7章⑥真のラスボス
わたしはセンパイと高嶺さんから離れ、キャンプ場の周りにある細道をとぼとぼ歩いていた。
自分たちのキャンプのエリアに戻る気にはなれなかった。鬼塚さんと遭遇する恐れもある。正直あの人とは二度と会いたくない。
高嶺さんを罵倒したり、私にビンタするだなんて。
何よりセンパイを殴ったのは許せない。あいつの車のガソリンタンクにコーラぶちこんでやろうか。
結構マジで考えていると、スマホが鳴った。放送研のグループLINEにメッセージが来たらしい。
光城『鬼塚さん、どこいったんですか?』
『車がないですが、なんでこんな時間に運転してるんですか? 返事お願いします』
鬼塚『お前らの私物とか、荷物は置いてったろ。あとはなんとかしろ』
『あと俺は、放送研やめる』
どうやら鬼塚さんは車に乗って、帰ったらしい。どこまでも無責任だが、会わずに済むのはありがたい。
私物を置いていったのが、彼のせめてもの良心かもしれない……明日帰るのにランエボ一台では苦労するだろうが。
わたしはホッと息を吐いたあと、
(センパイ……もう高嶺さんに告ったかな)
正直、少し前までは、絶対に振られるだろうと思っていた。そのためにセンパイに放送研に入って貰ったのだ。
そして私が傷心のセンパイに近づくという、完璧な作戦。
(……の、つもりだったんだけど)
完全に裏目った。高嶺さんには彼氏はいないし、センパイは私の理論を応用して高嶺さんとドンドン仲良くなるし。
それに私は『高嶺さんと仲良くするため放送研に入ってください』とセンパイに言った以上、そういうクエストを出さない訳にはいかなくなった。
ドツボである。
何より『センパイにフラれて傷心してもらい、そこへ近づく』という作戦は、後ろめたさが半端じゃなかった。
(だから)
さっき高嶺さんがピンチの時、ツッチーさんに連絡してもよかったが、私はセンパイへ電話をかけた。
彼なら何とかしてくれそうと思ったし……何より高嶺さんを助ければ一気に好感度は上がる。
せめてもの、罪滅ぼしだ。
そしてセンパイは、期待以上に男を見せた。
まず鬼塚さんを挑発して、その怒りを私と高嶺さんからセンパイに移した。
何より驚愕したのは、巨漢の鬼塚さんと正面からぶつかりあって撃退してしまったことだ。
あれ、自分から額をぶつけにいって、鬼塚さんの拳を砕いたの? やっぱりセンパイ、少しぶっとんでる。
(か、かっこよかったぁ……)
残酷なことに、改めて惚れ直してしまった。
さっきの事件で、少しは高嶺さんにOKされる可能性が出てきただろう。
(……なにしてんのかな、私)
月を見上げて、大きなため息をついたとき、
「舞」
「ひぁ!?」
いきなりの声にびっくりする。小道の向こうから、スマホを懐中電灯モードにしたセンパイが歩いてきた。
「よかった見つかって。ちょっとそこに座ろう」
センパイが示したベンチに、二人で座る。彼は落ち着きなく小刻みに身体が動いている。
(ああ、これは――告白うまくいったな)
失敗したなら、沈んでいるだろう。
心に暗雲が立ちこめる。だが私は必死で、いつものように明るく言う。
「ではセンパイ」
「う、うん」
「今回のクエスト『好きな人に告る』の結果を教えて下さい!」
そしてセンパイは、空を見上げ……こう告げた。
「まだしてない」
絶句した。
私はぽかんと口をあけたあと、センパイの肩をつかんで揺らした。
「はぁ!? まだって……これ以上ないタイミングだったじゃないですか。なんで逃してるんですかぁ」
センパイの表情に、後ろめたさは微塵もない。
それどころか、覚悟を決めたような顔をしていた。思わずどきっとしてしまう。
「……僕は今日、生まれて初めてキレた」
鬼塚さんに対してだろう。
「で、何に一番腹が立ったかって、後でよく考えてみると……舞に手を上げたことだったんだ。その時、自分の気持ちに気付いたんだよ」
こ、この展開は。まさか。
頬が熱くなって、目をそらしてしまう。
「――目をそらすな、君が言ったコミュニケーションの基本だろ」
ぐっ、と声に詰まる。
だが確かに自分で言ったことだ。守らないわけにはいかない。わたし達は至近距離で見つめ合った。
「君は、『ひとり至上主義』を掲げていた僕に、誰かといっしょにいることの楽しさも教えてくれた。おかげで葵や光輝、高嶺さんと仲良くなれた。僕の人生は、いっそう豊かになった」
センパイは気持ちを整理するように、ゆっくりと話す。
「高嶺さんのことは尊敬してる。一緒に放送研やって、ますますその気持ちは強まったけど……それはあくまで、憧れだったんじゃないかと思う。僕は誰かを好きになったことがなかったから、それが分からなかったのかもしれない」
そしてセンパイは、まっすぐに私を見つめて、
「君といると、知らなかった世界がどんどん見られる。僕の人生がさらに楽しくなるんだ――」
(これは、ま、まさか)
「だ、だから、僕とつきあってくれないかな」
すさまじい多幸感に包まれる。脳内に色とりどりの花が咲き乱れ、祝福の音楽が鳴り響く。
『好きな人に告る』クエストが達成された。指示した私にも、全く想像のつかない形で。
むろんOKに決まっている!
