第6話

 ゴールデンウィークで暇を持て余しているので、心の声とお向かいさんについての話をしよう。

改めて言う。お向かいさんは同じクラスの女子だ。それで済めば青春ラブコメになるだろう。

 だが、ただの女子じゃない。俺のことを眷属とか思ってるやばいやつだ。何度も言うようだがもう俺の生活に『平穏』の二文字はない。だれか助けて。

 そうは言ったものの、別に心葉の心の声が家にいて聞こえるのかと言ったら話は変わる。

というのも弟のヒロも俺も、むやみやたらに心の声が聞こえるわけじゃない。人の話し声に小さくて聞こえない声や遠くにいても聞こえる声があるように、心の声にも強弱がある。それは、その人物がどれほどそれについて考えているかによって変わる。

 大抵の人は潜在的に同時多発的な思考をすることが多い。そうするとどうなるかというと、ノイズが走ったような感じになる。そのせいか一つずつの思考が弱く、大抵の声は気にしなければ聞こえない程度だ。もちろん、聞く気になれば聞くことはできる。

 逆に、一つの物事に絞って考えていると気にしなくても聞こえる。俺とヒロの会話はそれを利用している。言いたいことをはっきりイメージする事で相手に聞こえさせるのだ。ちなみにそれに集中するから他が疎かになることもある。他の人から見たら固まっているように見えるかもしれない。

 とにかく言いたいのは心の声が聞こえると言っても全部が全部聞こえるわけじゃないし、距離が離れていればよほど集中して聞き耳でも立てていない限りは、よっぽど聞こえないということだ。

 つまり、道を挟んで離れていればそう簡単に聞こえない。もし聞こえたならそれは人としてバクっているレベルだし、それだけ一つの物事に集中するのは馬鹿げている。命が掛かっていることならまだしも、それが暇だのなんだのというどうでもいいことまで聞こえたのならそれこそ正真正銘の……いや、これ以上は言うのはやめておこう。人の尊厳に関

『あー、暇だなー!!』

わりかねないしっておい。人の話を遮るんじゃない。そして今まで頑張って十何年培ってきたものを説明してそれを根底から覆すようなことを話のオチに持ってこようと思ったのにネタばらすんじゃない。馬鹿らしくなるだろ。人として規格外か。JIS規格準拠しろ。一周回ってもはや褒めるわ。あんた常人じゃねえよ。

 つまりだ。言いたかったのは栗鼠は規格外の人間で俺たち兄弟はすでに一ヶ月ほどそれに苦悩している。

『暇すぎる!』

 分かった。分かったから一旦落ち着け。

『暇すぎてどうにでもなれ』

 どうにもならんから暇なんだろうが。

『アルキメデス』

 ごめん意味が分からん。

『スイートポテト』

 あー、しりとりね。でもなんでアルキメデス。

『ト……と……』

 詰まるの早ない?

『豚骨ラーメン!』

 終了。豚骨で止めろや。

『ン……ンゴロンゴロ』

 続けんのかい。

『ロ……ソビエトロシア』

 ロシアでよくない?あと『そ』はどっから出てきた。

『ア……アラスカ』

 北半球攻めるね。

『カーネルサンダース』

 あの人ね。

『……すっごいお腹空いた』

 食べたくなってんじゃねぇか。

『タコスライス』

 しりとり続いてんのかよ。そういえばそうだな、『す』から始まってたわ。あとやっぱりさっきからお腹空いてんだろ。

『酢飯』

 飯食えや。暇なんだろどうせ。

『Cyclamen』

 発音いいけどまた『ん』やで。

『North Carolina』

 アルファベットしりとり!高難易度!あと発音どうした。

『Argentine……EU……Ukraina……Argentine……』

 Argentine好きだなおい。てか、2度目ありなの?循環するよ?輪廻が好きなの?

