3章③ 朝日奈さん翻弄される
(センパイが好き)
わたしがそんな自覚をしているとも知らず、センパイは呑気に、鼻につめたティッシュを取り替えている。
(で、でも、これからどうしよう)
私達がいま一緒にいるのは……『ひとり至上主義』と『いっしょ至上主義』のどちらが楽しいか決めるため。私がクエストを与えているからだ。
今日、センパイにいい友達ができたことで、ほぼ目的は達成されている。
共にいる口実がなくなってしまった。
(なんとかしなきゃ)
焦っていると、
「ところで、僕達の信念のどちらが楽しいかだけど」
「あ、はい。私の信念『いっしょ至上主義』の素晴らしさが分かりましたか?」
「うん。友達と過ごすことことは楽しいんだな。水無月は素晴らしいヤツだ」
あっさり認められ、拍子抜けする。
「ず、ずいぶん簡単に認めるんですね。信念曲げちゃうんですか?」
「信念は、人生を豊かにするためのものだよ。固執して、人生が貧しくなったら意味がない。舞のおかげで、僕は人生の新しい楽しさに気づけたんだ!」
子どものような無邪気な笑顔に、見とれてしまう。
「本当にありがとう舞、親身になって、いろいろ教えてくれて」
こんなに感謝されたのは、生まれて初めてかもしれない。しかも思いを寄せる男性から。
心が幸せでいっぱいになる。
ゆるみきった口許を、地面を見ることで隠しながら、
「で、では勝負は『いっしょ至上主義』である私の勝ちですね」
「いや、それは違う」
「は!?」
センパイは、曇りなき瞳で言う。
「誰かと一緒にいることも楽しいとわかった。でも一人でいる時間も、大好きなんだ」
「……」
「つまり一人でいても、誰かといても充実できる。素晴らしいじゃないか。つまり引き分けということだよ」
「うーん」
釈然としない。
まあ勝ち負けとか、別にどうでもいいんだけど……
(あ、そうだ)
これ、うまく使えば、これからも一緒にいる口実にできるかも?
頭を高速で回転させ、台詞を紡ぐ。
「いや、私は納得いきませんねぇ。どっちの主義が上か、白黒はっきりつけてもらわなきゃ」
「む、どうすればいいんだ?」
「『いっしょ至上主義』の極地といえるものに、センパイが挑戦するんです」
興味深そうに見つめてくるセンパイ。
私は一度唾を飲み込んだ後、微かに震える声で、
「恋人を、作るんですよ」
「はぁ!?」
「恋人ができて、一人でいるのが寂しくなったら証明されるでしょう。私の『いっしょ至上主義』の正しさが」
「な、なるほど、そうかもしれない……」
考え込むセンパイ。よし、いい流れになってきた。
「誰か、気になる女性はいないんですか?」
センパイは、頬を染めて目をそらす。か、かわいい。
(私が気になってるって、言ってください)
優良物件ですよー。JKですよー。こう見えても家事とか結構できますよー。
(で、でも私)
先日買い物に言ったとき、『ガウェインは好きだったけど、センパイのことはなんとも思ってない』というニュアンスの話をしてしまった。
あのときセンパイは驚いていたが、ショックは受けていなかったようだ。
(つまり私のこと、なんとも思ってないのかな……)
不安でいっぱいになっていると、
「気になってる女性なら、いる」
「ど、どんな人ですか?」
「すごい美人で……」
あ、わたし、センパイに『すごい美人』って言われたことある。もしやこれは……
「手を繋いだとき、すごくどきどきしたんだ」
(きたぁ!)
喜びのあまり、ベンチから立ち上がってガッツポーズ。
(これ私でしょ! エヴァースに入るとき手をつないだもの! センパイ私と会うまでぼっちだったんだから、そんな女性は他にいないだろうし!)
私をセンパイが不思議そうに見上げてきた。慌てて腕を回して誤魔化す。
「これ、睡眠の改善に効果あるんですよ――ところでその人、今どこにいるんですか?」
「今? この大学にいるよ」
(きゃー!)
私は陸奥大学の敷地内にいる。可能性がますます高まった! センパイったら焦らすような言い方しちゃって!
それから私は、先輩の一語一句に驚喜乱舞した。
「その人は、長い髪が綺麗で」私、髪長い!
「モデルみたいなスタイルで」街を歩いてたらモデルのスカウトされたことあります!
「親切で」さっきセンパイ、私のこと親身って褒めてくれた!
「その人のこと考えるだけで、心があったかくなる。いうなれば……この世界に降臨した女神みたいな女性だ」
センパイは、私を悶え死にさせる気ですか?
