してるんだよ。締め付けられるし、蒸れるし」

(こ、こんなに巨乳だったんだ)

 細身なせいか、余計に大きく見えるのだろう。

(でも葵は、僕と男友達として接しているんだ)

 イヤらしい目で見たら傷つくだろう。自制しないと。

「さ、あがってあがって」

 六畳ほどの居間に通される。読書家の葵らしく大きな本棚があって、小説やノンフィクション本などがぎっしり詰まっていた。

 二人で畳の上に胡座あぐらをかくと、葵が、

「じゃあ草一、早速AV鑑賞しよっか。いいの持ってきてくれた?」

 鞄からDVDを出して渡す。僕が好きな女優の作品。可憐な顔立ちと、巨乳が特徴だ。

 葵はパッケージを見て、目を輝かせる。

「いいね。こういうあどけない顔に巨乳のギャップ! たまらないね」

(それ、葵もだよ)

 普段はナベシャツで隠してる胸が、今は豊かに膨らんでいる――この女優以上のギャップだ。

 葵がデッキにDVDを入れ、再生させた。

 すぐに、女優が男優とまぐわう映像があらわれる。

「おお~」

 前のめりになる葵。

(エロDVDを、葵はどういう視点でみてるんだろ? 男優の立場?)

 そんなことを思いつつ、AVを見終えた。

 葵が、余韻に浸るように息を吐く。

「いやぁよかった。草一、さすがだね」

「それ、喜べばいいのか?」

 僕がつっこむと、葵は笑った。

 だが突然、真剣な顔になり……

 胡座あぐらから正座に座りなおし、僕をまっすぐに見つめてくる。

「草一、お願いがあるんだ。ボクの一生にかかわる問題なんだ」

 重すぎる前置き。

(きっと大変な頼みに違いない)

 葵のことは親友と思っている。力になりたい。

「僕ができることなら、協力するよ」

「ありがとう……」

 葵は感謝に満ちた笑顔。

 そして聖女のごとく、両手を祈るように組んで――

「おちんちんを、見せてほしいんだ」

 ……

 …………

 ………………

「どういう事!?」

 僕の叫びが、部屋に響きわたる。

 だが葵は真剣そのものだ。

「ボクは将来、おちんちんを作ることを検討してるんだ。その参考にしたいんだよ」

「おちんちんを……作る??」

 意味がわからない。 

「ど、どうやって?」

「いろいろ方法があるけど……」

 葵は己の細腕を指さして、

「まず腕から皮膚と、血管をとる。それを肋骨ろっこつからとった軟骨に巻いて疑似ぎじおちんちんを作るんだ。それを股間につける」

 聞くだけで痛そうだ。

「それって、ちんちんに感覚はあるの?」

「うん。手術次第では、性感帯すらあるらしい」

 医学ってすげえな。

「で、なんで僕のちんちんが、葵の参考になるの?」

「ボクがおちんちんを見たのは、子どもの頃に父と風呂に入ったときだけなんだ。改めて実物を見て、検討材料にしたいんだよ」

 葵は、頭を深々と下げて、

「ボクを助けると思って、おちんちんを見せて」

(初めて聞く日本語だ……)

 だが葵は真剣そのものだ。力になりたい。

 僕が了承すると、

「ありがとう、草一!」

「それで、どうすればいいんだ?」

「普通に見せてくれればいいよ」

 普通とは。

 僕はとりあえず立ち上がり、ベルトの金具を外す。

 葵が息のかかりそうな距離で、股間を凝視してくる。

(なにこの状況?)

 そして僕は。

 一気にジーンズをトランクスごと下ろした。ぶるん、と現れたアレに、葵は「おお~」と目を丸くする。

「草一、写真撮っていい?」

「だめ」

 葵は残念そうに肩を落とした。

 そして、あらゆる角度からアレを見てくる。

「わぁ、なんだか可愛いね」

「ちょっと傷つくぞ」

「あはは、ごめん……でも興奮するとカチカチになるんでしょ? なのに今は、しょぼんとしてるね。さっきまでAV見てたのに」

 葵の頼みが、衝撃的すぎたからだろう。

(そろそろいいかな)

 ズボンを上げようとしたとき……

 葵が、更に恐ろしいことを言った。

「勃起状態も、見せてくれない?」

 何をおっしゃりますか?

「おちんちんを作るって、人生の大決断なんだよ。知れる限りのことは知っておきたい」

「それは、そうだろうけど」

「勃起させて。一生のお願い!」

 今日は、ありえない日本語をよく聞くな。

 だが毒を喰らわば皿までだ……僕がうなずくと、

「ありがとう、さすがボクの親友だよ!」

(親友って何だろう)

 ぼんやりと思ったとき、葵がDVDのリモコンを操作。

「さあもう一度、エロDVDを見て勃起して」

 TVに『あんあんあん……』とAVが流れる。それを下半身裸で見つめる僕。僕のアレを凝視する葵。

 シュールすぎない?

