4-6 遥かなる地平線に血の雨を

 戦いのあと、吹き抜ける風の声は静かだった。しかし冬の風は死に満ちていた。


 戦いは終わった。ミッコたちがフーの後方の野営地からエミリーを奪い返したのと時を同じくし、アンナリーゼ率いる地域社会コミュニティと狼王の遺児フー率いる戦狼たちストレートエッジの会戦も終わった。

 結果は予想通りだった。アンナリーゼは勝ち、フーは負けた。フーはわずかに残った手勢と東に落ち延びた。フーはカラシニコフという砦に立て籠もったが、もはや運命は決していた。落ちた先は行き止まりだった。

 フーの手勢は兵員に一族郎党を加えても千人に満たない。対して、会戦で損害を被ったとはいえ、アンナリーゼら地域社会コミュニティの軍勢は未だ万の兵員を擁している。そしてアンナリーゼは東側の川を除くカラシニコフの砦の三方を完全に包囲した。


 地平線を流れ吹く風が声を運んでくる──『遥かなる地平線に血の雨を』、と。


 かつて圧倒的な個の武勇で東の地を蹂躙した狼のトーテムは折れて砕けた。雪に染まる死屍の先には、勝者として獲物を追い詰めるアンナリーゼの赤兎旗が翻るのみ。そして、自らを〈東の覇王プレスター・ジョン〉になぞらえ王になろうとした男は、地平線の端へ追い詰められ、今や滅びのときをただ待つのみ。


 カラシニコフの砦を包囲する地域社会コミュニティの軍勢が喚呼する──『我らが父祖、偉大なる〈東の覇王プレスター・ジョン〉の名の許に! 神に弓引いた獣、全ての騎馬民の血を汚した異常者、血に飢えた偽りの王に天罰を! 偉大なる〈東の覇王プレスター・ジョン〉の導きの許、遥かなる地平線に血の雨を!』、と。


 二百年前の〈東からの災厄タタール〉により滅んだ大陸東部での争乱、〈嵐の旅団コサック〉と呼ばれる人々の内戦は、一つの区切りを迎えようとしていた。


 狼王の遺児フー──単なる旅人でしかなかったミッコとエミリーと邂逅した王たる男は、古今東西の英雄豪傑の例に漏れず、滅び去ろうとしていた。ただ、それはミッコとエミリーの物語とはまた別の物語であった。


 冬の風が地平線を吹き抜ける。冷たさを増す風は、背後から聞こえる喚呼を背に、どこかへと流れ去っていった。

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