587.【後日談7】丼


・トミタ(猫)視点



夕方。宿屋の食堂にて。


ジュワワワワーっという音が厨房から聞こえる。

ナンシーさんがキラーボア肉を油で揚げている音だ。

今日の夕食はカツ丼だな。


ナンシーさんの隣でネルがキャベツを刻み、丼のご飯の上に乗せる。

この上にカツを乗せソースをかければ、カツ丼の完成だ。



「カツ丼に関して言うと、私は玉ねぎをトロトロに煮込んだやつが好きなんですけどねぇ」



食堂の椅子に座ってボーッとしていたヨツバが呟く。働けよ。



「にゃー(魔獣都市マタタビだと、玉ねぎの流通は制限されてるからなぁ)」



使っても良いけど、麻薬並に厳格に監視される。

何せネコ科魔獣にとっては毒だからな。



「さてと、そろそろお客様を呼びますか。私のキュートボイスで、メロメロにしてやりますよ」


「にゃー(ヨツバは魅了系のスキル持ってないだろ?)」


「マジレスしないでください」



ヨツバは立ち上がり、食堂を出て受付に向かう。

館内アナウンスの機材が受付にあり、そこから「夕食が出来ましたよ」と放送される。


ぞろぞろ、と食堂にお客さんがやって来た。

ナンシーさんの宿屋は、美味しい料理が出てくる宿と評判なのだ。

なので食事のためだけに泊まる人も居る。


カツ丼は好評だった。

今日も食堂には、笑顔が溢れる。



◇ ◇ ◇ ◇



夜。宿屋の食堂にて。

ナンシーさん、ネル、ヨツバ、そしてパン屋の娘の料理人シャムが集まる。

俺とサバさんは、テーブルの周りをウロチョロする。


今日は週に1度の新作メニュー考案日。

決められたテーマで各々が調理し、出来た試作品の料理を1口ずつ試食する。


今日のテーマは丼だ。

前世でよく見かけるメジャーどころ、牛丼や天丼、海鮮丼等は既にメニューに有るので、どんな丼が出てくるのか楽しみだ。



「まずは私からですね。あんこ丼です」


「にゃー(おはぎじゃねーか!)」



粒あんが乗っただけのご飯を出して、ドヤ顔するヨツバ。

丼なのに、やけに甘ったるい香りが厨房からすると思ったら、そんなもの作ってたのか。


試食用に作られた1口サイズなので、まんまおはぎだ。



「美味しいよー」


「あら、意外といけるわね」



ネルとナンシーさんには好評。

シャムはうーん、と唸り、



「これ、もち米を使ってるわねぇ?」


「はい、もち米100%です」


「にゃー(やっぱおはぎじゃねーか!)」



ヨツバは3人から、斬新なアイデアだと、褒められている。

おはぎはまだ、おやつとして世界に広まってないからな。

うーん、ズルじゃね?



「じゃあ次は私ね」



ナンシーさんが持ってきたのは、炙られた刺身サイズの切り身のさけが何枚か乗った丼。

旨そう。



「味は付けてないわ。しょうゆ、塩、マヨネーズはお好みでどうぞ」


「みゃーう(いただきまーす)」


「あら」



ナンシーさんは自分の分も作っていたが、サバさんが鮭の切り身を咥えて逃げていった。



「もぐもぐ。まぁ普通に美味しいです」


「斬新さが無いわねぇ」


「猫さんもどーぞ」



ネルが切り身を1つ渡してきた。

俺はスンスン匂いを嗅ぐ。

そしてパクッ。うむ、美味い。



「次は私だよー」



ネルが持ってきたのは、トマトとチーズ、鶏肉が乗った丼。

ほほぅ、イタリアンっぽい。

丼に固定観念が無いから、こういう発想も出来るんだろうな。



「リゾットっぽいですね、もう少しひねりが欲しいところです」


「リゾットじゃないよ!」


「にゃー(ヨツバは人の事言えないと思うぞ)」


「美味しいわぁ」


「これ、いいわね。もう少し緑が欲しいところだけど」



ナンシーさんとシャムには好評だったようだ。

お、鮭の切り身を食べ終わったのか、サバさんが帰ってきた。


さて、最後はシャムの番だ。元々王城の料理人をしていたプロだ。

この中で一番料理が上手く、技術力も高い。

きっと、さぞかし素敵な丼が見られ……



「はい! 焼きそばパン丼よぉ」


「にゃー(何だこれ!?)」



炭水化物×炭水化物に、さらに×炭水化物だと!?

頭悪すぎるぞこの料理!?



「美味しいよー」


「はー、この焼きそば、普通と違いますね、何が入ってるんでしょうか。ご飯は麦飯。

パンはサクッと噛めて、まるで揚げたてのカツを食べているかのようです」


「これは作れないわね、手間と技術的な意味で」


「みゃお(おやすみなさい)」



だが、他のメンバーの反応は割と良かった。

頭悪いアイデアを、手間と技術のごり押しで食べれるレベルに仕上げたらしい。

サバさんは、空いている丼に入り、丸くなって眠った。


もちろん言うまでもなく、その手間と技術で普通にカツ丼を作った方が美味しいに違いない。


そして今日のアイデア優勝者はヨツバだった。

納得いかねぇ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る