エピローグ


 僕が生まれて初めて告白し、玉砕したあと。

 鬼塚さんが帰ったおかげで、僕もテントで横になれた。振られた悲しみで寝袋を濡らした。『インビクタス』の一節を何度も呟いたが、そう簡単に立ち直れるもんでもない。

 翌朝、放送研は朝食をとりながら会議を開いた。そこで高嶺さんは、鬼塚さん退部事件の顛末を簡単に説明した。

「ま~、仕方ないよね~」

 ツッチーさんの一言が、皆の総意のようだった。昨日のインタビューをはじめ、みな鬼塚さんの態度には疑問を持っていたのだろう。練習しない人が目立とうとしても、どこかで無理がでるのだ。

 当面の問題は、鬼塚さんのステップワゴン無しでどうやって帰るかである。撮影機材やキャンプ用具、それに七人と皆の私物をランエボ一台で運ぶのは無理だ。

 だがスマホを弄っていた前橋さんが、あっさり解決策を出す。

「では俺が車借りてくる。光輝、十キロくらい離れたところにレンタカー屋あるみたいだから、乗せていってくれ」

 そして光輝、ツッチーさんとランエボで出発していった。頼れる上級生だなあ……

 僕、舞、高嶺さん、葵は、タープの下で折りたたみ椅子に座り、待つことにした。

 だが。

(……気まずい)

 舞にはフラれたので、何を話していいかわからない。

 彼女は、皆の分のお茶をティーバッグで淹れてくれたが、僕にだけ無言で渡してきた。

 葵がお茶を啜ったあと、ハスキーボイスに憂いを込めて、

「高嶺さん、鬼塚さんともめたんでしょ。大丈夫だったの?」

「ええ」

 高嶺さんが僕を見つめてくる。その視線はとても柔らかくて、今までにない親しみがこもっているような……。

「草一君が助けてくれたの」

 え、名前で呼ばれた――熱っ! 驚きのあまり、持っていたお茶が少しこぼれた。

 舞はスマホを見ていたけれど、凄い勢いで高嶺さんに視線を移す。

 葵は、舞と高嶺さんを見比べた後、興味深そうに、

「ふうん、どうやって?」

「それはね――」

 高嶺さんが立ち上がり、身振り手振りを交え、僕が額で鬼塚さんの拳を砕いたことを説明した。

 「すごいね草一」と葵が目を丸くする。上手くいったのは運も大きいので、ムズムズする。

 一方高嶺さんは、僕の二の腕をつかんできた。端正な顔が近づいてくる。な、なんか今までと距離感が違うぞ。

「草一君、鬼塚君も抜けたし、私と一緒にアナウンス班をやらない?」

「いえ、僕は人前に出るのは苦手で」

「毎日『外郎売り』の練習しているでしょう? それに鬼塚君に堂々とタンカを切ったじゃない。大丈夫」

「タンカって、なんですか?」

 細い首をかしげる葵。

 遙花さんは劇団員のように、昨夜の僕を再現した。

 『僕の友達が……葵が、頑張って考えた企画なのに……』のくだりになると、恥ずかしさで全身が熱くなった。

「ありがとう草一! 嬉しいよ!」

 葵が椅子を寄せてきた。相変わらずいい香りがしてドキドキするけれど、友達のために立ち向かえた自分を誇りたい。

 ふふっ、と高嶺さんが笑った。その表情はいたずら好きの少女のようで、晴れ晴れとしている。

 その表情を見ると、僕も嬉しくなる。完全に立ち直ってくれたようだ……と安心していると、視線を感じた。

 舞が唇をとがらせて、僕をジーッと見つめている。

 ポケットのスマホが振動した。見れば舞からLINEが来ている。

『センパイ言いましたね。『君のためにレベルアップする』って』

 う。昨夜の言葉か。確かに僕は舞に告白のリトライをしなければならない。だがどこまでレベルアップすれば、この子を振り向かせられるんだろう?

(でも)

 レベルアップするのは楽しいことだ。

 舞といれば、見たことのない景色がきっと見られる。

 『ひとり至上主義』に満足していた僕の人生が、他者との交流で一層豊かになったように。

(次のクエストは何だろう?)

 再びLINEが来た。そこには今日も舞からの、クエストが表示されている。






*本編はここで一旦おしまいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


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