4章①新たなる冒険
いずれ高嶺先輩に告白するため、放送研に入る――これが舞からの新たなクエスト。
高嶺さんを彼女にできて、それが一人よりずっと楽しければ、今度こそ舞の『いっしょ至上主義』の正しさが証明される。
しかしそこまでして、舞は己の信念の正しさを証明したいのか?
(負けず嫌いな子だなあ……)
まあとりあえず、目の前のクエストである『放送研に入る』ことに集中しよう。
自宅アパートで、ネットで放送研について調べてみた。
陸奥大学のページにあった活動概要を読むと、こうある。
・アナウンスの発声練習や、朗読(読み)の練習、学祭や地域の催しの司会、ナレーションをします
・ラジオによるドラマや番組を作ります
・ドラマ、ニュース、ドキュメンタリーなどの動画を作り、YouTubeチャンネルにあげています
以前高嶺さんたちがグラウンドで取材していたのは『ニュース』だろうか。
続いてYouTubeの『陸奥大学放送研』というチャンネルを見てみる。
一番視聴されていたのは、去年の学祭ミスコンの動画だ。
他には『災害時における陸奥大と仙台市の連携』という、硬めのテーマの動画があった。レポーター役の高嶺さんが、仙台市や大学の人からテーマに沿った話を聞き、問題提起している。これが『ドキュメンタリー』だろうか。
動画を一通り見ていると『陸奥大学の男子は草食か否か!?』という、ずいぶん砕けたタイトルを見つけた。
(高嶺さんがこんな取材を?)
驚きつつ再生してみて……愕然とした。
「マジか」
ガックリきていると、スマホにLINEがきた。
舞からかな、と思ったが――今日、人生初の友人になってくれた、水無月葵からだ。
簡単な挨拶と『今度どこかに遊びに行こうよ』というメッセージ。
へこんでいた僕に、慈雨のごとく優しく染みこんでくる。
(友達ってのは、いいもんなんだな)
教えてくれた、舞と葵に感謝だ。
●
週末はいつものように舞とWCOをして『話す練習』、朗読や笑顔、姿勢などの基礎トレーニングをした。
むろんひとりで本を読んだり、仙台を散策したりもする。
街を観察すれば、伊達正宗による都市作りの意図が垣間見え、その深謀遠慮に感嘆させられるのだ。た、たまらねぇ……。
そして月曜日。『放送研に入る』クエスト決行の日。
講義を受けたあと、大学の本館の一階――放送室へやってきた。
ここが放送研の部室らしい。
ドアの上には『放送中』と書かれたランプがある。病院の『手術中』のアレみたいだ。これが点灯したら、大学全体に放送が流れるのかな?
ドアの向こうに、高嶺先輩たち放送研の面々がいるのだろう。
僕はスマホを取り出し、舞にLINE電話をかけた。クエスト開始前にそうするよう指示されていたのだ。
『センパイ、そろそろ放送室へ突入ですか?』
「うん……怖いな」
『怖い? もう9月で、人間関係固まってるところに飛び込むからですか』
「違うよ」
転校を繰り返してきたので、そういう状況は慣れっこだ。
「好きな人に、久しぶりに間近で会うのが怖い」
『――』
舞がとつぜん、無言になった。
どうしたんだろう?
『……ああ、すみません。電波が悪くなったみたいです』
「そうなのか」
『ではセンパイ、このまま通話状態にしておいてください』
「どうして?」
『私も高嶺さんがどんな人か、もっと知りたいんです』
(これからの、クエストの参考にするためかな?)
僕はスマホを、ジャケットの胸ポケットにしまった。
放送室のドアノブに手をかけ――少しためらったあと、引いた。かなり重い。防音のためだろう。
朗読で鍛えた声を出す。
「失礼します!」
「んぁ?」
パイプ椅子にだらしなく座っていた女性が、声をあげた。こちらへ近づいてくる。
派手な人だった。
眩しいほどの金髪。肌は日焼けして真っ黒。ブラウスの胸元をガッツリあけて、スカートが太股までしかない――ゴリゴリのギャルだ。
ラメ入りのリップでも塗っているのか、やたらキラキラした唇を開いて、
「アンタ誰ぇ?」
「文学部一年・月岡草一です! 放送研に入りたくてやってきました!」
「そんなでかい声出さなくていいよぉ。まあ中に入りな」
ギャルさんはダルそうに、親指で中をさした。
部屋の壁は、音楽室みたいに小さな穴がたくさんあいている。これも防音の為だろう。
隅には、沢山のボタンやレバーがついた、大きな機械が鎮座している。
奥にはもう一つ部屋があって、大きなガラス窓から中が見えた。マイクが沢山設置されているところを見ると、スタジオだろうか。
「初めての人には珍しいよねぇ。まあ座りなよ」
ギャルさんがパイプ椅子を引き、中央に置かれたテーブルの側に座らせてくれた。
ギャルさんの他に、三人が座っている。
高嶺遙花先輩が「あっ」という風に口を開いて、切れ長の瞳で見つめてくる。
こうして間近で対面するのは三年ぶりだ。ずっと大人っぽくなっていて、運動部を辞めたせいか色白。七分丈のカットソーとスキニーパンツというシンプルな装いが、均整の取れたスタイルを際立たせている。
もう一人はメガネの男性。分厚い本を読んでいる。どうやら医学書のようだ。
あとは……チャラ男。以前、僕が図書館の半個室でゲームしてたとき、『暗っ』とかディスってきたヤツだ。がっちりした身体を誇示するかのように、足を大きく広げて座っている。
こいつも放送研だったのだ。昨日『陸奥大男子は草食か否か!?』という動画で、MCをやっていた。内容は面白くない上に、滑舌が酷くて聞き取りづらかったけど。
「しかしこの時期に入りたいとは、珍しい」
ギャルさんが、僕の顔を覗き込んできて、
「ひょっとして我が大学の女神、遙花が目当てとかぁ?」
(げっ)
いきなり真相を突かれて、面食らう。
言い訳を考えていると、思わぬ人から助け船が出された。
「んなわけないっしょ、こんなヤツにゃ高嶺は無理無理」
チャラ男が半笑いで手を振った。しかしほぼ初対面で『こんなヤツ』呼ばわりするかね?
