3-3 騎士殺しの黒騎士①
塔に、暗い風が吹く。
話したいことは山ほどあった。しかし、多すぎてすぐには出てこなかった。
「さっきは止めてくれてありがとうございます」
「あぁ、気にしなくていいって」
ミッコはとりあえず口火を切ったが、会話は続かなかった。
初老の騎士殺しの黒騎士は、黒い瞳を退屈そうに澱ませていた。しばらくの間、お互いに会話の糸口を探した。
「何でこんなところにいるんすか?」
「お前こそ、こんなところで何してんだよ?」
「わかんねぇっす。グレタさんに助けられて、ここまで連れてこられました」
「グレタ? あの婆さん、何て言ってた?」
「塔の女王がどうとか、ここにいる人たちが助けてくれって言ったとか、〈
「へぇー。ここにいる奴はだいたい、次もまた戦えるよって言われてたりするんだけどな。お前、随分イカレた世迷い言信じて付いてきたな」
「信じてはないです。他に選択肢がありませんでした。それに助けられたことは事実ですし」
助けられたと自分で言って、ミッコは自分自身を疑った──グレタが本当の意味で助けてくれたのであれば、なぜ死んだ上官が目の前で喋っているのか、と。
「俺、死んだんですかね?」
「お前の一族はみんな頑丈だったけど、死ぬときは死ぬからなぁ」
何も見えないミッコの左半分に目をやりながら、黒騎士ははにかんだ。
お互い、質問ばかりだった。話が進まないので、ミッコはこれまでの旅路を話した。ただ、フーに完膚なきまでに叩き潰されたことは言わなかった。
旅の話を聞くとき、騎士殺しの黒騎士は子供のように目を輝かせていた。戦場でたまに見かけたその色に、ミッコはふと懐かしさを覚えた。
「へぇー。それでこんなとこまで来たのか。行動力あるなぁ。いくら好きな女と一緒でも、大変だっただろ?」
「……自分の息子が婚約者寝取られたってのに、随分と冷静ですね」
「あぁ。確かにオジアスは息子だが、まぁ俺が育てたわけじゃないしな」
「そんなもんすか」
「そんなもんだ」
息子であるらしいオジアス・ストロムブラードをまるで他人のように語る黒騎士を見て、ミッコは腹が立った。
「じゃあ、オジアスって何なんですか? ご夫人との子供じゃないですよね? 誰なんすかあいつ?」
「愛人との子供だ」
何のことでもないように答える黒騎士をミッコは殴りたかった。しかし、元上官なので思い止まった。
愛人との子供であるという言葉は、ミッコにとっては裏切りだった。ミッコの知る騎士殺しの黒騎士は、そんなことをする人間ではなかった。少なくとも、ミッコはそう信じていた。
「庶子ですよね。何でそんな奴に家を継がせて、しかも
「唯一、血の繋がってる息子だからな。それなりの立場にはしたかった。母親も若いから、遺産以外で食っていける仕事を残してやらないといけないし」
「そんな理由であのど素人を隊長にしたんですか!?」
息子を語る父親に対して、ミッコは声を荒げた。
感情が爆発していた。ミッコは元上官の胸ぐらを掴んでいた。
「あの最後の戦いで、
「じゃあ、お前は何のために戦ってたんだ?」
騎士殺しの黒騎士は、死んだような目でそう言った。それに対し、ミッコは答えることができなかった──〈帝国〉のため、
「戦争は終わった。残念だがな。それに、お前はもう辞めて自由の身だ。俺たちとは関係ない。寝取られた俺の息子も、まぁ生きてりゃそんなこともあるだろうし、お前がいつまでも気にすることでもない」
まだ戦いたかったのか、塔の外の暗闇を眺める騎士殺しの黒騎士は、心底残念そうだった。そして、ミッコのこともオジアスのことも、他人事のように突き放した。
「死んだからって開き直ってんじゃねぇよ! 兄貴も……、みんなも……、上官だったあんたを信じて戦ったんだ! 他人事みたいに無責任なことばっか言ってんじゃねぇよ!」
ミッコはこの上官のことが好きではなかった。〈
「実際、お前は他人だろ」
そう言って、騎士殺しの黒騎士はミッコの体を突き飛ばした。その声色には、微かな怒気が過ぎっていた。
「黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって。お前、俺を何だと思ってんだ? 騎士殺しの黒騎士なんて呼ばれてる奴がそんな大層な人間なわけねーだろ」
怒りに震えるミッコに対し、騎士殺しの黒騎士もまた怒りに打ち震えていた。
そして次の瞬間、鋭い風がミッコの目の前を薙いだ。騎士殺しの黒騎士はサーベルを抜いていた。
「抜け。そっちがその気なら相手になってやる」
剣を抜けと言われたが、そもそもミッコは丸腰だった。しかし斬りつけてくる黒騎士に容赦の色は一切なかった。
「さっき、何でこんな塔の上にいるのかって訊いたよな?」
苛立っているのか、石壁に触れるサーベルの切っ先が火花を散らし、甲高い音を立てる。
「たぶん、戦いきれなかったからこそ、俺たちはこんなよくわかんねぇ塔の上に囚われてるんだよ。少なくとも俺はそうだ!」
また、鋭い風がミッコの目の前を薙いだ。暗闇に光るサーベルの切っ先は、明らかな殺意を帯びていた。
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