337.【後日談】ヤキモチではない


今は昼過ぎ。

朝からずっと雨が降っている。


こういう天気の悪い日は、ネコ科魔獣は人間の家でのんびりとくつろいでいる。

俺も彼らを見習い、ナンシーさんの宿の中で過ごすことにする。


宿屋の管理人室のベッドの上で、俺はへそを出して仰向けになって転がっていた。

隣にはネルとサバさんも一緒に寝ている。



「みゃーう(猫又様ー、待ってくださいー!)」



サバさんの寝言だ。

夢の中の俺は、サバさんを置いてどこかへ行っているらしい。



「みぎゃぁあああ!(その肉の壁は、その肉の壁はぁぁああああ!)」



サバさんは叫びながら前足をしゃかしゃか動かしている。

肉の壁って何だ。



「……みゃお(……む、おはようございます、猫又様)」



サバさんは自分の寝言で目が覚めたらしい。



「にゃー(肉の壁はどうなった)」


「みゃーあ(何の話です?)」



あくびしながら答えるサバさん。

夢の中の内容は覚えていないらしい。

肉の壁って何だ。



「うーん、猫さんおはよー」


「にゃー(おはよう。といってもこんにちはの時間だが)」



サバさんがうるさいから、ネルが起きちゃったじゃないか。



「ママはお仕事?」


『宿泊希望者が居ないか、役所に確認しに行ったみたいだ』とエメラルド版に刻む。



この都市へ宿泊を希望する商人らは、前もって役所へ届け出をしなければならない。

そうすることで、宿屋への紹介がスムーズになり、宿屋側としても客を迎え入れる準備が出来るからだ。


まあナンシーさんなら駆け込みの客でも受け入れるだろうけど。

そういった客はよほどの緊急事態か、もしくはこの都市のマナーを知らないか。

どちらにせよ面倒な客ということになる。


他の宿屋なら、まず受け入れて貰えないだろう。


昔は冒険者ギルドなる、雑用なんでも引き受けます的な組合があり、ナンシーさんもそこから客を紹介してもらっていたのだが。

今はこの都市では、危ない仕事や面倒な仕事は全部錬金術師のゴーレムが引き受けている。



「ヨツバはどこ?」


『命君のダンジョンで修行中』と刻む。



ダンジョンは本来、危険で凶暴な魔獣が溢れていて、そう気軽に行くような場所ではないはずなのだが。

ダンジョンマスターという支配者が居るダンジョンは統制が取れているので、支配者の人格次第でこういった交流も可能なのだろう。



「そっかー。マックも仕事中だし、暇だなー」


「みゃお(暇なら私に構ってください!

さあ、お尻ポンポンするのです!)」


「にゃー(やめい)」



サバさんはネルに尻を向ける。


最近サバさんは、尻尾の付け根あたりをポンポンと撫でられるのが気に入っている。

それもちょっと強めに。


ネコ科魔獣のそこは、まあいわば……敏感な部分だ。


別にいやらしい意味は無いのだろうが、SMプレイを見ているようで、何かやだ。



「みゃーお(さぁ、さぁ!)」


「にゃー(やめろと言っているだろ)」



サバさんを押しのける。

ネルに変なことをさせてなるものか。



「猫さんヤキモチ焼いているの? かわいー」



俺はネルになでなでされる。

サバさんが私も、とネルに近づいてくるのを押しのける。


宿屋は今日も平和だ。

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