次々受けた賛辞により、私は妙なヨガみたいなポーズになっていた。しかも顔がデレデレに崩れている。通りすがった大学の人が変な目で見てきたけど、どうでもいいや。
もう焦らされるのは耐えられない。
センパイ、早く私だと明言してください。
「で、その、すごい美人で、センパイと手をつないだ女神みたいな人は、なんていうお名前ですか?」
はい、センパイこれから『朝日奈舞』って言いますー。
びっくりする演技するのが大変。困りましたー。
(それから『私も好きです!』とセンパイに抱きついて、その勢いのままデートに行って、それから……)
「高嶺遙花っていう人」
「誰ぇ!?」
演技する必要もなく、びっくりした。
私の甘い計画は、一言で崩壊……まさか全然知らない女性の名前が出てくるとは。
「その高嶺……さん? どんな人ですか?」
センパイはスマホを取り出した。私は泣きそうになるのをこらえ、隣に座って身体をくっつけ、覗き込む。
写真でも持っているのだろうか――と思ったが、起動したアプリはYouTube。
『陸奥大学放送研』というチャンネルを開く。
「放送研? はぁ、そんな研究会があるんですね」
センパイはそこから『陸奥大学祭ミスコン』という動画を選んだ。
ステージの上に、ずらりと参加者が並んでいる。美人ばかりだ。
「まさか、ミスコンの出場者ですか?」
センパイは首を振り、参加者の右側にいる司会らしき女性を指さした。
思わず「はっ?」と叫んでしまった。
その人の美しさはミスコン参加者たちを、ぶっちぎりで上まわっていた。
凜とした顔立ち、意志の強そうな切れ長の瞳、『大手事務所が売り出す正統派女優』と言われても納得するだろう。よく通る声で司会をこなし、立ち居振る舞いも堂々としている。
コメント欄には『参加者気の毒ww』『どう見てもこの司会の子が優勝じゃん』という感想が溢れている。
(あ、そういえばこの人)
さっき学内で見た、ポニーテールの人だ。
「この人が高嶺遙花さん。高校の先輩で、ずっと憧れなんだよ」
その言葉に、驚くほど胸がずきんとする。
私は呼吸を整えたあと、
「……何か憧れるきっかけが?」
センパイは虚空を見つめる。それはまるで、夢見るような表情。
(も、もしかしたら、恋愛ドラマみたいな素敵な出会いが?)
「不良に絡まれてたところを、助けて貰ったんだ――」
「……」
少しの間、その言葉を脳内で整理したあと、
「え、逆じゃないですか? 『助けた』んじゃなく『助けてもらった』?」
「いや、そのまんまの意味」
「ええー……」
センパイの話によると。
高一の秋、学校からの帰り道、近くの高校の不良たちに絡まれ、金銭を要求されたらしい。
通りすがる誰もが見てみぬフリをする中、颯爽と高嶺さんが現れたという。
『こっちへ』とセンパイの手を握り、駆けだしたらしい。
彼女はインターハイで優勝したほどの俊足。センパイは必死についていったという。
不良達は自転車を持っていたが、高嶺さんは細い路地を選んだため逃げ切ることができたそうだ。
「不良たちから逃げ切り、高嶺さんは脚を止めた。そしておもむろに、近くの自販機で缶コーヒーを買い『これを飲んで元気を出して』と小声で差し出してきた」
「へえ」
「でも問題が一つ……僕はコーヒーが大の苦手で、飲むと吐きそうになるんだ」
え。でもその流れだと、飲まないわけにはいかないだろう。
「思い切って飲んだはいいものの、吐くのを我慢して、えずいたり、涙ぐんでいたら」
高嶺さんは「そんなに辛かったの……」と頭を撫で、優しく慰めてくれたらしい。いい人そうだけど、ちょっと天然?
それからセンパイは、学校に行くと高嶺さんを目で追うようになったという。
「部活では黙々と、だれよりも練習して他の部員を引っ張るし。その姿はまさに孤高で……」
センパイが、見たこともないウットリした顔で、高嶺さんを讃える。
ムカムカしつつも、私は恋敵の情報を集めるべく聞き続けた。
高校時代の高嶺さんは口数が少なかったらしい。でもミスコンの動画では流暢に、明るく喋っている。大学でキャラを変えたのだろうか?
「高嶺さんは、大学内でも大人気なんだ」
そういえば、一緒に写真を求められたりしていた。
(そんな凄い人を、基本陰キャラであるセンパイが落とせるかな?)
これほど綺麗だと彼氏がいる可能性も高い。いや、いない方が不思議だ。
(……よし)
私は、非常に大きな決断を下した。
「次のクエストが決まりました――高嶺遙花さんがいるサークル、放送研に入りましょう」
「え? なぜ」
「いずれは、高嶺さんに告白するためです。彼女こそ、いわばラスボスです」
「……僕が、高嶺さんに」
表情を強ばらせるセンパイを見て、わたしは思った。
(入部したあと、高嶺さんに告白してもらい――玉砕してもらおう)
そうすれば傷心のセンパイは、私に目を向けてくるかもしれない。
我ながら策士。
センパイはうつむいて、考え込んでいる。私は説得を続けた。
「今、センパイの友人は水無月さんだけ。これでは色々なクエストを出すのは難しいです。でも放送研というコミュニティに入ることによってそれは変わります」
「たとえば?」
「『集団での会話』、『空気を読む』などのクエストです。それをクリアしたらセンパイのレベルアップに繋がり、高嶺さんを落とすための武器になるでしょう」
そしてだめ押し。
「それに何より、高嶺さんとふれあう時間を増やし、距離を縮めることができるじゃないですか」
センパイは唇を引き結んだ。
そして一分ほど唸ったあと、
「わかった。高嶺さんに……こ、告る第一段階として、放送研に入る」
「はい」
「万一お付き合いできて楽しかったら、舞の『いっしょ至上主義』の楽しさが証明されるわけだもんな」
そしてセンパイは、呆れたように肩をすくめる。
「しかし、そんなに己の信念の正しさを証明したいなんて。舞は負けず嫌いだなぁ」
「はい、負けず嫌いです」
貴方は誰にも渡しません。
だから早くフラれて、私を見て下さい。
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