第14話 都築課長 それから

死につながる病気の経過が有ります。

この話は閑話に当たりますので、飛ばしても影響は有りません。

差しさわりの有る方はお酒下さい。違った、お避け下さい。

(文字変換は、時々楽しい。)


  ~~~~~~~~~



なぜだ、どうしてなんだ?

茉莉香が突然消えてしまった。

俺たちは幸せだったはずだ。

茉莉香が俺に何も言わずにどこかに行ってしまうなんて考えられない。

あの日、変わったことなど何もなかった。


「まだ残業してくの?あまり無理しないでね。

お先に。」


そういってドアを出ていく姿が今も忘れられず、

俺の脳裏に焼き付いている。

俺は茉莉香を求め、あちこち探し回った。

しかし、すべて空振りに終わる。

茉莉香、茉莉香、茉莉香。


しかし、それからしばらくしてから、思わぬ事が起きた。

茉莉香を心配し、やはり探し回っていた茉莉香の後輩の、

観月香苗も姿を消した。

やはり何の前触れもなく忽然と。

それも足取りを追うと、茉莉香が消えたガード下付近で途絶えていた。

警察は同一人物の犯行ではないかとの見解により、

この2件を失踪も視野に入れつつ、事件として動き出した。

でも、俺としてはそんなのどうでもいい。

自分勝手とでも、何とでも言ってくれ。

俺は茉莉香が無事戻って来てくれるだけでいい。

もう、それだけでいい。

お願いだ、俺に茉莉香を返してくれ。

俺は茉莉香を探しつつ、1年会社に留まった。

だが、それが限界だった。

有休を使い果たし、

休みを取りながら当てもなく茉莉香の姿を追う俺に、

最初は同情の目で見逃してくれていた会社サイドも、

目に余るようになったのか、やがては注意をしてくるようになった。

結婚していなかったことだし、いい加減諦めたらどうだ、だと!?

冗談じゃない!お前たちは他人事だからそう言えるんだ。

結婚をしていようと、いなかろうと愛していることに違いはない。

もし、お前の女房や子供がいきなり姿を消したらどう思うんだ。

俺は会社を後にした。


しばらくは本当に、何の当てもなく彷徨い歩き茉莉香の姿を追い求めた。

だが、どこにも見つけ出せず、やがては絶望し、無気力になってしまった。

それが、茉莉香が消えてから2年と1か月。

退職してから貯金を切り崩し、

最近では引きこもりの生活をしていた俺だったが、

見かねた元同僚が、声をかけてきた。

お前だって、生きてく限り、食っていかなきゃならないだろう。

いっそ自由に仕事ができるよう、会社を起こさないか?

奴は、俺がプログラミングが得意という事に目を付けたらしい。

俺は自由が利くように、奴に代表を任せ再び社会復帰した。

もちろん茉莉香の事を諦めたわけではない。

仕事をしながらも、警察の情報や、独自に調べを続けている。

しかし、年月だけが無情にも流れて行った。

仕事も順調にというか、忙しくなり、

二人で始めた会社も、少しづつ社員が増え、

今では二十人以上のスタッフを雇う規模の会社になった。

その中に、気になる女性が一人入ってきた。

名は遠藤楓。

決して恋愛感情というわけではない。

ただ、茉莉香に似ているのだ。

顔ではなく、醸し出す雰囲気がどことなく似ている気がする。

俺も40歳をとうに超えた。

だいぶ前から周囲に、いい加減新しい恋でもしろと言われる。

だが出来る訳無いだろうと思い続けた。

だけど、いいかな茉莉香、許してくれるか?

決してお前を忘れたわけではない。

俺も弱くなったもんだ。

お前を追い求める事に疲れたのかもしれない。

俺も幸せになってもいいだろうか。

自分自身を納得させ、俺は楓にプロポーズをした。


俺と楓は穏やかな家庭生活を送った。

ろくに喧嘩もせず、波風もたたず。

仕事も順調だった俺はマンションを購入し、やがて二人の子供にも恵まれた。

しかし、やはり彼女の向こうに、茉莉香の姿を見つけてしまう。

何気ない彼女のしぐさが茉莉香に似ている。

すまない。

