6章②多人数の会話攻略法その2


 放送研で、テーブルを囲んでの複数人の会話が始まった。舞いわく、ふたりの会話のときとは違った攻略法が必要だという。

 クエスト達成の目標は『一回"流れを活性化させる一言”を言うこと』。

(舞が攻略法を教えてくれるのは、また今度……か)

 確かにどんなゲームでも、まずやってみることが大事だ。それから攻略法を聞いた方が、理解が早い。

 まず高嶺さんから、会話が始まった。

「この梨、美味しい」

「これは実家から送ってきたものなんだ。ちょっと傷があったりして、農協が受け取ってくれないの」

 ツッチーさんの言葉を受けて、僕は、

「そういうのは、農協の規格では無しなんですね」

 鬼塚さんが己を抱いて「寒っ」と言った。

(え? なんだ?)

 鬼塚さんは、やたら嬉しそうにヘラヘラと、

「うーわ月岡、『梨』と『無し』をかけるって、今時オヤジでもそんなことやらねーぞ」

 冷や汗が出た。喋ったことが偶然ダジャレになってしまったのだ。いわゆる『ダジャレ事故』というヤツ。

 鬼塚さんは「おー寒い寒い」と己の身体を抱きながら、延々とイジってくる。

(し、しつこい)

 うんざりしていると、高嶺さんがよく通る声で、

「ドキュメンタリーの題材として、ツッチーの実家を取材させてもらうのもいいかもしれないわね。食品廃棄とか問題だし」

「いいですね」と葵が受ける。

(……高嶺さん、鬼塚さんの矛先を僕からそらしてくれた)

 やはり女神。

 会話は続いていくが、僕はさっきのミスで腰が引けてしまい、なかなか入れない。

 光輝が前橋さんを見て、にやりと笑い、

「前橋さん、ツッチーさんの実家の取材に行ったら、撮影のついでにご両親に挨拶してきたらどうです?」

「む……それはいいかもしれんが」

 真剣に考えこむ前橋さん。

 葵が笑顔で言う。

「その挨拶の模様を、ツッチーさんとの結婚式で流すとか」

「……それ、ドキュメンタリーじゃなくて、ウェディングムービーじゃない」

 高嶺先輩が軽く突っ込む。あはははと、放送研の皆がわらった。

 やがて雑談が終わり、舞がこう表示されたスマホを差し出してきた。


『失敗ですね。明日も同じクエストで行きましょう』



 翌日の放送研でも、同じメンバーでテーブルを囲んで会話をする。

 その日は前橋さんの顔色が悪かった。光輝が尋ねる。

「前橋さん、顔が青いっすよ。何かあったんですか?」

「今日、解剖の実習があってな。何回やっても慣れん」

 あ、そういえば前橋さんの学部は……

「医学部ならではの悩み、ですね」

 僕が言うと、前橋さんがうなずいた。その髪をツッチーさんが撫でながら、

「かわいそうに万里。ところで解剖実習での『壁に耳あり』って本当なの?」

「え、なんですかそれ?」

 葵が興味を惹かれたように尋ねる。

「それはなァ……」

 前橋さんが、怪談話をするように低い声で、

「ある大学で、解剖献体の耳を切り取って、それを壁に貼り付けて『壁に耳あり』って言ったヤツがいる……って話さ」

「うわぁ……悪趣味ですね」

「ただの都市伝説だ。実話ではない」

 己の細い肩を抱く葵に、前橋さんは苦笑した。

 するとツッチーさんが、僕の後ろの壁を指さして、

「そうだったんだ……てっきりそこにある耳、万里が貼り付けたのかと思ったんだけど」

 皆でそちらを見る。

 壁に、いつのまにか『耳』がついていた。

「きゃあっ!?」

 高嶺先輩が悲鳴をあげ、隣にいた舞が僕にしがみついてきた。鬼塚さんと前橋さんは目を剥いている。

 だが光輝は落ち着いて立ち上がり、その『耳』をまじまじと見る。

「これ、手品とかで使う作り物ですよ……ツッチーさんの仕業ですね」

「アハハ、百均で買って、さっきコッソリくっつけといたの」

 両手をたたいて笑うツッチーさん。

「ま、まったく悪趣味な……」

 呼吸を整える高嶺さん。すると鬼塚さんが、おどけた様子で、

「『きゃあっ!?』だってさ。高嶺もそんな声出すんだな」

 高嶺さんが、頬を染めて縮こまる。

 あははは、と皆で笑ったあと、雑談タイムは終わった。

(一応会話には参加したけど)

