2章② 会話における、二つの奥義


 僕に舞は、得意げに言った。

「何を話すべきかお困りのようですね。では『会話の奥義』を二つお教えします」

「おお、奥義っ」

「まず一つ目は――」

 大いに期待しながら、舞の言葉を待つ。


「それは――『共通の話題によるキャッチボール』です」

 

「……なんか、普通じゃない?」

 舞が真っ赤になった。背伸びして、鼻がつくほどの距離まで顔を近づけてくる。

「ふ、普通こそが1番大事なんですよ! 現にセンパイ、ダメダメでしょ。私と最初にファミレスで会ったとき、ロクに受け答えできなかったし」

 まことにその通りなのだが、可愛い顔が近いので頭に入ってこない。

「あげくの果てに、『ファミレスではゴキブリを太郎と呼ぶ』なんて、変なボールを投げてくるし。私あの時、食べる直前だったんですよ。どう投げ返せと?」

 反省しつつ、舞にたずねた。

「わかった。『共通の話題によるキャチボール』じゃあもう一つは?」

「『角度をつける』ことです』」

 今度はよくわからない。

「ただキャッチボールするだけだと、飽きてくるでしょう? 相手が少し取りづらいボールとか、バウンドを織り交ぜるとかすると、キャッチボールに緩急が生まれます――それと同じように、会話の流れに沿いながらも、少し意外な言葉を投げてみるんですよ」

 キャッチボールにずいぶん詳しい。野球好きなのだろうか。

「あ、そういえば――」

 舞がぽんと両手を叩いて、

「私、ガウェインのことが男性として好きだったんですよ」

「は!?」

 『ガウェイン』とは、僕のハンドルネームだ。

 確かにこれは意外なボール。

「WCOでの戦闘では頼りになるし、勉強もとても丁寧に教えてくれたし」

 ということは先日、舞がオフ会を提案したのは。

(僕に――好きな人に会いたかったからか)

「ファミレスで会う前はすごくドキドキして、トイレやスマホの鏡アプリで何度も身だしなみを整えました」

 そういえば初めて見た時、スマホを見ながら前髪をいじってたな。

 僕は、少し声をうわずらせて、

「で、実際に会ってみてどうだったの?」

 舞は舌をぺろっと出して、

「そこは、察して下さい」

 実物の僕を見て、幻滅したのかな? 

「ちなみに今のが『角度』です。私が『ガウェインを好きだった』と聞いて、センパイ驚いたでしょ? そこで会話に緩急が生まれた」

 自然な流れで実践してみせた舞に、感嘆する。

「ではセンパイ。今の二つを念頭に、話題を振って下さい……あ、『共通の話題』っていっても、私といつもやってるWCOの話題は禁止です。あくまで、大学で友達を作るための訓練ですからね」

 僕は歩きながら頭をひねる。

(共通の話題、か――)

 そうだ。僕たち二人の過去になら、共通する部分がある。あの時思ったことを、話題にしよう。

「……僕の方こそ、舞を見たときはびっくりしたなぁ」

「え、どうしてですか?」

「いやその、僕が会ったこともないタイプの、すごい美人だし」

「い、いやぁ~」

 舞は頬に両手を当て、うつむいた。自画自賛はするが、人に言われると照れるらしい。

 ここで思い切って、強めに『角度』をつけてみよう。

「だからその、美人局かと思った」

「……へ?」

 舞が大きな目をぱちくりさせる。こういう顔を見たのは初めてだ。

「美人局って――女性が囮になって男を誘い、彼氏が『俺の女になにしてんだ』っていうアレですか』

「そう。君と話したとたん、近くの席に隠れてる、君の彼氏に殴りかかられるんじゃないかと」

 舞がくってかかってきた。

「そ、それちょっと酷くないですか? 確かに私、誤解されそうな見た目してるって自覚はありますけど」

「でも君が美人局じゃないって、すぐわかったよ」

「ならよかった」

 もう一度『角度』をつけてみる。

「美人局だったら僕みたいな貧乏学生じゃなく、もっと金のありそうな人を狙うだろうし……」

「そっちですかっ」

 舞がそう言ったあと、目を丸くして、

「……今の、結構よかったですね。『共通の話題によるキャッチボール』も、『角度』もできてました」

「よしよし」

「ただちょっと失礼ですけどねっ」

 舞が微笑んで、かるく耳を引っ張ってくる。

 そんな事をしているうちに、美容室『ヴォヤージュ』へ到着した。とりあえず一つのクエストを達成だ。

 しかし。

(うぉ……)

