2章①JKにスキルを教わる

 そして土曜日。舞と二人で街へ出かける日。

 僕は朗読や笑顔のトレーニングをしたあと、悩んでいた。

 舞からは『できる限りかっこいい格好をしてきてください』と言われたが……

 僕の服は全て、高校時代に母さんが『草一も年頃なんだから私服くらい持ちなさい』と適当に買ってきたもの。

 くたびれ気味のパーカーを羽織り、ゆったりしたジーンズを穿く。貧弱な体型がコンプレックスなので、服で隠す作戦だ。靴は、三年ほど穿いてるヨレたスニーカー。アパートに姿見なんてものはないが、見るまでもなくダサイだろう。

 髪はいつもどおりモッサリしているが、最低限、手につけた水道水で寝癖を直す。本当に最低限だな。

 地下鉄に乗り、待ち合わせ場所である仙台駅へやってきた。

 東口へ向かう。笹かまぼこや牛タンなど、仙台名物を売るブースを過ぎると、大きなステンドグラスがあった。地元の大名・伊達政宗が描かれている。

 ここは待ち合わせスポットとして有名だ。現に今も、若い男女が沢山いる。皆さんバッチリお洒落されており、僕の浮きっぷりがハンパない。

(考えてみれば……)

 齢18にして、家族以外と休日に出かけるなど初めてだな。

 スマホで服について調べてみる。何事も予習は大事だ。

 メンズファッションのサイトを開く。ぶかっとしたシャツを着た男がドヤ顔を浮かべた写真が載っており、こう解説されていた。 

『ドロップショルダーが特徴なビッグシルエットのシャツで、トレンド感を演出。足元はあえて外してみました』

(……わからん)

 ドロップショルダー? トレンド感? 外し? 専門用語の嵐でくじけそうになる。

 とりあえず『外し』について調べてみた。

『外しとは、キチンとした格好の一部をあえて着崩したりすること。そうすることで街ナカになじめるようになります』

(うーん……要は、あまりキッチリしてると、とっつきにくい印象を与える。だからあえて弱点を作るってことか?)

 意味を考えていると、周りの空気が変わった。

 待ち合わせしている男女が、一斉に同じ方向を向く。僕もつられて見ると――

 こちらへ舞が歩いてきていた。まだ距離があるけど存在感がすごい。

 ショートパンツから『むちっ』と形容するのがぴったりな瑞々しい太股が見える。履いているのはブーツ。

 白いインナーの上に、クリーム色の裾の長いコートを羽織っている。バッグとインナー、帽子とコートがそれぞれ同系色だ。

 着こなしとかはわからないけど、凄くよく似合っている。それが舞の華やかさと相まって、オーラが尋常でない。「あの子モデル?」と周りが騒いでいる。

「おはようございますセンパイ」

「おはよう!」

 僕はとりあえず笑顔を浮かべ、声を張った。朗読や笑顔練習の成果を出す。

(ラノベでは、私服姿をほめると、女の子が赤面して好感度があがるけど……)

 僕にはそんな器用なことはできない。見とれてしまうだけだ。 

 対して舞は堂々と腕組みし……僕の全身を頭から靴まで見た後、

「しっかしまあ、WCOで毎日みてますけど……今日もダッサいですね」

「ぐはっ。それはその……」

 覚えたての言葉を使ってみる。

「あえて外してるんだよ」

「全身外してどうするんですか?」

 その時、周りから「あの子、超可愛いけど、男の趣味は最悪だよねー」というヒソヒソ声が聞こえてきた。

 なるほど。僕という『外し』によって舞が街ナカになじんでいる。僕は絶望するけれど。

(いきなりディスられた。つらい)

 やはり一人が最高なのか――と思っていると、舞が突然眼前に現れて驚いた。後ろ手になり、見上げてきたのだ。

「でも『笑顔』とか、『目を見る』とかはできてるじゃないですか」

「え」

「前より声に『張り』もあります。朗読の効果出てますね。センパイ、すっごく進歩してますよ!」

 おお、努力の成果がでるのは嬉しいものだ。

 舞が人差し指を立てて、得意げに、

「ちなみに今のは『マイナス・プラス話法』といいます。先にマイナスな情報を言ったあとにプラスのことを言うと、好印象を持たれるんですよ。頭の片隅に入れて置いて下さい」

