575.【後日談6】大魔導士様 その10


・トミタ(猫)視点



朝。宿屋にて。


食堂には、朝食を食べに来た人が溢れていた。

中年の男の元へ、ヨツバが料理を持ってくる。



「お待たせしました。ベーコンレタスサンドとミルクセーキです」


「ん? これは牛乳か?」


「牛乳に卵と砂糖とバニラエッセンスが入った飲み物です」


「へぇ。ごくごく。うーん、優しい味」



厨房では、ネルがミキサー型魔道具で、ミルクセーキを作っていた。

朝は忙しいからか、あまり手間のかかる料理は提供しない。


ちなみにナンシーさんは、受付カウンターで眠たそうにしながら、出発する客のチェックアウト中だ。


牛乳の匂いにつられて、グレーな縞模様のサバトラ猫の、サバさんが厨房の台に登る。



「みゃう(ミルク、美味しそうです)」


「駄目だよー。砂糖とか入ってるから、腎臓悪くなるよー」



それ以前に人間用の牛乳だから、腹壊すと思うぞ。


ネルは四次元空間から猫用ミルクを取り出し、皿に注いでサバさんに差し出した。



「みゃおー(ありがとうございます)」


「猫さんも欲しい?」


「にゃー(いらん)」



俺は朝は、ただの水を飲むと決めているのだ。

特に理由は無い。


サバさんがペロペロとミルクを飲んでいると、客の強面こわもてオレンジ毛皮のネコ科魔獣がやって来る。

ミルクの皿の前まで来た。


思わずサバさんはミルクを飲むのを止め、皿から離れる。

強面ネコ科魔獣は、皿に顔を突っ込み、ミルクを飲む。


減っていくミルクを見て、サバさんはシュンとしている。



「にゃー(そんなに悲しむのなら、譲らなければよかったんじゃ?)」


「みゃあ(自分より強い方が居ると、つい遠慮してしまいます)」



ま、野生の本能だな。

自分より強い奴と戦おうなんて、子どもを守るとかの非常事態でなければ、普通はやらない。


強面ネコ科魔獣は顔を上げ、満足そうにしながらテクテクと歩いて食堂から出ていった。

ミルクは飲み干されていた。


サバさんは未練がましく、皿をペロペロ舐める。



「にゃー(やめろみっともない。代わりのミルクを入れてやるから)」



雑貨屋クローバーで売ってる、猫用ミルク入り紙パックを1つ取り出し、爪を立てて開ける。

こちら、猫でも簡単に開けられる特別仕様となっております。

(※会計が終わっていない場合は開けられないように魔法で封がなされている)

1つ100マタタビ。


しかも今回は、まだ世に出回ってない新作だぜ。


たぱー。ミルクを皿に注いでやる。

再びサバさんがペロペロとミルクを飲む。

だが、途中で止まった。



「みゃーう(ほんのり昆虫の香りがします)」


「にゃー(バッタ風味ミルクだ)」


「みゃお(マズいです!)」



サバさんは口直しと言わんばかりに、部屋の端にある水の入った皿の方へ向かい、水を飲み始めた。

おかしいな。俺的には最高の逸品なのだが。

好みの問題かな。


仕方ないので俺は、サバさんが飲み残したミルクをペロペロと飲むのだった。

美味い。美味過ぎる。これはバカ売れ間違いなしだ。


だが、バッタ風味ミルクは売り上げイマイチで、生産中止となるのは少し先の話。



◇ ◇ ◇ ◇



・ケンイチ(猫)視点



翌日。俺はピンク毛皮のお嬢さんとともに、小城へと向かう。

魔獣幹部ケルベロスの目が覚めたので、昨日の話し合いの続きを行うのだ。


小城の門番は「ワオン(ヒェッ! ど、どうぞお通りください)」と俺を怯えた目で見ながら通してくれた。

魔獣幹部をボコったからといって、そこまで怖がらなくてもいいじゃないか。


執事服を着たオス犬が昨日と同じく道案内をして、俺達は魔獣幹部の間へと通される。


数段高い位置に、昨日と同じく3つ首の黒犬、魔獣幹部ケルベロスが立っていた。

だが、昨日とはけた違いのオーラを感じる。

まるで死のふちで覚醒した主人公みたいな、特別な場所に行った錬金術師みたいな、そんなオーラがある。



「ガゥウ(来たな猫公、待ってたぜぇ。

ピンクドッグも居るみたいだが、骨屋の件はもう解決済みだろ?

他に何か用があるのかよ?)」


「キャウン(……珍しいですね。あなたが、弱い私に気を遣うなんて)」


「ガルルル(俺はお前より強い、が、それはどんぐりの背比べだと気づいたからなぁ。

どうやら、そこの猫公や肉球魔王からすれば、俺もお前も等しくカスみたいな存在らしい)」


「ニャワ(そこまで言ってないが)」


「ガルルゥ(言った言ってないではなく事実だぜ。そして事実を受け入れた俺はさらに強くなる)」



何だか知らないが、ケルベロスの態度が軟化していた。

強い者が絶対という価値観の根本は変わって無さそうだが。


まぁ、それはどうでもいいか。



「ニャワワ(骨屋の他にも、お前の配下がトラブルを頻発させているって話がまだ解決していない)」


「ガルルル(あぁ! 俺が手術費用を工面してるって話だな。

あの話だがどうやら、ムカつくことに、配下に騙されていたらしい。

手術費用の見積もりや支払いは配下に任せてたが、その配下が手術費用を100倍に盛ってた。

ちょろまかした金は、俺に内緒で山分けするつもりだったんだろう)」


「ニャワム(その話をここでするって事は)」


「ガルゥゥ(関与した配下全員、牢屋に入れてやったぜ!

奴ら、俺が死んだと思ってたのか、手術費の件をどうするか俺の寝てた部屋の隣でコソコソ相談しやがって。

おかげで一網打尽だ、ざまぁみろ)」



確かに、都市規模でアコギな商売をしなければいけないほど高額な手術費ってのは、よく考えれば不自然だよな。

そのほとんどが自分らの懐に入れるためのお金だったとは。



「ガルゥ(悪い奴は捕まり、俺は無事手術費用の工面が終了し、配下からの取り立ても元通りになる)」


「キャン(じゃあ、トラブルも元通りに?)」


「ガゥガゥ(それはこれから減らしていくぜ。俺と、残りの信頼している配下とともになぁ!)」



この後、魔獣幹部を下した俺を魔獣幹部相当として、仕事を紹介してくれると言ってくれたが、断った。

この都市には俺の求めているものは無いからな。







俺は魔獣都市ホネブトの入り口の門に居る。

ピンク毛皮のお嬢さんとその仲間、それと魔獣幹部ケルベロスが見送りに来てくれた。



「キャウン(またいらしてくださいね!)」


「ワウン(ありがとうねー!)」


「ガルルル(俺はまだ強くなる。そして、いつかお前に再戦を申し込む!)」


「ニャワワ(お手柔らかに頼むよ)」



数日間の滞在、人間の娼館も無く、手に入ったのは首輪型魔道具とそこそこの金のみ。


だけど悪くはなかった。



「ニャワ(じゃあまたな!)」



左前足が、俺を包むように変形し、ヘリコプターモードになる。


ババババババババババ!


プロペラが回転し、俺は空へと飛び立った。

次の目的地、魔獣都市マタタビに向かって。

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