第4話 いらっしゃいませ。行き倒れ美少女は質問したい…けど

 カランカラン


「文く〜ん」


 店の扉を開けて入ってきたのはお腹抱えて、死んじゃうよぉとでも言ってるような行き倒れの一葉だ。


「ナポリタン一皿分、取ってあるぞ」

「文様〜」

「ほいほい、早くカウンター来いよ。親父材料だけ出しといて貰えるか?」

「了解。早くキッチン来いよ」


 俺は今、接客中。

 本来、接客がメインで、キッチンは回りそうにないときと、母さんが店にいるときだけメインでやってる。

 一葉が来てからの3日はキッチンメインになってるけどな。

 今日もそうなりそうだ。何気に楽しいから俺は良いけどな。


、扉前で女の子行き倒れましたよ」


 常連客の女性が教えてくれた。

 文くんね、このまま行くと店での俺の呼び名『文くん』にそうなりそうだな。


 てか、一葉さん、昨日はカウンターテーブルで行き倒れたのに何で退化してるんだ。

 昨日成長したと思った俺の気持ちを返して欲しい。


 俺は今日も一葉をお姫様抱っこでカウンター席まで運んだ。

 すると、親父含め周囲から「ひゅ〜!」と茶化す声を上げられた。

 昨日までそんなの無かったのに。


「一葉ナポリタンで良いか?」

「オーキードーキー」

 

 完成したナポリタンは材料の形が不揃いじゃないから味が均等で全体的に綺麗な赤色。これは旨いと断言できる。


「一葉ぁ出来だぞ。お気にとなったナポリタンだぞぉ」


 ピクッと反応して起き上がると待ってたよと言わんばかりにナポリタンを見つめた。


「いただきます!!」


 一葉は今日も今日とて美味そうに黙々と食って、俺はそれを眺めながら嬉しくなっていった。


「ごちそうさま!今日はお金は払うよ」

「了解。で、どうだった?」

「ほへ?何が?」

「ナポリタン。今日は材料、形不揃いじゃないから前より美味しいと思うんだが」


「全体的に均等で美味しかったよ。でも気持ち的には変わらないかな」

「ん、どゆこと?」

「文くん、私に美味しい物食べさせたくて頑張ってるでしょ。だから、その思いで均等でも不均等でも大変美味しゅうございますよ」


 満面で純粋といった笑顔を向けられた。俺は褒め言葉にさえドキドキしてしまった。


「ありがとうな」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 お互いにペコリとお辞儀をした。


「そういえば行き倒ればっかりで気付かなかったけど。店の至るところ本棚と本で一杯だね」

「書籍喫茶だからな」


 一葉は「書籍喫茶とは何ぞや?」と首をかしげ、きょとんとしている。


「えっと、書籍喫茶っていうのは店にある自分が好みの本を取って店内でコーヒー飲んだりしながら読んだりできる場所。漫画喫茶みたいなもんだよ」

「ここの無料で読めるんだ」


「ただ、メニューを頼んだ人だけな。じゃないと本を読みに来るだけの人で溢れかえるし、喫茶の意味無いからな」

「ほぉ、そこはちゃんと商売なんだね」

「くつろいで欲しいのは確かだけど、こっちも生活あるからな」


 一葉は片手をあごに添えて感心して頷く。


「あぁそういえば、一回だけお客さんにコーヒーで本を駄目にされた時があったな」

「それどうなったの?」

「当然、弁償してもらった。まるまるコミック12巻セット」

「oh…」

 

 実はこの店にある本は全部俺達、夏目家の私物。児童書とか買い足したのもあるけど、漫画やラノベは殆ど俺、純文学とかの小説・単行本は親父、写真集は母さんのだ。

 駄目にされた時は怒りよりもめちゃくちゃ沈んだ。


 「弁償してもらえて良かったね」


 慰めの言葉と共によしよしと2分ほど撫でられた。結構恥ずかしい。


「ねぇ文くん盗られたりはしなかったの?」

「大丈夫だ。その為の対策は取ってあるからな」

「どんな?」

「悪いがこれは一葉にも言えない」

「えぇぇ良いじゃん、こそっと教えてよ」


 上目遣いでお願いされ一瞬心が揺らいだ。


「だ、駄目だ。信用、信頼関係なくこれは言えない。特に一葉には」

「何でよ!?」

「一葉くらい美少女だったら何処かに盗聴機を仕込まれてても可笑しくないからな」

「な!?そ、それ妄想飛躍しすぎだよ!」


 ぷくぅと膨れっ面になった。

 これは不機嫌だよな?機嫌治した方がいいよなこれ。


「そういえば家の店って朝はパン食べ放題なんだよなぁ」

「そ、そう。休日にでも行くよ」


 くっ。一瞬ぐらついたが駄目か。

 なら別のパターンで攻めるまでよ。


「賄いの材料ならメニュー外の料理も食べれるぞ」

「じゃあ今度……よ、良かったね」


 くそっ!あと、ちょっとだったのに。これも失敗か。

 というか、今更だけど飯で釣るのどうなんだ?