すると高嶺先輩が、低いがよく通る声で、
「鬼塚君。それはあなたが決める事ではないわ」
「っ」
チャラ男――鬼塚さんというらしい――が絶句した。ざまあ。
高嶺先輩が、かたちのいい胸に手を当てた。鎖骨の間に、ネックレスが輝いている。
「私が放送研部長の、高嶺遙花です。史学科の二年生です」
「はい」
「月岡草一くん。入部を希望してくれてありがとう。わからないことがあれば何でも聞いてね」
続いて眼鏡の人が「歓迎するぞ」と頷き、ギャルさんは笑顔で拍手。チャラ男は鼻を鳴らした。
(……あれ? クエスト完了?)
あっさり出来てしまった。
達成感というより、拍子抜けしていると……
「はいはーい! 自己紹介しようよ!」
ギャルさんが勢いよく手を挙げて、
「アタシは農学部二年・土屋つむぎ! ツッチーって呼んで。実家は宮城の農家で、肉牛、お米、野菜に果物、色々作ってる」
己の、こんがり焼けた肌を見て、
「夏休みは農作業の手伝いばっかで、真っ黒になっちゃった」
その肌の色は、日サロではなく農作業か。親近感が湧いてきた。
土屋さん……ツッチーさんは、眼鏡の青年に後ろから抱きつく。
「で、こいつが彼氏の前橋万里! 群馬出身の、医学部二年だよ!」
よろしくな、と前橋さんは微笑みかけてきた。
続いて高嶺さんが、
「私は高嶺遙花。史学科二年よ」
「あ、はい……さっき聞きましたけど」
ハッと目を見ひらく高嶺さん。
頬を染めてうつむき、細い指をもじもじ絡ませて、
「し、新入部員を歓迎するための、小粋なジョーク……」
ツッチーさんが吹き出した。
高嶺さんが『もう!』と拗ねたようにツッチーさんをにらむ。仲がよさそうだ。
(高嶺さん、ちょっと天然なところもあるんだな)
ほっこりしていると、高嶺さんがやさしく目を細めて、
「こうしてあなたと話すの、久しぶり。二人で走ったあの時以来ね」
僕は何度も頷いた。高嶺さんは、あの出来事を覚えていてくれたのだ。
興味を惹かれた様子の放送部員たちに、高嶺さんは言う。
「私と月岡君、同じ高校なの」
「へー、でもそれだけじゃないって感じだけど。『二人で走った』って何?」
「二人だけの秘密」
詳しく説明しないのは、僕がカツアゲされてた事を言わないためだろうか。優しい。
「ね、月岡君――」
『はい』と言おうとしたとき。
「俺は理学部二年・鬼塚流星。自動車部とかけもちしてる。茨城出身だ」
チャラ男――鬼塚さんが耳をほじりながら、僕と高嶺さんの会話にかぶせてきた。
そしてヤンキーがガンをつけるように、僕をにらみつけてくる。な、なんだ?
「お前――どっかで見たと思ったら、こないだ図書館でPCゲームしてたヤツだな」
……覚えられていたか。面倒だな。
「はい」と仕方なく言うと、鬼塚さんは嘲笑を浮かべて、
「なんかちょっと、服とか雰囲気が違うな。何? おっそい大学デビュー?」
完全にバカにされてるな。
だがここで怒ったら入部しづらくなることは、僕でもわかる。
(あ、そうだ)
この間、鬼塚さんは図書館で女性を連れていた。それを『共通の話題』に使って、おだてておこう。
「鬼塚先輩みたく、綺麗な彼女ができたら嬉しいですけどね」
「はぁ? いねーよ」
吐き捨てられる。
ここで引いておくべきだったのだが、空気を読むのが苦手な僕はこう言ってしまった。
「え? ちょっと前に、図書館で見……」
バン!!
すさまじい音が響きわたった。
鬼塚さんが、机を大きな掌で叩いたのだ。
空気が張り詰める。前橋さんとツッチーさんは渋い顔を見合わせ、高嶺さんは眉をひそめた。
「おめーの見間違いだろ」
何が逆鱗に触れたんだ? それに何故この人、嘘ついてるんだ?
その疑問は――鬼塚さんが、チラッと高嶺先輩の方を見たことでわかった。
(もしかして鬼塚さん、高嶺さんを狙ってる? だから僕の言葉に過剰に反応したのか?)
鬼塚さんが机を何度もたたきながら、そのリズムに乗せて、
「おーまーえーのー勘違いだろ? そうだろ?」
(ふざけるな)
なんでここまでバカにしてくるヤツに、気を遣わなきゃならない? 僕も引く気はないぞ。
「鬼塚君、いい加減に――」
一触即発の空気の中、高嶺さんが口を開いたとき……
放送室のドアが開いた。
皆がそちらを向く。
そこに立っていたのは、きらびやかな美少女――舞だった。
(!? ま、また大学にきたのか?)
「こんにちはー! ちょっと見学させていただきたいんですけど」
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