『兄貴、兄貴』

 ヒロの声。心から来やがった。地味に疲れるんだから直接言いに来ればいいのに。

『どうしたヒロ』

『心葉さん煩いんだけど、どうにかして』

 苦情案件。いや、なんで俺。

『なんで俺なのさ』

『恋人でしょ?』

『どうしてそう思えるの?ピュアか。純粋無垢か』

『煩いなあ、とにかくどうにかしてよ。友達でしょ?あの人の気を紛らわせてよ。ずっと一人でしりとりしてるよ?心の中で。こっちに聞こえるほど熱心に。やばいよあの人』

弟、ようやくやばい人認定する。君の見立ては何も間違っていない。同意見だ。だが遅かったな。

『分かったよ、どうにかするから。てか耳塞いでろよ』

『いや、でも面白いから』

 さすが兄弟。考えることが一緒。

『んじゃ、やってみるよ』

『頑張って』

『おう』

 とは言ったもののどうしたものか……。

『飽きた』

 早いな。

『そうだ、伊田池くんで遊ぼう』

 ふざけんな。

 隣からヒロの笑い声が聞こえた。どうやらまだ聞いていたらしい。同じ体験させてやろうか。

『伊田池くんよ、私にLINEをしてくるのです。そして面白い話をするのです』

 無茶振りが狂気。というか凶器。え、何。しないといけないの?嫌なんだけど。

『あれ、願いが届いてないのかな。伊田池くんは!さっさと連絡をよこしなさい!』

 ついに命令口調。なんか、もう、どうでも、いいや。

 俺は携帯を取り出した。心葉にLINEを送る。

「“今何してる?”」

『お、本当に来た。さすが私』

 この自尊心である。

「“今ね、しりとりしてた”」

「“ふーん、誰と?”」

「“一人!”」

「“そ、そうか

それって楽しいの?”」

「“楽しいよ!”」

「“ならいいけど……”」

「“そいえばなんで連絡してきたの?”」

 あんたが呼んだんだろうが。

「“え、暇だったから?”」

「“そっか、私も”」

「“なんかゴールデンウィーク予定ないの?”」

「“あーなんかね、週末はキャンプ行くって行ってた”」

「“家族と?”」

「“うん

そいえばさ、遊園地行きたい”」

 唐突だな。ブレーキ踏み間違えたの?

「“今日行かない?”」

 嘘でしょ?急展開すぎてもはや事故。

「“え、いや、今日はちょっと”」

「“暇なんでしょ?”」

「“暇だけど、急すぎるから”」

「“じゃあ明日”」

 ああもう、一度断ったから断りにくい。

「“じゃ、じゃあ明日”」

「“やった!じゃあアキとか井森くんとかも誘おうよ”」

 よかった。二人きりじゃない。

「“いいね、じゃあ井森誘っておくよ。アキはお願い”」

「“オッケー、任せといて”」

「“じゃあ詳しい日程はまた後で”」

「“うん、じゃあね”」

「“じゃあね”」

 ……あれ?なんで遊園地行くことになったんだっけ。暇だからか。いや、どっかのお嬢の気まぐれか。遊園地て……これまた大変なことになりそうだ。

『兄貴、急に静かになった気がするけど何したの?』

『遊ぶ約束をさせられた。明日遊園地行ってくる』

『いいなあ、いってらっしゃい』

 そのとき、俺はいいことを思いついた。

『そうだ、ヒロも来る?』

『え、いや別に行かないけど』

 俺は心葉に弟も行きたいという旨を伝えた。

「“ほんと⁉︎じゃあ弟くんも一緒においでって言っておいて”」

 とのことだった。そのことを弟に伝える。

『……とのことだ。じゃ、一緒に行くぞ』

『兄貴……冗談でしょ?』

『本当だよ。どうせ暇だろ?いいだろうよ』

 俺に栗鼠の対処を押し付けようとした罰だ。

『まじかよ……』

 こうして、犠牲者リストにヒロの名前も入ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人の心と少年少女 菅原 龍飛 @ryuta130

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