 駄目だよな。


「…ごめん。こっそり教えても良いものを変に頑なになった。酷いこと言った」

「!それは私もだよ!…ごめん。お店の為なんだもんね…でも謝ってくれるんだから、文くん優しいね」

「そう言ってくれて助かる」

「こちらこそ」


「「………」」


 変な沈黙が完成した。


「私、お紅茶が飲みたいなぁ」


 そんな沈黙を一葉が先に破ってくれた。

 流れるまま俺は直ぐに要望のお紅茶を用意した。


「文くんありがとう」


 紅茶を一口飲んで一葉は言った。


「ねぇ変わりに色々教えて。文くんの事とかこのお店の余談とか少しずつ」

「良いぞ。でも、毎日少しずつになるぞ」

「うむ。頑張って毎日来ますぞい」


 そう言って一葉はフンと鼻息を出して、気合いを入れた。


「じゃあ早速教えて」

「良いぞ。何が―」

「すいませーん」


 おっと、こんな時でも仕事はサボることを許してはくれないらしい。

 因みに紅葉さんは今日は用事で休み。

 客様全員の注文を取り終えていたから少し油断していた。


 俺は一葉に一言謝ってから接客に向かい注文を受けた。注文は自家製コーヒーゼリーで、作り置きしてるから盛り付けだけで済んだ。


「お待たせ。それで何が聞きたいんだ?」

「…その、聞きづらいんだけど、文くんのお母さんって何処なのかなって?」


 聞きづらい?あぁ成る程なそういう事か。


「一葉が思ってるような事はないぞ。母さんはパンの出張販売」

「出張販売?何処に行ってるの?」

「色々だな」


 最初はこの店だけだったけど、ある時、イタリア店を構える人がここに立ち寄ってフランスパンを食べた。そしたら取り扱いたいってお願いされ、そこから評判が広がって、店によってこだわりも違ったから作るのが追い付かなくなって、取った手段が1日一店舗限定出張販売。だから、予約も殺到で中々帰って来れないと説明した。


「文くんのお母さん凄い!でも、寂しくない?」

「夜、売り上げ金の精算で連絡毎日取ってるからそれほどでもない」

「へぇ〜そうなんだ」


「そういえば、一葉。ナポリタン食ったけど後々大丈夫か?」

「大丈夫、帰った頃にはいつでも空けてるから。心配ご無用だぜ♪」

「それは凄いなー。でも、威張ることではないぞ一葉さんや」


「ワ○ピみたいに思い切り息吐くだけで消化できるよ」

「威張れるけど、あれ人間技じゃないからな。神技レベルだからな」


 一葉は「私は神技保持者ぞ。讃えよ」とか戦国武将と厨二が混じったような事をサムズアップして言い始めた。

 何故か可愛い。


「そうだ、昨日の一葉の接客あたふたしてて面白かったぞ」

「な、なな…仕方ないよ!初めてであんなに大勢の人の注文求められたんだから!」


 恥ずかしがらせたけど、本当に評判良かった。

 一部、「紅葉さんよりあの美少女の子が良い」と語った何人かのお客様が恐ろしい目にあってた。

 恐かったから何かは言わない。

 恐いから。


「そうだ、それで思い出した」

「どうしたぞ?」

「……昨日はテーブルで行き倒れたのに何で今日は店の扉前で倒れたんだ?」

「うぐっ…昨日は家に一度帰ったから少しだけ食べれたの」

「今日はそのまま来たと」

「今の学校、変に厳しいんだよね」

「外出時間制限とか買い食い禁止とかな」

「何で文くん知ってるの?」


 しまった!つい流れでまた口走ってしまった。

 一葉は「ねぇねぇ」と距離を覗き込むように詰めてくる。

 たわわも近付いてくるけどキッチンだから不用意に動くと危険で動けない。


「ねぇ文くん何で?…まさか!」

「そ、ここは喫茶店だからな、そういう声が親とかの会話が小耳に入るんだよ」


「なぁんだ。私は文くんが私と同じ学校かと思ったけど、見かけたことないしやっぱり違うんだね」

「あはは」


 あっぶねぇ、感付かれてた。良く喫茶店という利点を咄嗟に活かせたよ。


「あ、そろそろ帰らないと」

「おう、またな」

「うん。また明日ね、文くん」


 一葉はナポリタン代を払って笑顔で手を降りながら帰っていった。

 ごめんな一葉と内心で謝りながら見送った。


 まあ、でもそれ以上に今日もなんだかんだ楽しかった。

 ――――――――――――――――――――

 どうも翔丸です。


 先に書き上がってしまいました。

 そして、我慢できず結局投稿してしまいました。








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