楓と結婚したのに、結局俺は茉莉香を欲していたのだ。

俺は贖罪のため、家族に尽くした。

ほしいものを与えた、海外旅行にも連れて行った。

しかし、もしこれが茉莉香だったら、

何て言って喜んでくれただろうなど思ってしまう。

最低な男だ、俺は。

あれからすでに10年以上たっているのに。


それからさらに年月は流れた。

子供も成人し、長男は2年前新たな家庭を持った。

長女も先日婚約した。

俺は決して不幸ではなかった。

こうして人並みの家庭を持ち、暮らしている。

しかし、茉莉香を失ったことが、

いまだ心にぽっかりと穴をあけているような気がする。

楓を不幸にしたつもりはない。

しかし、申し訳なさがつのる。


ある日、俺は体に違和感を感じ医師の下を訪れた。

食道癌だった。

ステージ3

しかし、進行の早いこの癌は確実に俺の命を削っていった。

今は最後の時を迎えるべく、ホスピスのベッドに居た。

さっき痛み止めの注射をしてもらったので、少しは気分がいい。

子供は孫を連れて売店へ行っているようだ。

俺も持ってあと少しだろうな。

死んだら茉莉香に会えるだろうか?

ああまた、俺はここに楓がいるというのに、こんな事を考えてしまう。


「すまなかった。」


俺はかすれた声で楓に伝えた。

たぶん楓は、俺のこの言葉の本当の意味を理解しないだろう。

ところが、帰ってきた言葉に俺は驚いた。


「なぜ謝るの?それは私に言っているの?それとも茉莉香さんに?」


「どうしてその名を……。」


俺は今まで一言も、楓の前で茉莉香の名を出したことはなかった。


「私ね、知らないふりをして、あなたを送ろうと思っていたのよ。

でもやっぱりちょっと悔しくて。」


「そうか。」


「ほんとはね、知っていたの。

あなたがプロポーズしてくれた時うれしくて、

でも、やっぱり年が離れているからちょっと心配になって、

社長の加藤さんに相談したの。

そしたら彼、教えてくれた。」


あいつ、悪気はなかっただろうがよけいなことを。


「茉莉香さんというあなたが愛した人の存在を、

あなたが私とその人を重ねてみているのかもしれないとも言っていたわ。

茉莉香さんと私、似ているの?」


「いや、似ているというか、雰囲気がな、少し。」


「そう。

ね、あなた少しでも私を愛してくれていた?」


「……好きだったよ。」


「私は愛していたわ。

私はあなたに愛してもらおうと私なりに頑張ったつもり、

でも、ダメだったのね。」


「すまない。」


「やだ、謝らないでよ。

…私、茉莉香さんに負けたと思ってないんだから。」


「そうか。」


「ええ、私、あなたがプロポーズしてくれてから

ずっとあなたと一緒だったのよ。

そう、茉莉香さんがあなたと一緒に居た時間よりもずっと長い時間を。

それに、あなたとの子供だっている。

孫までいるのよ。

私の中にはあなたはいないけど、子供たちの中にはあなたがいる。」


「そうだな。」


「だから、あなたがいなくなっても、

私あなたと一緒にこの先も暮らしている。

そうでしょ?」


「ああ。」


「だから私は茉莉香さんに勝ったの。

そう思っていい?」


「いいとも。

その通りなんだから。」


ああなんだか眠くなってきた。


「すまない…、少し眠る……。」


「ええ、愛していたわ、あなた。」


楓の声が遠くで聞こえた気がする。






そのまま、俺の目は覚めることがなかったようだ。


死んだら茉莉香に会えるだろうか?

俺はまた問いかけた。


そして、その願いはのちに叶う。

しかし、とんでもない形としてだが。

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女神カナエの大冒険 魔王を従え幾千里 はねうさぎ @hane-usagi

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