550.【後日談5】異世界転移! 魔獣都市マタタビ その21


・転移者 橘若菜視点



顔を上げると、会社のデスクと同僚の顔。



「はっ!? ここは!?」


「おはよー、若菜。

いい夢見れた?」


「……」



私は、自分のデスクに突っ伏して寝ていたようだ。

ここは地球か。


1年ほど魔獣都市マタタビで過ごしたあの日々は、私の夢だったのだろうか。



「そうそう、部長が北海道からのお土産くれたよー。

皆で食べよう」



同僚が、『北海道名物 茶色い恋猫』と書かれた箱をデスクに置き、開ける。


すると箱の中には、ずらりと並べられた、焦げ茶色の子猫ズが居た。



「みゃー(美味しいよー)」


「にー(チョコが食べられないならチョコになればいいじゃない)」


「まぁ(さぁさぁ、一口いかが?)」



子猫ズは、にゃーにゃー言いつつ、もぞもぞと動いている。

なるほどね。チョコ味の子猫の詰め合わせ。


って、そんなわけあるかい。

これは夢に違いない。


私は同僚から箱をひったくり、子猫ズを全てカバンの中にぶち込む。


そして同僚達の制止を無視し、会社から出ると、視界が光に包まれた。



◇ ◇ ◇ ◇



白い床がどこまでも続く不思議な空間。


金髪美青年姿のロキサス様が、白いテーブル席に座って、茶色い何かを食べていた。

まだ夢から覚めていないらしい。



「いらっしゃい」


「ロキサス様、それは?」


「北海道のお土産ですね。お一つどうぞ」



受け取ってよく見ると、茶色い猫の形のチョコレート。



「茶色い恋猫?」


「よく知ってますね」



ポリポリ。普通のミルクチョコレートだった。


魔獣都市マタタビだと、チョコレートみたいな猫にとって有毒な物は、あまり出回ってなかった。

久しぶりに食べたなぁ。



「さて、橘若菜さん。異世界転移してから1年間、お疲れ様でした」


「あっという間だったなぁ」



魔獣都市マタタビで有名になってから、忙しさが急増した。


有名になるという事は、それだけ影響力を持つという事だった。


聞いた事の無い商会や組合の人たちが挨拶しに来たり、色んな国の錬金術師が勧誘に来た。

泥棒は週に2回入ろうとしてくるし(すぐに、猫のお巡りさんが現行犯逮捕してくれる)、私の親戚を名乗る嘘つきも現れた。


10個の新規事業のうち8つは失敗したけど、2つは良い感じになった。


1つはバッティングセンターならぬハンティングセンター。

最初は体育館を数時間貸し切って、錬金術で作った模造ネズミを放ち、猫に遊んでもらうという形で始めた。

今では入場料2000マタタビで、数十種類の模造動物を狩る事が出来る公園を、魔獣都市マタタビの外に作っている。


もう1つは貸し出し業。

主に貸し出しているのは高品質の魔道具や高級ベッドといった、高くて買えないけど使ってみたい商品など。

ベッドの貸し出しは、ほぼ毎回爪とぎされて少しボロボロになるけれど、従業員が【大鍋錬金】で元通りにしている。


今は大鍋商会の会長として、午前は商談に費やし、午後は弟子とともに錬金術の修行。

弟子を志願してきた者には面接時に【鑑定】をかけ、後ろめたい事をしていないのを確認している。



「今現在、何かお困りの事はありませんか?」


「無くはないけど、ロキサス様に頼るほどの事は無いかなぁ」



ポリポリ。茶色い恋猫が美味しい。


それからいくらか雑談し、私は夢の世界を後にした。



◇ ◇ ◇ ◇



・トミタ(猫)視点



現在、ロキサス君の神スペースにお邪魔している。

初期設定から変更していない、殺風景な場所だ。


机の上に乗り、ロキサス君と対面する。



「よかったらどうぞ」


「にゃー(猫にチョコを勧めるんじゃねぇ)」



『北海道名物 茶色い恋猫』と書かれた、パチモンのお土産を勧めてくるが、受け取り拒否。



「トミタ様の助力のおかげで、無事に最終試験は合格、卒業出来ました」


「にゃー(それは良かったな)」



最終試験の件が無ければ、橘若菜にはもう少しスキルのレベルを盛ってやったのだがな。

成長具合も評価内容に含まれていたから、与えるスキルのレベルはあえて抑え目にしておいたが。



「にゃー(よし、卒業祝いをあげよう)」



タブレット型の魔道具をプレゼントする。



「これは?」


「にゃー(神スペース内だと魔道具の利用が制限されるが、外だと使える。

場所や行動を監視出来る、神様専用の魔道具だ。

【鑑定】スキルを使っている者相手に限定されるが、転移・転生者の様子を見る事が出来るぞ)」



神スペースのオプションにも転移・転生者の様子を見る事が出来るやつがあるが、そっちは神ポイントが高くつくからな。


この魔道具は【鑑定監視】が使える魔道具。

【鑑定】スキル持ちをハッキングし、五感から得られる情報や、行動履歴を得られる。

こんな風に使われているから、上位の神の多くは【鑑定】スキルを使うのを控えている。


ま、神々のそういったせこい側面をロキサス君が知るのは、もう少し後になるだろう。

【鑑定】スキルの対策をしている奴は、ほとんど性格の悪い奴らだからな。

俺も含めて。



「にゃー(さっそく橘若菜の様子を見てみるのはどうだ?)」


「勝手に覗き見るのは良くないですし、今度会った時に、使用許可を得ましょう」


「にゃー(いいや、今押すぞ)」



ぴぽっ。


ロキサス君の魔道具を勝手に起動した。

これでロキサス君は、橘若菜の五感から来る情報を得る。



『にゃああああああん(やめろー、ニャンドラゴラ虐待だー)』


『いや洗ってるだけだし』


『みゃーう(人間、そんな土まみれのオッサン猫は放っておいて、早く私の方を洗いなさい!)』


『にゃああああん(うわーん、イブが酷い事言うよー)』


『はいはい。順番に洗うから待ってて』


『にゃあああああん(あんなにプリティエンジェルだったのに、何でこんな風に育ったんだよー)』


『みゃおう(うるさいわね! 近づくな! 土の臭いが移る!)』


『こら、喧嘩しない』



ロキサス君が、魔道具のスイッチを切った。



「にゃー(もういいのか?)」


「ええ、あまり覗き見るのは失礼でしょうし」


「にゃー(そうか)」



ぐわん、ぐわん。

神スペースの床が歪みだす。



「にゃー(そろそろ維持が出来なくなる時間か)」


「はい。では僕はこれで失礼しますね」


「にゃー(じゃあな)」



俺は神スペースを出る。



◇ ◇ ◇ ◇



神スペースから出た先は森の自宅の中だ。


ベッドの上に飛び乗り、昼寝しようと丸くなった。


だが、外から声が聞こえた。



「にゃんこさーん、リリーちゃんを洗いに行くので、一緒にどうです~?」


「みゅ~(おっさん臭がすると、女の子にモテないにゃ~)」


「にゃー(誰がモテないおっさんだ)」



リリーの挑発に乗り、俺も魔獣お風呂大作戦に参加すべく、自宅を出ることにした。

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