5章③陰キャラ、リア充を迷走させる


 放送室での、放送研の活動。

 高嶺さんとの練習を終えたあとは、前橋さんにパソコンで動画編集の方法を教わった。

(いつか葵が作る、性同一性障害のドキュメンタリーに役立てたいからな)

 字幕や、画面効果の付け方などを学んだ。

 その後、放送研の皆で雑談が始まったのが、とりとめのない感じだったので先にひとり帰宅した。

 アパートで本を読んだり、WCOのソロプレイで遊んだりしていると、舞がログインしてきた。

 いつもどおり、テレビ電話で会話する。

 制服姿の舞が、椅子にふんぞり返りながら言った。

『では今日のクエストの報告を頼む。月岡君』

「上司か」

 僕は軽くつっこむ。

『あはは、すみません――クエストは『葵さんか光城さんから、高嶺さん攻略の糸口をつかむ』ことでしたけど、何か使えそうな情報はありました?』

「あ、その前に」

 僕は葵の性同一性障害について話した。本人から、舞に話す許可は貰ってある。

 舞は驚いていたが、きっと彼女なら葵とうまくつきあえるだろう。

 続いて、葵が高嶺さんを『頼られたがり』『人に必要とされると喜ぶ傾向が強い』と評したことも言う。

 舞は興味深そうにうなずいた。

『じゃあクエスト達成ですね。おめでとうございます』

 そして頬杖をつき、何故か物憂げに、

『……では明日のクエストは、『高嶺さんが"頼られたがり”という性格を突いて、距離を縮め……』

「それ、もうしたよ」

『えっ』

 驚く舞が見れた。なんか嬉しい。

『で、でもどうせ、上手くいかなかったんでしょ?』

 なぜか舞が、失敗を期待するように言う。

 僕は説明した――高嶺さんに声などの悩みを相談すると、親身になって指導してくれたことなどを。

「『共通の話題』や『角度』など、舞に聞いた会話のコツを応用させてもらったよ。結構仲良くなれたと思う」

『セ、センパイのポテンシャルが、私の想像を超えてくる…………放送研に入ってもらったのは、やはり失敗だった……?』 

 声の後半は、ぼそぼそして聞こえなかった。あれほど『声の張りが大事』と言った舞なのに。

 僕は上機嫌に続ける。

「高嶺さんと過ごす時間は素晴らしいね。僕の『ひとり至上主義』も少しグラつくほどだよ」

「……ふーん。そうですかぁ~」

 舞が唇をとがらせる。

 なぜ自説が証明されかかっているのに、不機嫌なのだろう。

 もしかして、光輝が言ってたように……

「僕が高嶺先輩と仲良くなって、嫉妬してる?」

「……してますよ」

 舞が僕を、真っ直ぐに見つめてきた。

「……センパイ、ちょっと真剣な話をします」

 覚悟と、恐怖が入り交じった表情だ。

 まるで性同一性障害をカミングアウトしたときの、葵のように……

 固唾を呑んで、次の言葉を待つ。

「なぜ私が、嫉妬しているかというと、あ、貴方が……」

「……?」

「月岡草一さんのことが、男性として好きだから……!」

 マジで!?

 でも。僕は高嶺さんが好きだし……と思って目をそらす。

 すると慌てて舞が続けた。

「――とかでは勿論なく、兄がカノジョさん出来そうになったときも、嫉妬してしまいましたしー!」

 そうか、やはり僕を兄と重ねているんだ。

 僕は苦笑して、

「冗談を言うとは、人が悪い」

「あはは! 本気にしちゃいましたー!?」

 しちゃいましたよ。

 僕は対人経験値が少ないから、冗談かどうかのニュアンスがイマイチわからないんだから。

 舞はひとしきり笑ったあと、胸に手を当てて何度も深呼吸。

「……で、他に放送研ではどんな活動を?」

「編集とか教えてもらったあと、メンバー全員で、放送研とは関係の無い雑談が始まったので帰った」

「ひ、ひとりで先に帰ったんですか? マイペースな……」

「だって鬼塚さんの車がどーしたとか、ツッチーさんと前橋さんがどこにデートに行ったとか、ぜんぜん興味ないもん。だったら帰って本でも読んだほうが有意義だ」

「鬼塚さんあたりから『空気読まないヤツ』って思われますよ」

「別にかまわない」

 それくらいで嫌われるのなら、別にいい。

 多数の意見に忖度して振る舞うのが『空気を読めるヤツ』なら、別になりたくない。そういう『空気を読めるヤツ』が、企業や国の不祥事の隠蔽に荷担するのではないかと思う。

 舞は「そういう負の一面もありそうですけど」と苦笑しつつ、

「でも少しもったいないですよ。多人数での会話は、少人数との会話とは違う楽しさがあるんですから。是非センパイにも知ってもらいたいですね」

「ほう?」

 僕は目を輝かせる。

 舞が『楽しい』と言うことは信頼できる。おかげで葵とも友達になれたのだから。

「どこが楽しいの?」

「ひとりひとりが発言するごとに、複雑に状況が変わります。そこで何を言うか――己の判断力・センスが問われるわけです」

 なるほど、と僕はうなずき、

「リアルタイムで行われるFPSや、ストラテジー・ゲームみたいだね」

「あっ。それ『相手が言ったことに、適切な例を出す』ですね。素晴らしいっ」

 以前舞に教わった『貴方の言ったことを理解していますよ』というサインだ。

 教わったことがしっかり血肉になっている。

「舞の話を聞いて、多人数の会話に興味が出てきた」

「おっ。いいですね。ではどうすればいいか、コツをお教えしましょう」

「うん。そうすれば高嶺さんとも、更に仲良くなれるかも知れないし」

「…………」

 舞が頭を両手で抱え、机に突っ伏した。

「ど、どうしたの?」

「またわたし墓穴…………アホすぎる…………」

 またも張りのない声。そして舞は「コツはまた今度……」とログアウトした。

「舞……」

 僕が高嶺さんと仲良くすると、兄の『サトシ』に彼女ができた時みたいに寂しくなる――

 それが本当にイヤなんだな。

 僕をお兄ちゃんと重ねるほど、慕ってくれてるってことか。なんか嬉しい。

 

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