第5話
どうやら、ご飯の仕込みの最中だったらしい。
よく片付いた家だから、それくらいするだろう。
野菜を醤油で煮込んでいた匂いがかすかに
台所からただよってきた。
家庭的な人らしく、ふた揃えずつある
食器はガラス戸にキレイに収まっていたり、
ホコリひとつ無い写真立てにはこれまた
優しそうな安藤政憲氏が写っていた。のと同時に
し写真越しの後ろに男性が立っていた。
少しだけ目線を下げ、安藤夫人に
今はこちらはおひとりで住まわれているのか、と
少し聞いてみた。
すると、少し間が空いて哀しそうな声で
「息子2人も今は出てしまったから、
主人と2人だけだったのよ」と、返ってきた。
彼女にネガティブな事を聞いて
申し訳ない旨を伝えた。
彼女は良いんですよともらし、
台所へ湧いた湯を止めに消えていった。
本題はここからだ。
「初めまして、安藤様。
私故人専門のお祓い屋さんをしているものでございまして、その方が無事成仏できるよう
お手伝いさせていただくお仕事をしております」
お腹に黒いモヤのかかった虚ろな目をした
寂しそうな男性はくつ下が片方だけ脱げていた。
ガチャりと、木製のドアが空いたので
そちらを反射的に見やると
安藤夫人が急須にお茶とお饅頭を持って
お湯をこぼさないよう
ほてほてと来てくれた。
私たちはしばらく談笑し、お茶を飲み
世間話をした。
どうやら安藤氏は食が細く、癌で
さらに食べられなくなっていたらしい。
経理部門の長を任されていたこと、
食が細いが激務だった事、
そしてこの思い出の写真の数々。
さぞ家族に尽くす「良い」父親であり、
旦那さまであったに違いない。
それを望んでやったのか、
望まれてやっていたかはさておいて。
その安藤氏はかなりの冷え性で
冬は家でもくつ下とマフラーを巻くほどだったらしい。
くつ下は冬が近くなる頃に夫人が買ってきたり、
マフラーは彼女の手編みであったらしい。
仲睦まじい夫婦だ。聞けば聞くほど。
じゃあ何で、「残って」いるのか
余程彼女に思い残したことがあったのだろうか、
それとももっと別の感情だったのか。
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