第4話

「明日っから連休だし今日クレープでも食べ行かね?」

 放課後、ナオヤが提案してきた。この、俺より少し背の低いどこか抜けた表情の男、井森尚也いもりなおや。何を隠そう俺の幼馴染にして秘密を知る数少ない人物の一人である。 

 ちなみにアキは俺の秘密を知らない。

「いいよ、じゃあ行こう」

 こうして俺たちは商店街にあるクレープ屋へ向かった。この店は中に席がなく、テイクアウト方式になっていた。

「じゃあイチゴチョコクレープで」

「俺はバナナチョコクリームで」

 注文しクレープを受け取って店の外で食べ始めた。それはいいのだ。なにが問題なのかといえば……。

『バナナチョコクリーム食べさせろよ、カオル』

「嫌だよ」

『いいじゃん、半分だけだから』

「食い過ぎたわ。加減してくれ」

『ケチ』

「自分で買えよ、そんなに食うなら。ていうか心から話しかけてくんな。独り言いってるみたいになるだろうが」

『聞こえますか。私は今、あなたの脳内に直接話しかけています』

「やかましいわ」

 現実でうるさいのは俺だけど。

 そうこの男、俺が心の声を聞こえることをいいことにやたら心から呼びかけてからかってくる。そのくせ自分は心の声が聞こえないから俺はしっかりと話さないといけない。つまり、痛い目で見られるのは俺だなんだよふざけんな。 

 分かってやってるだろ。

 心の耳を塞げばいいじゃないかって?それはそれで寂しいものがあるじゃないか……。

 そんなことを思っているうちにナオヤがもう一つ買ってきて食べ始めていた。

「うん、やっぱり美味い」

「結局買ったんだ」

「くれないから」

「いや、渡したら半分食うだろ」

「当たり前だろ」

「当たり前ではねぇよ」

「ふーん……」

 なんで不満げなんだよ。俺の食料だぞ。食の恨みは怖いんだからな、俺は知ってるぞ。

 数分後、ようやく二個目も食べ終わった。

「ふ〜食った食った」

「食い過ぎなんだよ」

「二個くらい普通だろ」

「普通ではねぇよ」

「へ〜……」

 だから何が不満なんだってばよ。

「にしてもなんというか胃が……」

 ナオヤは鳩尾のあたりをさすりながら苦しそうな声をあげた。

「どうした?」

「胃が……ムラムラする」

「ムカムカしろ。お前の胃は性感帯かなんかかよ。だからぁ、食いすぎなんだって。少しはセーブしてくれよ。胃薬あるけどいる?」

「まあ、平気だけど」

「若いなおい。若鶏か」

「ごめん、そのツッコミはわからない」

「……なんかごめん」

「いいっていいって、気にすんな」

 ナオヤが笑いながら背中を叩いた。

 気にさせたのはお前だよ。

『ランラランララーン』

 ……おい、誰だ心の中でも鼻歌歌ってんのは。てかこの声一人しか知らない。

「……栗鼠がきた」

「ああ、お前が言ってた例の子?来てるの?」

「めちゃくちゃ声が聞こえる」

「珍しいよな。何回か相談のってるけどダダ漏れってのは初めてだぜ」

「ほら、きたぞ」

 俺は顎で栗鼠を指した。一人で商店街を歩いている。どうやらクレープ屋ここに向かっているようだった。

 目が合った。

『あ。あれは我が眷属、伊田池くんではないか』

 誰が眷属じゃ。謀反起こしてやろうか。

 こちらに手を振ってきたので、手を軽くあげて返す。

「伊田池くんと、えーと、あ、井森くんもいたんだ。二人とも何食べた?」

「俺はバナナチョコクリームかな」

「俺はね、カオルと同じのとイチゴチョコ」

「そっか〜、じゃあ私も二人と同じの食べよっと」

二人と同じの……ああ、バナナチョコクリームのことか。

「えーと、バナナチョコクリーム二つとイチゴチョコください!」

そうね、そうだよね。二人と同じやつってことはそうなるよねごめんね。俺には理解できなかったから思考放棄していいかな?

『伊田池くん、一つ持ってくれたりしないかな』

 なんだろう、久々に使役された気がする。

「……栗鼠、持とうか?」

「え!持ってくれるの?ありがとう!」

 白々しいな、おい。

 しかし、目の前で起きた予想外の出来事に俺とナオヤはただ呆然と、心葉が三つのクレープを食べきるのを見ているしかなかった。

「ふ〜、美味しかった。でも胃が……」

 だから食い過ぎなんだよお前ら。

「大丈夫?」

「胃がモヤモヤする」

 ムカムカしろ

『ムカムカしろ』

 心でハモんな、ナオヤてめぇ。ていうか何?モヤモヤもあながち間違いじゃないけどどうする?とりあえずボール投げつければいいの?

「食べ過ぎなんだって……」

「うん、かもね……でも、美味しいもの食べたからプラマイゼロだと思うの」

 わーポジティブ〜。

「そ、それは良かった。胃薬いる?」

「大丈夫」

「若いね」

「新鮮だからね」

 そう言った栗鼠はどうだと言わんばかりの顔をしている。

 ピチピチってことを上手くいったつもりなんだろうけどそこまで上手くはないぞ。

『魚みたいだな』

 とナオヤの心の声。純粋にそっちととらえたか。

「それじゃ私そろそろ帰るね、じゃあね!」

 男衆の沈黙をよそに彼女は手を振って走り去っていってしまった。

『なんというか、元気な子だな』

 呆気に取られながらも手を振り返したナオヤが心の中で呟いた。

「ああ、同意見だ」

走っていく心葉の後ろ姿を見送りながら一人答えた。

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