 美容室の外観は木目調で、おしゃれなカフェみたいだ。いつも行く千円カットの店とは、あまりに違いすぎる。

 おそるおそる入ると、

「「「「いらっしゃいませー!」」」

 キラキラした笑顔の店員が次々挨拶してきて、僕の心胆を寒からしめる。

 舞が予約していてくれたらしく、すぐに席に座らされた。

 舞が、やたら美形な美容師に、髪型を細かく指示しはじめた。

「全体的に短くして、襟足は――」

「あのぅ舞、僕の意見は」

「サトにー……じゃない。センパイ、今日は私に任せて下さい」

 一瞬、僕を兄と間違えたようだ。

 しかし兄の『サトシ』のこと『サトにー』って呼んでるんだな。ちょっと可愛い。

 舞は指示を終え、待合室へ戻っていった。

(あとは、スマホで電子書籍でも読みながら終わるのを待とう)

 ひとりの時間にホッとしていると、舞からのLINEがきた。


『クエスト:美容師さんに話題を振って、五分間会話してください』


 これも会話の練習か。

(この美形で明るそうな人と、共通の話題……うーん)

 美容院といえば、毛髪。毛髪と言えば、こんな豆知識を本で読んだことがある。

「あのぅ」

「はい、なんでしょう」

「人毛って、かつて醤油に加工されてたって本当ですか?」

「え!? いや、知りませんけど」

 だめか。共通の話題にしても、人毛醤油はちょっと酷すぎた。

 戦後のモノ不足の時代には、人毛を原料に代用醤油が作られていたらしいのだが……

 美容師さんは笑顔を崩さずに、ハサミを動かしながら、

「すごい知識ですね。美容師として勉強になります。どこかの学生さんですか?」

 こちらを褒めつつ、巧みに話題を変えてくれる。

 陸奥大に通っていることを言うと、

「陸奥大! すごいですねー」

 僕は謙遜して、

「いやぁ、頑張って勉強すれば誰でも受かりますよ」

「あー、私、陸奥大落ちて、美容士の道に進んだんですよね」

(げっ)

 イヤミに聞こえたかもしれない。また失敗か。

「すみませ……」

「いえいえ、こうして好きな道に進めたんだから、落ちて結果的によかったと思ってます」

 フォローしてくれた。優しい。

 その後美容師さんは舞のことを話してくれた。彼女はここで『サロンモデル』をすることもあるらしい。カットして美容院のホームページに載る仕事だという。

 実際にスマホで、この美容院のホームページを見てみると、トップにでかでかと舞の画像があった。

(僕、けっこう凄い子と一緒にいるんだな)

 そう思いつつ、美容師さんの話術にも感嘆した。舞という共通の話題で、見事に盛り上げてくれたのだ。

 ……人毛醤油なんて口走ったのが恥ずかしい。

 


 そして四十分後。カットが終わり、美容師さんが声をかけてきた。

「お疲れさまでしたー。いかがですか?」

 僕はしぶしぶ鏡を見た。

 なるべく、己の姿を見ないようにしてたのだ。ブサメンの悲しい性である。

 だが改めて自分を見てみると――

(ん? んんん!?)

 結構かっこよくない?

 もっさりした感じが消え、すごく爽やかになっている。

「気に入っていただけましたか?」

 僕は何度も頷く。

 この美容師さんが、ブサメンという不治の病を治してくれた名医(ゴッドハンド)に思えてきた。握手したい気分だ。

(よく漫画であるじゃないか。地味な女の子が髪を切ったら、別人みたいに可愛くなるってのが)

 僕もそのタイプかもしれない。

 レジへ向かって意気揚々と歩く。待合所のソファに、舞が長い脚を組んで雑誌を読んでいた。

 僕に気付くと勢いよく立ち上がり、目を輝かせて――

「すごいっ!! 一気によくなりましたよ!」

「そうだろう」

「見た目の点数、5点から25点くらいに」

「……」

 まだ余裕で赤点。

 どうやら僕は、髪を切っただけで美青年になれる男ではなかったらしい。

「だ、だが、点数が5倍になっただけよしとしよう」

「そうですよ。これから服を買って、もっと点数を上げるんですから」

 僕は高い会計をすませ、店を出た。

 次の目的地へ、またスマホのナビを駆使して進んでいると、

「センパイ、さっきのクエストですけど、美容師さんにどんな話題を振りました?」

「じ、人毛醤油……」

 はぁ? と呆れられた。まぁ無理もない。

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