6章③朝日奈さんの重大な提案


 舞から『多人数の会話』の攻略法を教わった翌日の、放送研。

 僕はいつものように、高嶺さんと発声練習、前橋さんに編集のやり方を教わったりして過ごす。

 しばらくしてツッチーさんと舞が柿を剥くと、皆がテーブルの周りに集まった。

 舞は僕の隣に座り、テーブルの下で二本の指を立てた。『クエスト達成まで、残り二回』ということだろう。

 いつものように駄弁るのかと思ったら、今日は少し雰囲気が違った。

 高嶺さんが皆を見回して、

「ちょっといいかしら――今度、映像ドキュメンタリーを撮ろうと思うの」

「題材は?」と前橋さん。

「藤堂教授のゼミが、石上市の企業と共同で食品開発をしたらしいわ。その工場を取材させていただける事になった」

 以前から、葵が企画していたものだろう。石上市は仙台市の東にある、港町だ。

 僕は高嶺さんの発言と『文脈』が繋がった言葉を放つ。

「取材って、何をするんですか?」

 ちらりと舞の指を見る――二本立ったままだ。今の発言は文脈的にはよくても、『流れを活性化させる一言』ではないのだろう。

 高嶺さんがこたえる。

「工場の人にインタビューさせてもらったり、中を撮影させてもらったりね」

「なんか地味だなー」

 鬼塚さんが耳をほじりながら言う。

 葵が唇を噛んだ。高嶺さんが眉をひそめて、

「じゃあインタビューは、私一人でやるわ」

「ウソウソ冗談! 俺もバシッとやるからよ!」

 そして鬼塚さんが、僕に嫌な笑みを向けてきた。高嶺さんと同じアナウンス班であることを、見せびらかしているのかな。

 続いてツッチーさんが、前橋さんに柿を食べさせながら、

「でもさぁ、せっかく石上市までいくんだから、もう少し足を伸ばしてみない? どっかに泊まりがけとかでさぁ」

「フッ。月岡の歓迎会ってとこだな」

 前橋さんが眼鏡を押し上げる。

(歓迎会? 僕の?)

「いいじゃん!」

 こう言ったのは、意外なことに鬼塚さんだ。僕の歓迎会に乗ってくるとは。この人、まさかのツンデレ?

 そう思いかけたが……鬼塚さんは、高嶺さんを見て鼻の下を伸ばしている。

(……いやこの人、高嶺さんと泊まりがけで旅行したいだけだな)

 下心が見え見えだ。舞と葵が、呆れたような顔をしている。

「じゃあ高嶺。どこか旅館でも予約するか?」

「……御免なさい。私、バイトのお給料日がまだ先で、あまりお金がないの」

 皆が不安げに顔を見合わせる。

 ここで舞が目配せしてきた。『流れを活性化させる一言』のチャンス、ということだろう。確かにここで高嶺さんが参加できるアイデアを出せば、流れが動く。

 何かないか……頭をひねっていると。

 光輝が先に口を開いた。

「じゃあキャンプならどうです? オートキャンプなら一区画四千円くらいで借りられます。八人ですから、一人当たり五百円くらいですよ」

 皆の目が輝いた。まさに『流れを活性化させる一言』。

 前橋さんが感心したように、 

「なるほど、食事も、一人三千円も出せばいいものが食べられるな……高嶺、それなら大丈夫か?」

「ええ。ではみんな、キャンプでいいかしら」

 皆が了承した。

 そのあと、ツッチーさんが知り合いのアウトドア研からキャンプ道具を借りること、鬼塚さんと光輝が車を出すこと、それに岩手県のキャンプ場に行くことが決まった。

 僕はことごとく、意志決定に関与していない。誰かと泊まりがけで出かけたことがないから、手持ちのカードが少ないのだ。

 クエスト達成に暗雲が立ちこめる中、葵がツッチーさんに尋ねる。

「夕食は何をたべます?」

「もちろん、バーベキューだよぉ」

 舞が意地悪く笑い、肘で腋腹をつついてくる。

「よかったですねぇセンパイ、人生初のBBQですよ」

「なんで人生初と断定? 一人で何回もやったことあるぞ」

「ひとりBBQ……!?」

 舞が珍獣を見るような顔をする。ひとりキャンプが流行ってるんだから、別におかしくはないと思うのだが。

 前橋さんが「バーベキューか」と腕組みして、

「夏休みもやったからな。少し新味を感じさせるものが欲しい」

(新味)

 ふと、脳裏に数日前のニュース映像が浮かんだ。

 それを、放送研の皆の出身地と照らし合わせてみる。舞に『覚えておいて下さい』と言われたものだ。

 ……この案は『流れを活性化させる一言』かもしれない。

 僕は思い切って言った。


「芋煮とか、どうですか?」

 