 あまりに異様な状況のためか、僕のアレは萎縮いしゅくしたまま。

「おちんちん、がんばれ、おちんちん、がんばれっ」

 葵が、手をたたいて応援してくれる。

 続いてテレビを指さし、

「ほら草一、おっぱい見て……うわ、仰向けでも形キレイだなぁ」

 葵が再び、AVに目をうばわれた。興奮しているのか、頬が赤い。

(でもこんな異様な状況じゃ、勃起はとても……ん?)

 ふと、葵の膨らんだ胸元が目にとまった。

 その先端が――うっすらと隆起している。

(!?)

 葵はAVを見たことで性的に興奮し、乳首がってしまったのだろう。

 それに葵は今日、ナベシャツを着ていない。しかも心が男であるため、ブラもつけてないはず。

 目の前で巨乳美少女が、ノーブラで乳首を勃たせている――

「!!」

 僕のアレは、激烈な反応を示した。

 それを見た葵が歓声をあげる。

「あぁっ! きたきたきたきた! 雄々しく天を仰いで、カチカチで……これが勃起なんだね!」

「……」

「本当に参考になるよ! 草一ありがとう!」

 晴れやかな笑顔の葵。これ以上無く純粋な、感謝にあふれていて……

(ごめん、ごめんな葵)

 お前の胸を見て、カチカチになってしまったんだ。

 僕は下半身裸のまま、涙ぐむのだった。

 


 それから葵の部屋に泊り、翌日の昼間に帰宅した。

 色々喋ったり、手料理をご馳走されたりしたと思うのだが、勃起観察の衝撃からかあまり覚えていない。

 夜になると僕はファミレスへ向かった。舞に勉強を教える約束をしているからだ。

 賑やかな店内でドリンクバーを頼み、放心状態で待つ。

 私服姿の舞がやってきた。

「センパイ、こんばんは」

 僕はボンヤリとうなずく。

 舞が向かいの席に座りつつ、眉をひそめ、 

「センパイ、なんか様子がおかしいですよ」

「そう、かな」

「……葵さんと、ヘンなことしなかったでしょうね」

 舞はカンが鋭い。

 誤魔化してもムダだろう。

「した……」

「へ? い、いったい何を」

「ここではとても言えない」

 さすがに、満員のファミレスでは。

 舞が前のめりになって、見つめてくる。思わず目をそらしてしまう。

「それは、イヤらしい事ですか?」

「……うん」

「セ、センパイの馬鹿! 私信じてたのに!」

 机をたたく舞。周りの客がいっせいにこちらを見た。

「せ、せめて……避妊したでしょうね」

「は?」

 舞が声を震わせて、

「チェックリストにあった、コンドームは持って行ったんでしょうね」

「ア、アホか! 持って行くわけないだろ!」

「ゴム無し!? どうしてそんな過ちを犯すんですか! センパイの馬鹿!」

(過ち?)

 いや、あれは葵が将来の参考にするため、必要な行為だったのだ。

 決して過ちではない。

「僕は、全く後悔してない」

「!!」

 舞の大きな瞳が、じわっと潤んだ。

 机に顔を伏せて、

「うわぁああああああ、センパイのアホ。『君以外の子と、エッチな事する気はない』って言ったのにーーーー!!」

 ああっ。好きな子に誤解されてしまっている!

 思わず叫んだ。

「違う! 僕は、ちんちんを見せただけだ!!」

 涙目で見上げてくる舞に、説明する。

 葵は将来、ちんちんを作ることを検討している。だからその参考のために見せたのだと。

 舞は、心からホッとした様子。豊かな胸に手を当てて、

「そうだったんですね」

「ごめん。誤解させてしまって」

「いえこちらこそ……ゴメンなさい。センパイは葵さんのためにやっただけなのに、酷いことを」

「舞」「センパイ……」

 見つめ合う僕たち。

 だがその時、視線を感じた。

 周りを見ると複数の客が、ジーッとこっちを見ている。

(そ、そういえばさっき僕達、大声で……)

 『ゴム無し!? どうしてそんな過ちを犯すんですか!』

 『ちんちんを見せただけだ!』

 などと叫んでしまっていた。

 僕と舞は、赤面した顔を見合わせた。

 同時に立ち上がり、代金を払って店を出たのだった。





※本作が、ファミ通文庫様から『朝日奈さんクエスト ~センパイ、私を一つだけ褒めてみてください~』というタイトルで刊行されることになりました。


イラストレーターはU35先生です。

透明感のある筆致で朝日奈さんや、草一君、高嶺さん、葵などを描いていただきました。

とくに朝日奈さんのイラストがいっぱいです。


4/30全国書店で発売です。よろしくお願いします。

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