564.【後日談6】さらばおいなりさんω その4
運ばれた病室は個室だ。
俺のベッドの横には、ガラスケースがある。
ガラスケースの中に、凍った俺のおいなりさんωの中身が飾られていた。
手術後すぐに冷凍したのだろう。
「ガルルル(手術が終わってすぐは、疲れと麻酔の影響でボーッとなります。
外で肉球魔王様のお見舞いに来たという者達を待たせていますが、もう少し後にお呼びしますね)」
「にゃー(いや、今すぐ呼んでくれて構わない)」
耐性を元に戻したので、麻酔の影響は既に体から消えている。
「ガルルゥ(ではお呼びします)」
ネコ科魔獣の医者が、首輪型魔道具のチャット機能を使って、呼びかける。
ドドドドドド……
廊下を走る音が聞こえる。
ガラララ!
引き戸が勢いよく開かれ、キメラ以外の魔獣幹部達がやって来た。
「んなー(おお……肉球魔王様……何ということです!)」
「アァー……冷……凍……」
「うみゅう(肉球魔王様の睾丸(こうがん)。売ったら凄そう!)」
「メスのネコ科魔獣に取られないように気を付けなきゃねぇ!」
「にゃー(お前ら、ガラスケースばっかり見てないで俺の見舞いしろよ)」
「ガルル(皆様。他の患者さんもいらっしゃるので、静かにしてください)」
魔獣幹部達は〇マタ〇に夢中のようだ。
だが騒ぎ過ぎたので、医者に怒られている。
ガララ。
引き戸が開かれる。
ネルとヨツバがやって来た。
「猫さーん、来たよー」
「どれどれ。ほー、手術したところの毛は刈られてますね」
「ほんとだー。わーい」
ヨツバは俺のふとんを取り、俺のおいなりさん跡地を指さす。
俺は見世物じゃないぞ。
というか誰も俺の心配してないのが寂しいのだが。
ガララ。
引き戸が開かれる。
橘若菜と若ニャンが入ってきた。
「失礼しまーっす」
「にゃああああん(おー、わっとあすぷれんでぃどてすてぃす)」
※訳:何てすんばらしい精巣なんだ
「手術が終わった肉球魔王様から、感想をお聞きしたいと思いまーす」
「にゃー(感想って何だ)」
橘若菜が俺にカメラを向け、マイクを差し出す。
どうやら生配信しているらしい。
後で映像音声配信魔道具で配信するつもりだったのだが、まあいいか。
「にゃー(まぁ、手術はだいたいこんな感じで、半日くらいで済む。
体調に大きな変化が無ければ日帰りで帰れるぞ)」
「怖くなかった?」
「にゃー(ネコ科魔獣によっては、手術前の前処置は怖いかもしれない。
だが寝て起きたら手術が終了しているから、そこまで怖がる必要は無いな)」
「いや、肉球魔王様は怖くなかったの?」
「にゃー(俺? うーん、別に)」
それから5つほど、何でも無い質問と応答を行い、橘若菜は出ていった。
◇ ◇ ◇ ◇
数時間後。
医者が退院OKの判断を下したので、俺は病院を出た。
魔獣幹部達も付いてくる。
そして俺達は都市立博物館へ行く。
俺のおいなりさんωの中身は先に病院を出て、ここに飾られているらしい。
石造りの建物に入り(入館料は無料)、『生命の神秘』と書かれているコーナーへ向かう。
そこには、ネコ科魔獣がどのように生まれ、どのように死んでいくのかが、パネル絵で描かれていた。
精子と卵子が出会い、子宮にくっついて育ち赤ちゃんとなり、生まれて、成長して、年を取って、虹の橋を渡る。
子作りや死に関しては、ぼかしてあるが、まぁ仕方あるまい。
中央の目玉展示物コーナーに、俺のタ〇タ〇が飾られていた。
ガラスケースの横には説明文が書かれた石板。
そしてガラスケースの下方に「私から取りました」と俺の顔が呟いているシールが貼ってある。
このシールはヨツバの悪戯(いたずら)だな。博物館の管理人から怒られてしまえ。
目玉展示物コーナーには大量のネコ科魔獣が居て、近づくことは出来ない。
俺は遠目に、その様子を眺める。
「んなー(すみませぬ肉球魔王様。我々がふがいないばかりに、人柱のような事をさせてしまって)」
俺の近くに来た火車が呟く。
自分が避妊手術を受けなかった事を責めているのか。
「にゃー(いや、それは別にいい。というか嫌な事は嫌と、きちんと言うのは大事だぞ。
お前はまだ子どもを、というかリリーを諦めていないようだからな。
おいなりさんを取るわけにはいかないもんな)」
「んなう(振り向いてもらえるように、精進しますぞ)」
「しかし、これで本当に良かったのかねぇ。肉球魔王様が去勢したところで、世の中変わるかねぇ?」
化け猫が呟く。
きっと避妊手術は、それほど流行らないだろう。
これからも魔獣都市マタタビのニャン口は、爆発的に増えていくのだろう。
そして食べ物が本当に足りなくなりそうな時、ようやく俺の言ってた事を実感するようになるのだろう。
ま、それならそれで仕方が無い。
俺は手を尽くした。説明をして、体を張った。
あとはこの都市の皆の課題だ。
俺がとやかく言うことではない。
国や都市が滅ぶのは、何度も見てきた。
魔獣都市マタタビが滅ぶ日も、案外近いのかもしれないな。
◇ ◇ ◇ ◇
1ヶ月後。夜の中央広場。
魔獣幹部の会合にて。
「んなー(避妊手術の件数、目標値に到達しましたぞ!)」
「ガゥ(俺も取ったから当然だぜ!)」
「肉球魔王様が取ったから、ってのが予想以上に大きかったみたいだねぇ」
宙に浮かぶデータを眺め、魔獣幹部達は満足そうにしていた。
「うみゅみゅう(この調子で、次は人間の避妊手術を進める)」
「にゃー(絶対反発されるぞ)」
「んなう(逆らう者は都市から追い出せばいいのではないですかな)」
「アァー……無……慈……悲」
そして、人間で2回以上子どもを産んだ夫婦は避妊手術する事が義務付けされた。
ネコ科魔獣は、今のところ推奨となっており義務ではない。
どちらの場合も、避妊手術を行った場合は都市から給付金が渡される。
やがて魔獣都市マタタビは、強制避妊させる人でなし都市として悪名を世界に広めることとなるのだが、それはまた別の話。
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