「いもに?」

 葵が細い首をかしげる。光輝が虚空を見上げながら、

「聞いたことあるな……『秘密の県民ショー』かなんかで」

「宮城の名物だよ。里芋が入った豚汁みたいなの」 

 葵は秋田、光輝は青森出身。ならば食いついてくるだろうと思ったのだ。

 群馬出身の前橋さん、茨城出身の鬼塚さんも興味深そうにしてる。

 ツッチーさんが言う。

「でもアレ、野菜たくさん切ったり、メンドくさいよ?」

 確かに。ならば言い出しっぺである僕がなんとかしないと。

「じゃあ、僕が家で切ってきます。そうすれば時間短縮にもなるし」

「ん、いい心がけだね。んじゃアタシが野菜提供するから、お願いね」

 僕はうなずき、舞を見る――立てた指が、二本から一本に減っていた。よし、クエスト達成まであと一言。

 皆は、キャンプの話題で盛り上がり始める。

 鬼塚さんが太い腕を組んで、

「BBQに芋煮か。楽しみになってきたな」

「そうだね。しっかり栄養とって、そのあと一晩中、万里とイチャイチャしよーっと」

 ツッチーさんと、前橋さんがうなずきあう。

 高嶺さんが呆れたように、

「……二人とも、ほどほどにね」

 一方、葵と光輝は、泊まるキャンプ場が天体観測の名所ということで話が弾んでいる。二人とも星が好きらしい。

「葵、じゃあ夜は天体観測に行こうぜ」

「いいね」

 盛り上がる皆を見ていると、ある感想が湧き上がってきた。

 文脈にも沿っている。角度もついている。よし、これを言ってみよう。

「あーあ」

 突然おおきな声を発した僕に、皆の注目が集まる。


「みんな、僕の歓迎会にかこつけて、騒ぎたいだけじゃないですかー

!」


 少しの沈黙のあと。

「ははは、当たり前じゃねーか!」 

 まず鬼塚さんが声をあげ、続いて皆が笑った。

 舞の一本立てられていた指が、折りたたまれた。

(クエスト達成だ)

 達成感に浸る僕を讃えるように、舞がやわらかな笑顔を向けてきた。



 放送研が終わったあと。

 僕は舞を駅まで送り届けるため、大学の外を歩いていた。帰宅時間と重なったせいか、沢山の人が歩いている。

「いやー、やりますねセンパイ。見事にクリアしましたね」

 駅につくと、舞が僕と向き合った。

 そして大きな瞳で、見つめてくる。 

「では、次は、キャンプでのクエストを与えます。今日のも難しかったけれど、間違いなく、今までで最難関です。覚悟はありますか」

「……お、おう」

 前置きに、少し尻込みしてしまう。 

 そして舞は、唇を開いた。

「『今度のキャンプで、好きな人に告白して下さい』」

 驚愕した。

 高嶺さんに告るクエストもいずれ来ると思っていたが……しかし僕はまだ、放送研に入って間もないのだ。

「は、早くないか?」

「センパイは、努力やクエストですごく成長していますよ。それに」

「それに?」

「高嶺さんと二人で練習してるでしょ。私から見ても、とてもいい雰囲気でした。高嶺さん、少なくともセンパイに好感は抱いてる筈ですよ」

 そう……なのかな。

 だがリア充たる舞が言うなら、そうなのかもしれない。

「第一、高嶺さんほどの人、いつまでもフリーだと思いますか? しかも鬼塚さんも狙ってますから、心配です」

 高嶺さん、鬼塚さんの事あまり好きじゃないように見えるけど……でもモテるのは、結局ワルっぽい人だとも言うし。

 それに確かに、高嶺さんを好きな男なんていくらでもいる。モタモタしてたら、危ないかも知れない。

 僕は天を仰ぎ、考えた。

 たっぷり五分ほどはそうしていただろうに、舞は側でジッと待っていてくれる。

「わ、わかっ……た。やるよ」

「おっ」

「舞が言うんなら、今度のキャンプは告白に良いタイミングなんだろ? 僕は君を信頼してるからさ」

 舞は返事をすることなく、身をひるがえした。やわらかい髪が揺れ、香水と彼女の香りがただよってくる。

「じゃあそろそろ、電車来ますので」

 彼女が遠ざかっていく。

 その背は少し丸まっていた。あれほど姿勢の大事さを説いていた彼女なのに。 

   


 私はセンパイと別れて駅に入ったあと、力なく立ち止まった。

 放送研での発声練習を通して、センパイと高嶺さんは急速に距離を縮めているようだ。

 いずれは、もっと親密になるだろう。

 だが今なら高嶺さんは……センパイの良さをそれほど知らないだろう。ならば告白を断る確率も高いのではないか。だから私は、センパイをけしかけた。

(……)

 こんなことをする自分が、どんどん嫌いになる。

 この間はテレビ電話で、センパイに好きだといった。

 だが彼の困ったような顔を見ると、フラれるのが怖くなった。

 だから慌てて、冗談のフリをして誤魔化したのだ。ヘタレすぎる……。

(最近ずっと私、センパイのことで悩んでるなあ)

 苦悩のあまり昨夜『サトにー』に相談したら、『お前もついにそういう悩みを持ったか』とか偉そうに言われたのでケンカになった。

 この春までぼっちだったのに、恋人ができた途端マウント取ってきて実に腹立つ。

(センパイ、キャンプまでに、私のことを好きになってくれたりしないかな……)

 そうすれば、万事解決なのだが。

 万が一にもないだろうがやるだけやろう。

 もっと積極的に、がんばろう。

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