4章② バチバチする朝日奈さん

 舞は皆の視線など意に介さず、堂々と入り込んでくる。高嶺先輩の両手をとって、大きく振った。

「高嶺遙花さん! 『陸奥大学放送研チャンネル』見ました!」

「は、はぁ、どうも」

 目を白黒させる高嶺さん。

 ツッチーさんが首をかしげて、

「てゆーか、アンタ誰?」

「申し遅れました」

 舞は気をつけをし、部屋にひびきわたる声で、

「仙台学院高校一年生、朝日奈舞です! ずっと前から陸奥大学さんの放送研にあこがれており、見学に来させていただきました!」

(『ずっと前から』って)

 この前『放送研? はぁ、そんな研究会があるんですね』って言ってたじゃないか。

(でも、舞はなんでここに……あっ)

 僕のスマホは、舞とLINEで通話状態になっている。

 おそらく舞は今日、また大学に侵入して、この放送室の近くで通話していたのだ。そして部室の剣呑な空気を和らげるべく、飛び込んできたのだろう。

 そして舞は、いかにも興味津々な様子で室内を見回す。すごい演技力。

「立派な設備! 私の学校は放送部がないから、うらやましいですっ」

「そう? いつでも見学に来てくれていいわ」

 高嶺さんの意外な言葉に、舞が瞳をしばたたかせる。

「え、そうなんですか?」

「陸奥大学は地元との交流のために、いくつかの高校と提携を結んでいて、確か仙台学院はその一つだった筈。そこの生徒なら参加申請書を大学に提出すれば、審査の後にゲスト参加が認められるの」

「やりました! 皆さん、ご指導ご鞭撻の方、よろしくお願いします!」

 舞が万歳して飛び跳ねた。たわわな胸が揺れ、ミニスカートが舞ってすべらかな太股が見えた。

 鬼塚さんが鼻の下を伸ばし、

「わかんねぇ事あったら、何でも教えてやるよ」

 僕との扱いの差の、露骨さよ。

 ともあれ舞の登場によって、鬼塚さんの怒りは雲散霧消した。

 舞はツッチーさんにうながされ、僕の隣に座る。そして小声で、

「ピンチに登場。お助けNPCです」

「ありがとう」

 彼女が来なかったら、鬼塚さんと激しくぶつかっていたかもしれない。最悪の放送研デビューになったはずだ。

 舞は照れくさそうに笑って、

「この前、私を助けてくれたじゃないですか。そのお返しですよ」

 ひそひそ話す僕たちを見て、高嶺先輩が細い首をかしげた。

「二人は知り合い?」

「そうです――私、月岡センパイとは、とっても仲良しなんです!」

 そして何を思ったか。

 舞が二の腕に、思い切り抱きついてきた、ぎゅうぎゅうと双丘が押しつけられ、僕の脳髄が瞬間沸騰する。

(え、えっ!?)

 舞を見ると、火花が出そうなほどの眼光を高嶺さんに向けている。

 まるで僕の所有権を主張するかのように……どういうつもりだろう。

 戸惑う僕、そして舞の前に、ツッチーさんが入会届と参加申請書を差し出してきた。

 僕たちはそれに記入して、高嶺さんに提出。

「はい。受理しました。これからよろしくね。月岡君、朝日奈さん」

 高嶺さんが白い手を伸ばしてくる。

 僕は少しためらったあと、それを握った。好きな人の、手の感触にボーッとしていると……

 それを舞がやや強引に奪いとった。

「よろしくお願いします! ところで、高嶺さんってすっごくお綺麗ですよね」

 高嶺さんが「そんな」と首を横にふる。

 そして舞は、おそるおそる尋ねた。

「彼氏さんとか……も、勿論いるんですよね?」

「いないわ」

 おお。これは僕と舞にとって朗報。

 僕が高嶺さんとつきあえて楽しければ、舞の『いっしょ至上主義』も証明されるのだから。

 だが舞は何故か愕然とした様子。「マジで……?」と固まっている。

 ツッチーさんがいった。

「遙花はモテるのにね~。今まで二十人以上の男子が、フラれて散っていったよ。サッカー部のエースやら、医学部の主席候補やら高スペックだらけだったんだけどね」

 舞が「へぇ~。それは落とすの不可能に近いですね~」とニヤニヤした。なんで喜ぶの?

 その時、再び放送室のドアが開いた。

「失礼します」「ちわーっす」

 聞き覚えのある声が二つ。

 入ってきたのは、先日できたばかりの友人――水無月葵。それにイケメンの光城光輝だった。もしかしてこの二人、放送研?

 葵が、小動物のようにこちらへ駆けてきて、

「草一じゃないか。どうして放送研にいるの?」

「今日入ったんだ」

「わぁあ! 嬉しいよ。いっしょに頑張ろうね!」

 椅子の後ろから両手を回して、僕にしがみついてくる。相変わらずイイ匂いがするなお前は。

 鬼塚さんが言う。

「んぁ? 水無月。月岡とは知り合いか?」

「はい、昨日友達になったんです」

「友達、ね」

 鬼塚さんがニヤリと笑い、後頭部に両手を当てて身体をそらした。

「あー、月岡は、あの事まだ知らねーのか」

 葵の可憐な顔が、こわばった。

(なんだ?)

 その時、高嶺さんが立ち上がった。

「月岡君と朝日奈さんのため、放送研について説明するわ」

 葵が、ほっと息をはく。

 高嶺さんは葵が困っているのを察し、説明にかこつけて空気を変えたのだろう。見事な気遣いだった。でも『あの事』とは何だろう?