 なるほど。確かに褒められたあとで『ダサイ』と言われたら、僕はヘコんだ気持ちを引きずっただろう。

 しかし。

「手玉にとられてる気がする……」

「実際とってますから、仕方ないですよ」

 舞が笑って、背中をたたいてきた。

 仙台駅の東口から外に出る。休日なので、たくさんの人が歩いている。

 舞が、僕を改めて見て、

「……初めて会った時から思ってたけど、センパイすごい猫背ですね。姿勢も、大きく印象を左右する要素ですよ」

「そうか。直すためのメニューはない? 『声を張る』における『二十分朗読』みたいな」

 舞は顎に指を当て「センパイは座ることが多いから、あの方法が……」とブツブツ呟く。

 そして近くのベンチに座った。

 帽子を脱いで、何を思ったか――頭頂部の己の髪を握り、上げる。

 通りすがりの人々が、不思議そうに彼女を見ていた。だが彼女は全く気にしていないようで、

「やってみてください」

 舞の隣に座り、真似してみる。

「『空から背骨を引っ張られてる』とイメージして下さい。そして、背骨と地面が、垂直になるようにします」

 ……なるほど、背筋が伸びている。

「こういう姿勢をすると、心が引き締まる感じがしませんか?」

「確かに」

「これからはパソコンする時も、椅子の高さなどを調整して猫背にならないようにしてください。姿勢が崩れたら、すぐにチェックする習慣もつけてくださいね」

 頷こうとしたが、髪を握っていたのでできなかった。舞が吹き出した。

「くすくす……姿勢はとても大事です。気管が伸びて『声』が出やすくなるし、自信が湧いてきて『笑顔』になりやすくなります。猫背では相手と『目を合わせる』とき上目遣いになってしまいます。姿勢は、三つの要素と繋がっています」

「そんな大事な『姿勢』について、何故この間は言わなかったの?」

「『三の法則』ってご存じですか? 『人間は三つのことは記憶しやすいけれど、四以上だと多い』というものです。最初からあんまり多くのことを言っても、混乱するかもしれないと思って」

 僕のことを気遣ってくれたらしい。

 それに『三の法則』というのも、腑に落ちる部分がある。

「三だと記憶しやすいか……」

 舞が「なんですか?」と優しく問うてくる。僕の言葉を引き出そうとするように。

「童話でも『三匹の子豚』とかある。それに桃太郎の仲間はイヌ、サル、キジだね。子どもに覚えやすいようにしているのかもしれない」

「そうそうっ!」

 舞は弾けるような笑顔で、

「今のセンパイの返し、凄くいいですよ。『相手が言ったことに、適切な例を出す』っていうのは『貴方が言ったことを理解していますよ』という証明です。これをされると、相手は嬉しいものです」

 なるほど覚えておこう。新しいスキルみたいなものだ。

 舞はバッグから手鏡を出し、乱れた髪を直した。

 僕の髪も同様に直し、おまけに襟元や袖も整えてくれる。ずいぶん面倒見のいい子だ。

「ではセンパイ、今日最初のクエストです。今日行く美容院――『ヴォヤージュ』まで先導して下さい」

「僕、その店知らないよ」

「大学で友達ができたら、どこかに出かけるでしょう? 行ったことのない場所に、友人を案内する機会もあります。そのためのクエストです」

 なるほど。舞の指示には全て明確な意味がある。

 僕はスマホのナビを立ち上げ、それを頼りに歩きはじめた。舞がついてくるが……

(これ、意外と緊張するな)

 僕はよく一人で街歩きする。道に迷うこともあるけれど、それはそれで新鮮な風景と出会えるため、わくわくするものだ。

 でも誰かを案内するなら、自分が道を間違えると、皆が迷うことになる。

 スマホを確認しながら歩いていると、舞が背中をつついてくる。

「何か話を振ってくださ~い。今日は会話の練習も兼ねてるんですから」

「あ、そうか」

 だが考えてみると……今までのWCOでの会話も、話題はほぼ舞に振って貰っていたのだ。

 自分から何を話せばいいのか、わからない。

「お困りのようですね。では『会話の奥義』を二つお教えします」

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