第3話
昨日勢いで
とはいえ、いくらなんでも毎日のように、しかも朝っぱら何かしらやらせようとはしてこないだろう。
両手を突き上げ伸びをする。
さぁて、今日は予習がいるんだっ──
『しまった!』
そんなことを思って伸びた瞬間、栗鼠の心の声が聞こえて思わず咳き込んだ。
返せ、俺の清々しい朝を。心の声漏れるの早いわ。朝っぱらだぞ。ニワトリかよ。
『今日の英語、予習あったよね確か』
……ああ、やっぱりあるのか。ていうかまさか俺のを写すつもりじゃあ……。
『……アキに写させてもらおうかな』
胸をなでおろした。
よかった俺じゃない。というか俺もやってない。昔からの誼みで写させてください。
そうそう、アキというのは
「ねーアキー。英語写させて〜」
後ろから栗鼠の声が聞こえた。こっちはちゃんとした実際の声。
「えーやだー」
とアキ。一瞬で一蹴された。扱いなれてやがる。
「あ、もしかしてやってないとか?」
栗鼠の煽りとも言える一言。さあ、どう返す?
「あはは、面白いこと言うね。やってないわけないでしょ、リ・ス・子・ちゃん」
アキは笑いながらそう返した。それに対する反応が気になるので後ろを振り返って様子を見る。すると心葉が顔を赤くしてアキをポカポカと叩いていた。
「だー!このー!そのあだ名やめてって言ってるじゃん!」
そういう栗鼠の頬をアキは笑いながらつまんで引っ張った。ふっと真顔に戻る。
「いい?あんたは小動物。食べるの好き?」
「しゅ、しゅき」
「でしょ?じゃあやっぱりリス子だ」
「ひぇ、ひぇも、ひょれやけやいふこっひぇ」
「名字!」
「ふぇ〜……」
栗鼠 心葉、敗北。
アキが栗鼠を離してこっちを指差した。
……ん?
「それでほら、英語の予習見せてもらいたいんでしょ?あそこで暇そうにこっちを眺めてるやついるからあいつに見せてもらったら?」
いや、ちょ……あんにゃろ……。
赤くなった頬をさすりながら栗鼠がこっちを見た。なにかを思いついたかのように悪い笑みを浮かべる。そんな様子を見て俺はふるふると首を振った。
『伊田池くん、見せてくれないかなあ〜』
もうやだあの子。いや、別にいいんだけれども。そんなこと思ったところでどうせ予習やってな……あ。
立ち上がって二人の方へ向かう。なにを勘違いしてか、栗鼠がキラキラした目を向けてくる。
そういうとこだぞ小動物感。エサを待つ飼いならされたリスかね、君は。
「アキ、予習見せて」
俺は余裕綽々と頬杖をついているアキに言った。しばらくの間ののち、ゆっくりと顔をこちらに向けて自分の顔を指差した。
「……え、私?ていうかお前もかい」
悪かったな。
「うん。だから見せて」
「さっきのやりとり見てたよね」
「見てたね」
「それでもなお?」
「愚問」
「……え、なんで私?」
「目があったから?」
「ポケモンかよ」
「ほら、長い間友人の誼みでさ」
「ナオヤとかいるじゃん」
「どうせやってないでしょ」
「違いない」
「じゃあ言うなや」
「逆に私がやってると思ってんの?」
「え、やってないの?」
「やったよ!」
「じゃあ見せて」
「や、やだ」
「大丈夫だって。お前が字汚いの知ってるから」
「うるせー木偶の坊」
さりげなく後ろを振り返る。
「おめーだよカオル、ずっと話してただろ!他に誰がいるんだよ!」
「あ、」
「あ?」
俺の視線に従ってアキが振り返ると、その先では栗鼠がカバンを漁っていた。
「全くー、夫婦漫才やっちゃって。お、これだこれ」
彼女は赤色のノートを取り出した。パラパラとページを流す。
「……あれ?このあいだのとこで止まってるよ?」
「そ、それはその……」
アキの威勢が削がれて、急に小さくなったように見えた。
「はい、やってないです私も」
「アキ……」
栗鼠が小さく名前を呼んだ。
「どうせ忙しかったんでしょ⁉︎言ってよ〜、そしたら一緒にやったのに」
うん、なんかもうどうでもよくなってきた。
俺は回れ右をして自分の席に戻ろうとした。
「伊田池くんも一緒にやろうよ」
ん?今のはどっちの声だ?心か、現実か。
振り返ると栗鼠がちょいちょいと手を動かして呼んでいた。
「あ、うん」
優しいな、割と。
俺はノートを持って二人のところへ戻った。
授業までに予習が最後まで終わったことは言うまでもないだろう。
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