「放送研にはアナウンス班と、技術班の二つに分かれているの」

 高嶺さんがホワイトボードに字を書いて、説明する。

 アナウンス班は学内放送のアナウンス、文化祭のMC。それに映像作品でナレーターや、インタビュアーを務めたりするらしい。

 技術班は撮影や、機材の操作などをする。それにラジオドラマなどを作る際は、脚本も担当するという。

「アナウンス班は私と鬼塚君。そのほか全員が技術班」

 確かに『陸奥大放送研チャンネル』の映像作品で司会をしていたのは、高嶺さんと鬼塚さんだけだった。

 光輝が頬杖をついて、

「俺がカメラ撮影、葵が脚本、前橋さんが動画編集、ツッチーさんが……何もしてないっすね」

「アタシは彼氏といたいだけだからねぇ~」

 皆が笑った。しかし光輝、上級生のツッチーさんをイジって笑いをとるとは凄い。

 それに『ヴィズマ』で光輝と会ったとき、見覚えがあった理由がわかった。以前高嶺さんがグラウンドで取材していた際、撮影していたのが光輝だったのだ。

 高嶺さんが僕を見て、

「それで月岡くん。アナウンス班と技術班、どっちを希望する?」

 想像してみる。

 アナウンス班だと……高嶺さんみたいにYouTubeに出たり、さらにはミスコンの司会もするのか?

(いや無理だな)

 ちらりと舞を見てみたが、彼女はスッと目をそらした。自分で選べということだろうか。

 僕は決断する。

「技術班でお願いします。動画編集とかなら、できそうかなと」

 鬼塚さんが頬杖を突きながら、鼻で笑った。

「だよなー。お前、どう見ても裏方だし」

(いちいち、揶揄しなきゃならんのか?)

 言い返そうとした僕を見て、舞が手を上げた。

「私もアナウンスの練習やってみたいです。鬼塚さん、色々教えて下さいませんか」

「おぉ? なんでも聞きなよ」

 鬼塚さんが瞬時に笑顔になる。その変わり身に僕は呆れつつも、

(……舞にまた助けられた)

 僕が怒ったら、空気を悪くしていただろう。

 そして高嶺さんも、僕をフォローしてくれる。

「月岡君。編集を前橋君にしっかり教わってね。動画のクオリティを決める、すごく大事なお仕事。期待しているわ」

(高嶺さんが、僕に期待)

 高揚のあまり、思わず「ひゃい」と声を裏返らせる。

 皆が笑う中、舞だけはスタジオの方を向いていて、顔が見えなかった。

 

 その後、放送研は活動を切り上げて解散となった。

 僕は明日から活動できるが、学外の人間である舞は、審査のため少し時間がかかるらしい。 

 先輩方や葵、光輝と別れたあと、舞と並んで夕暮れの講内を歩く。

 やはり舞の可愛さは目立つようで、すれ違う男子学生の二度見する確率が尋常じゃない。

 彼女は僕の前に回り込み、ニコッと笑う。

「センパイ、今日もクエスト達成できましたね、おめでとうございます」

「うん」

「放送研の人たち、いい人そうですね――」

 舞は苦いものを食べた子どものように、ウエッと舌を出して、

「鬼塚さん以外は」

 その様子に、僕は吹き出した。

 舞が足元の小石を蹴って、

「あの人、マウントとろうとしてる感がすごいですね」

「うん。君が来てくれなかったら、僕が言い返して口論になってたかもしれない。ありがとう」

 僕の礼に、舞は驚いたような顔をした。

 やがて口許が嬉しそうに緩み、耳や頬がほんのりと染まっていく。

 そして早口で、

「セ、センパイに空気を変えるためのお手本を見せただけですよ。不利な状況になったら、多少強引にでもアクションを起こして空気を変えることが――」

 べらべらと喋る。彼女なりの照れ隠しなのかもしれない。

 ほほえましく見ていると、

「……あと皆の出身地とかは、覚えておいたほうがいいです。あとで会話のネタにできるかもしれませんし。聞いてますか?」

「あ、ああ!」

 僕は慌てて返事した。

「ならいいです……でもセンパイ。最後の最後に、駄目な選択しましたね』

「ん? なんのこと?」

「アナウンス班に入れば、高嶺さんに練習を教わったり出来たじゃないですか」

「あ、そうか」

「まだまだですねー」

 舞が回れ右をし、スカートがふわっと翻った。

 歩いて行く小さな背中を見ながら、僕は思う。

(でも、なんで)

 放送室にいたとき、舞は『高嶺さんと一緒のアナウンス班にすべき』と伝えてこなかったのだろう? 

 

● 


 私はセンパイの前を歩きながら、悩んでいた。

(……高嶺さん、間近でみたらいっそう綺麗だった)

 なのに彼氏がいないってどういう事?

 しかも、センパイのことを歓迎しているようだった。

 私がセンパイに放送研に入ることを勧めたのは、失敗だったのでは?『策士策に溺れる』とはこのことだ。

(ていうか私、おつきあいした経験無いんだから、策士でもなんでもないよね……)

 でも『高嶺さんを落とすため放送研に』と言った以上、センパイに高嶺さんと仲良くするようなクエストを出さないわけにはいかないし……

 どうしよう。

 どうしたら、高嶺さんでなく私を見て貰えるのだろう。

 わたしは自分の起伏に満ちた肢体を見下ろした。ここだけは高嶺さんに勝ってる気がする。

(い、色仕掛けとか……どうかな?)

 我ながら迷走している気もするが、他にアイデアが浮かばない。思いついたことは、とにかくやってみよう。

(ああ、でも)

 少し前まではセンパイを導いていたつもりなのに、いつの間にか彼を追いかけるようになるとは。

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