 『流れの活性化』にはほど遠かった。

 舞を見ると、僕にしがみついたままだ。目が合うと飛びすさるように離れ、うつむきながら「クエスト失敗です」と言う。

 僕は、まだ残る彼女の感触にドキドキしつつ、

(『多人数の会話で、流れを活性化させる一言を言う』か――)

 これは難しいな。


 放送研が終わったあと、僕は舞とモズバーガーに寄った。昨日と今日のクエスト失敗について語り合うためである。

 僕は夕食を兼ねたハンバーガーを食べたあと、

「今のところダメだね。『ダジャレ事故』で会話の流れを止めたり、当たり障りのない発言しかできなかったり」

 コーラのストローをくわえている舞に尋ねた。

「そろそろ『多人数の会話』の攻略法を教えてくれないか?」

「いいでしょう……ねえセンパイ。そもそも『会話の流れがちゃんとしている』って、どういう事だと思いますか?』

 言葉に詰まった。

 確かに、凄く使われる言葉だけれど、それがなんだと言われると上手く説明できない。

「『会話の流れがちゃんとしている』とは『会話の文脈がつながっていること』です』

「文脈……」

 国語ではよく聞く言葉だけれど。

 スマホで調べてみると『文中の語と語、文章中の文と文の論理的なつながり』とある。意味はなんとなくわかるが。

「ではセンパイ、きのう放送研で、梨の話をしたときの流れを思い出して下さい」

 確かこんな感じだった。

 

高嶺「この梨、美味しい」

ツッチー「これは実家から送ってきたものなんだ。ちょっと傷があったりして、農協が受け取ってくれないの」

僕「そういうのは、農協の規格では無しなんですね」

 このダジャレ事故で、僕が鬼塚さんにおちょくられる。

 そしてその後、

高嶺「あ、ドキュメンタリーの題材としてツッチーの実家を取材させてもらうのもいいかもしれないわね。食品廃棄とか問題だし」


 舞が解説する。

「最初の高嶺さんと、ツッチーさんの発言は文脈がつながっていますね。

 センパイの言葉も一応つながってますが、不幸なダジャレ事故、それをおちょくった鬼塚さんにより場が凍ってしまいました。これが『会話の流れを止める』という事です」

 なるほど、わかりやすい。

「ここでファインプレーを見せたのが高嶺さんです。高嶺さんは直前のダジャレ事故をスルーし、ツッチーさんの話と文脈をつなげました。『農協が受け取ってくれない』に着目し、『ドキュメンタリーの題材にできないか』と提案した。そして再び『流れを活性化』させたんです……高嶺さん優しいですね。ちっ」

 何故か舞が、やさぐれたように舌打ち。

 そこからの会話も思い出してみる。確かこんな感じ。


光輝「前橋さん、ツッチーさんの実家の取材に行ったら、撮影のついでにご両親に挨拶してきたらどうです?」

前橋「む……それはいいかもしれんが」

葵「その挨拶の模様を、ツッチーさんとの結婚式で流すとか」

高嶺「……それ、ドキュメンタリーじゃなくて、ウェディングムービーじゃない」


「ここでは葵さんがいい仕事をしましたね。『ドキュメンタリー』の話をしていた筈なのに、光輝さんの『両親に挨拶』という文脈を利用して『ウェディングムービー』にしてしまいました」

 舞の説明は、サッカーの名解説者のように淀みがない。

「これは私が前に説明した『角度』でもあります。文脈を利用して、あえて妙なボールを投げる。そのことで『会話の流れを活性化』させています」

 お笑いでいう『ボケ』に近いのかもしれない。

 現に、葵へ高嶺さんが『それ、ウェディングムービーじゃない』とつっこんでいる。

 そして舞はまとめた。

「会話の流れを活性化させるためには、文脈を利用して『角度』をつけたり、今日のツッチーさんの『壁に耳ありって本当?』みたいに周りが興味を持ちそうな話題を出すのが効果的です」

 なるほど。確かに『壁に耳あり』には葵がかなり食いついていた。

「さすが舞。すごく明快な解説だね」

 舞の顔がふにゃっと崩れ、照れたように笑う。魅力的な笑顔だ。

「僕は『多人数での会話』という初体験のゲームで、何をすればいいのかわからなかった。でも君が攻略法を教えてくれた。ならばなんとかなるよ」

「言いますねぇ」

 舞が挑戦的な瞳で、見つめてきた。

「では明日のクエストは『話の流れを活性化させる一言を、二回言う』です」

 二回、か。今まで一回も言えなかったのに。

 だが攻略法を知った以上、今度こそ『多人数の会話』という、複雑なゲームをクリアしてみせるぞ。

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