……のだけれど。
(センパイが高嶺さんへ抱いてたのは、尊敬だったんだ)
じゃあ私がさんざん気をもんだり、迷走させられたのって何だったの?
夜も眠れないほど悩んだり、サトにーに相談したらマウントとられてケンカになったり。
(い、色仕掛けまでしちゃったし)
パソコン越しとはいえ、胸を見せつけるとか痴女みたいなことを……思い出すと顔から火が出そうだ。
ちょっとだけ、お返ししちゃおう。
私は意地悪な笑みを作り、
「ねぇセンパイ、さんざん高嶺さんが好きだ好きだと言っておいて、急に私に乗り換えるんですか?」
「う、それは」
しょぼんとうなだれる。
あまりに可愛すぎて、ゾクゾクしてしまう。私は抱きしめたい気持ちをこらえて、
「あーあ、なんか軽いなぁー。そう簡単に変わられても、信じられないなぁー」
「信じてくれ。僕が好きなのは君だ」
(ぬはぁー!)
そっぽを向いて、満面の笑みを隠す。
そして矢継ぎ早に質問した。
「本当にぃ?」「本当に」
「私のどこが好きです?」「全部だけど、特に好きなのは優しいところ」
「『好き』以外の言葉で、気持ちを伝えてください」「あ、愛してる」
(センパイは、私を喜ばせる言葉の製造機ですか?)
脳内麻薬が溢れすぎて気絶しそう。
そして、調子こきまくった私は――
人生最大クラスの自爆をしてしまった。
「いやーでもねー。『誰が好きか』って、そう簡単に変わらないですよぉー」
「そ、そうだよな……」
センパイは、とても悲しい笑みを浮かべて、
「舞が好きなのはあくまで『ガウェイン』。僕じゃないんだもんな」
(え!?)
確かに前、そういうニュアンスのこと言いましたけども!
「舞は派手な見た目だけど、とてもまっすぐな気持ちの女性だ。そんな人が、好きな人をすぐに変えるなんてないんだろう」
褒められてうれしいけど、距離が遠ざかってる!
でも私が『誰が好きかそう簡単に変わらない』といったから反論できない!
私が懸命に言葉を探していると、センパイは惨敗したボクサーのようにうなだれながら、
「はぁ、やっぱムリだったかぁ」
「あの、あのセンパイ」
「フォローはいいよ」
そして彼は、恐る恐る切り出してきた。
「……あのさ舞、告白って生まれて初めてだからよくわかんないんだけど、リトライ可能なの?」
「する人もいるとは思いますが、あのですね」
そうなのか! とセンパイは勢いよく顔をあげた。
「じゃあどうしたら舞、考え直すかもしれない? 君がクエストを出して、僕がもっと成長するとか?」
「それは良いことですけど、ちょっと」
「よし、じゃあそうしよう」
センパイはフラれたショックでテンパってるのか、あまり話を聞いてくれない。
「じゃあこれからも、僕にクエストを出してくれ。でも君が迷惑だったら、言って欲しい、二度と会わないようにするから」
私はセンパイにすがりついて、必死に言った。
「に、二度と会わないなんて絶対いやです」
「ありがとう。君のためにレベルアップする。その時またリトライさせてくれ」
胸を撃ち抜かれて、言葉が出なくなった。
なんでこの人、たまに滅茶苦茶男らしいの?
「じゃあテントへ戻ろう」
私はセンパイの後ろをついていく。
(は、早く誤解を解いて、ちゃんと謝らないと)
そう思っているうちに、自分たちの区画についてしまった。
「あのセンパ……」
「ごめん。今日はもう寝るよ」
センパイは涙声で応え、目を抑えながらテントに入っていく。
私は、しばし呆然と立ちすくんだ。
やがて膝からくずおれ、地面をたたいたり、頭を抱えて転げ回ったりした。
素直にオッケーしていれば完璧なハッピーエンドだったのに……
(あほ……私のあほーーーーーーー!!!)
私は心の中で絶叫した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます