モモとサークルミステリー

 「ところで、私に聞きたい雑学ってなに?」


 モモちゃんとイチゴちゃんが友情を新たに築いたそのあとで、私はモモちゃんがこの部屋へ来た理由を改めて訪ねてみた。


 「雑学って言うか、謎解きっていうか。先生ならいろんなことを知っているから、きっと助けてくれると思ったんですよね」


 モモちゃんが、期待を込めた眼差しをこちらに向ける。


 助ける、という言葉を聞いて、何となく不穏な気配を感じた私は、先に釘を差しておくことにした。


「変な事件に巻き込まれたとかじゃないよね? それなら、頼るべきは教授じゃなくて警察だ。それから、一人の生徒に深入りすることは出来ないからね」

「もちろん、それは承知しています。」


 モモちゃんがきちんと承知していることを確認して、私は話をするよう促した。



 モモちゃんの話は、こうだった。


 モモちゃんが所属しているミステリーサークルでの出来事だ。

部活動と違って、自由な行動が許されているサークル。

普通の部活動との大きな違いは、学校側からの部費の支給があるかないかだけ。

ミステリーサークルは、個人の寄付による部費だけで活動をしている。


 そのミステリーサークルで起きた出来事だった。


 昨日、サークルのグループチャットで会合の開催案内が流れてきた。


『ミステリーサークル会議を行います。

 日時:9月21日(金) 14時から

 場所:第1講義棟 101教室

 議題:11月の大学祭について』


 普段から、会合がある時にはグループチャットで日時と場所が流れてくるそうだ。

 その日の開催案内も、普段となにも変わりはなかった。

 

 サークルの幹部の人が、大学のシステムから空き教室を見つけて、予約をする。

 

 それから、開催案内を流す。

 

 いつもと同じ流れなので、モモも気にせずに14時に指定の教室へ向かった。


 ところが、その教室を覗いてみると、講義の真っ最中だったのだ。


 そこで、もう一度グループチャットの画面を見る。


 日時は、カレンダーを確かめても、今日の日付。時間も間違えていない。

 

 幹部の人が場所を書き間違えたのだろうか。それとも、時間を書き間違えたのだろうか。


 モモがサークルに入ったのは、今年度に入ってからだった。


 友人に誘われて、講義も3年生になると落ち着いてくるのでサークル活動をしないかと誘ってきたのだ。


 まだ入ったばかりのサークルで、会合が開かれたのは、夏休みに入る前の2回。


 いずれも、推理小説の課題図書を読み、どのように解釈をするかを議論して、小説に対する見解を深めていくというものだった。


 少しつまらないサークルかもしれないな、と思っていたけれど、友人への義理もあり、サークル活動を続けていたのだ。


 そして、今日。


 友人に聞いても、そんなチャットは流れてきていないという。


 そのチャットのスクリーンショットを友人に送っても、見覚えはないという。


 諦めて、帰ろうかなと思っていたときに、図書館の教授の存在を思い出して、相談してみようと思ったのだった。


 自分にだけ流れてきた開催案内。


 日時と場所を確認しても間違いはないのに、講義で使用されている教室。


 待っても誰も現れなかった理由。



「先生なら、なにか思い付くかなって思ったんです」


 モモは自分の携帯端末を取り出すと、問題のチャットメッセージを画面に出した。


 私も、文学部の講義を受け持っているだけあって、推理小説等ももちろん読む。そして、この大学のミステリーサークルの存在も知っている。


 しかし、何を思い付くことはない。


 モモちゃんの隣で、イチゴちゃんが自分の携帯端末で大学の学生用システムにアクセスをしているのが見えた。


「モモ先輩、その教室、今日はちゃんと講義で予約不可になってますよ」


 イチゴちゃんが自分の端末で出した予約システムの画面をモモちゃんに見せた。


「え? じゃぁ、予約せずに開催案内を流したってこと?」

「それは分かりませんけど、大学の予約システムは、講義が優先されているはずです」


 イチゴちゃんの言った通りだった。

 大学の教室予約システムは、前期と後期の講義予 約を大学事務の方で先に予約をして、空いている時間を生徒が自由に使えるようになっている。


 もちろん、その優先順位も教授、大学運営委員会(生徒会のようなもの)、部活、サークル、個人の順番になっている。


 講義で使う予定のある教室を予約することは、不可能だ。


「サークルの幹部の方が間違えたってこともあり得ますね」

「う~ん、それなら、誰も現れなかった理由がわからないんだよね。間違いなら、誰か来て指摘するかもしれないし。指摘されたら、改めて正しい案内を出すと思うんだよね」


 モモちゃんは端末を操作して、新しい案内があるかをもう一度確認する。


 そこには相変わらず先程のメッセージが表示されているだけだった。



『ミステリーサークル会議を行います。

 日時:9月21日(金) 14時から

 場所:第1講義棟 101教室

 議題:11月の大学祭について』



「過去のログはある?」


 私は少し気になることがあって、モモちゃんに過去の開催案内を見せてもらうことにした。


「あ、はい。上にスクロールしてください」


 モモちゃんは私に携帯端末を渡して、メッセージのログを見せてくれた。


過去の案内も、似たようなものだった。


『ミステリーサークル会議を行います。

 日時:5月25日(金) 14時から

 場所:第3講義棟 201教室

 議題:課題図書について』


『ミステリーサークル会議を行います。

 日時:7月20日(金) 14時から

 場所:第3講義棟 101教室

 議題:夏休み中、夏休み後の活動について』


 過去の案内は、この二つだけだった。


「ね、同じでしょ。違うのは場所と日にちだけ」


 モモちゃんはそう言って端末を受け取ろうと手を差し出した。


「だね。過去のログをコピペして修正してるのかな」


 モモちゃんに端末を返しながらそう言うと、「多分」とモモちゃんは頷いた。


「ミステリーサークルのミステリー、か。ミステリーでゲシュタルト崩壊を起こしそうだ」


 茶化すようにそう言うと、モモちゃんは笑って「前の会合の時にゲシュタルト崩壊しましたよ」と教えてくれた。


 そう言って笑っていると、静かに考え込んでいたイチゴちゃんが「これって、変ですね」と呟いた。


 変なことは、わかっている。色々考えたけれど、明らかに変な部分があった。


「変なことはわかってるよ。でも、その答えがわからない」


 私は正直にお手上げだと言った。


 それを見て、モモちゃんは何が変なのか、と言う。


「変なのは、明らかですよ。だって、この日付、システムで見たら全部講義の予約がされている教室ですよ。モモ先輩、本当に会合に出席したんですか?」


 イチゴちゃんの言い方にムッとしたようで、モモちゃんは顔をしかめた。


「したよ。最初は友達に連れていってもらったし、次は偶然幹部の人と会って、そのまま一緒に行ったけど。会合はちゃんとやってたし、教室もちゃんとあってる」


「そうでしたか」


 イチゴちゃんは、気分を害したことに気づいて「すいません」と素直に謝った。

そして、もう一度大学のページを調べ始めた。


 食べかけのアイスが、少しずつ溶けていくことも気にせずに、イチゴちゃんは端末操作を続けている。


「先生、こういうのって、何て言えばいいんですかね」

「こういうの?」

「ほら、オレオレ詐欺とか、振り込め詐欺とか、そんな感じの

「あぁ、そういうこと。なら、これはミステリー詐欺だね。ミステイクって感じで」


 ちっとも面白くないけれど、所詮私の語彙力なんて、その程度だ。

そう思っていると、イチゴちゃんがクスクスと笑いだした。


「違いますよ。それを言うなら、休講詐欺です」


 意味が、わからなかった。


「イチゴちゃん、わかったの?」

「はい。説明しますか?」


 私とモモちゃんが頷くと、イチゴちゃんは話始めた。


「この会合の日、全部、前日か、2日前に案内が流れているんです。案内って、本来は一週間以上前に流れたりしませんか? 予定とかありますし。でも、直前に案内があるんです。調べてみると、すべて講義がある日時で、教室も予約不可。そんな場所で会合って言われても、普通に考えたらできませんよね。

 でも、ミステリーサークルの会合は開催された。

もしかして、このグループチャットは、新規入会の子だけに流されているんじゃないでしょうか。会合って言うわりに、グループの人数が6人ですから、少なすぎます。会合に指定されている教室は、どれも大教室で、収容人数は120名ほど。6名なら、カフェテラスでも十分間に合います」


「あ、本当だ。人数とか気にしなかった。確かに6人しかいないね。でも、会合には30人くらいはいたんじゃないかな? 結構出入り自由って感じだったし、グループで分かれて話してたから、正確な人数はわかんないけど」


 モモちゃんが端末に出されているの情報を見て、初めて気づいたかのうように言った。


「多分、ミステリーサークルは金曜日に14時に開催することが決まっていて、教室は大学のHPを見たらわかるようになっているんだと思います」


 そう言ってイチゴちゃんは大学のHPを端末に写し出した。

 そこには、『休講のお知らせ』という文字。


 いづれも日付は、会合の日と一致していた。


「それで、今日は元々休講予定だった講義が、急遽開講に変更されたんです。理由は……、先生の都合みたいですね。ただし、休講の案内をしてしまったので、受講できなかった生徒は改めて別日に補講を受けられるみたいです」


 彼女の携帯端末を見ると、確かに昨日の朝一で休講のお知らせがあり、昨日の夜に休講を取り止めるお知らせと補講の案内が表示されていた。


「これは推測ですが、休講の案内と会合の日付の関連性を見つけることができて、自力で会合に出席できた人が正式にサークルへ入れるという仕組みなんじゃないでしょうか」


 そう言うと、イチゴちゃんは別の休講案内を表示させた。


「今日、急に休みになった講義があるんです。第3講義棟202教室。今朝、休講の案内がされた講義です」


 その案内を見て、モモちゃんは慌てて時計を見た。


 時刻は15時25分。


「行ってみる! 前の時も、17時くらいまで話してたから、本当ならまだいるかも」


 それだけ言うと、モモちゃんは急いで部屋を出ていってしまった。




 後日、モモちゃんは正式にミステリーサークルへ入会したという報告を受けた。

そして、グループチャットからは退会し、月末になると休講案内に目を光らせるようになったという。


「イチゴちゃん、よく気づいたね」


 あれから、私の研究室へよく来るようになったイチゴちゃんに、モモちゃんのその後を伝えると、彼女は笑いながら教えてくれた。


「あの日の休講は、私が受けるはずだった講義なんです。それに、偶然にも他の会合も全部、私が被害を受けた休講なんですよね」


 そういった彼女の笑顔を見て、もしかしたら、こんな日常のなかに世界一美しい景色があるのかもしれないと思った。

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イチゴとモモと図書館の教授 橘 志依 @shi-i

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