◇逃げ場のない申し開き その2

 もはや私がどんな申し開きをしたとしても、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられるだけなのは目に見えていた。これ以上、どう言い訳しても処罰は免れられないだろう。いっそのこと開き直るか、あきらめるしかないか、とぼんやりと考えていた時だった。


「――言葉を慎め!」


 にわかに放たれたその一声は、矢のようにまっすぐにその場へ突き刺さった。先刻までのざわめきがまるで嘘だったかのように、周囲は波を打ったように静まり返る。


「……え?」


 普段は物静かなはずのセアンが言い放ったのだ、と気づくまで時間がかかった。そのくらい、空色の瞳は今は静かな怒りに燃えているようだ。


「さっきから聞いていれば勝手なことばかりを……。大体、証拠がないではないか」


 彼は、まだ私を信じてくれている……。その事実に驚くと同時に安堵するあまり、こらえていたはずの涙が今にも零れ落ちそうになり、私は慌ててうつむいた。


 しかしながら、元から私に同情的なセアンが肩を持ったところで、客観的に不利なことに変わりはない。これで形勢逆転できるはずもなく、案の定すぐに傍らのカイが反論に出た。


「お言葉ですが、兄上。この女がやっていないという証拠もない。そうですよね」


 確かに彼の言う通りだ。燃える炎にいくら水を注いだところで、まるで役に立たない。一度持ち上がった疑いは消えることは無いのだ、と改めて思い知らされると、再び絶望の陰に心が覆われていくようだった。


「それもまあ……確かにそうだな。ローネ、本当のことを教えてくれ。君が昨晩王女の部屋を訪ねたというのは本当なのか? 王女と何を話した?」


 びくり、と身がすくむ。紛れもない事実を話したところで、王女への殺意が明らかになれば、極刑は逃れられないだろう。

 私の葛藤などつゆ知らず、彼はただ心配そうな面持ちで、優しく諭すように核心に迫ってくる。他の者ならともかく、ほかならぬ彼にでたらめを告げることは、なんとなく気が引けた。


 ここは黙秘を貫くべきか、軽蔑されたとしても真実を話すべきか。しばし逡巡し、迷いに迷った後、私は観念して口を開いた。


「……話をしたりはしていません。」


 次の一手で、私の運命が決まる。逆転無罪など、もはや夢のまた夢。いくら否定したところで、目撃者がいるなら、現状は何も変わらないだろう。なら、いっそのこと勝負に出てみようか。いつのまにか崖の際まで追い詰められて、立ちすくんだ私は、考えなしともとれる賭けに出た。

 からからに乾ききった唇を舐め、しゃがれた声を絞り出す。


「彼女……いえ、彼は……存在しないはずの人でした。」

「……え?」

「どういう意味だ?」


 水を打ったように静まり返っていたはずの周囲が、再びざわめきだす。誰が制止するまでもなく、だんだんと一人一人の声は大きくなり、もはや収拾もつかないほどにめいめいが口々に好き勝手を呟き始めた。その騒ぎに次の一言が紛れてはいけないと、私も負けじと声を張り上げる。


「――彼女はルレオの王女などではありませんでした。関係ない者が潜り込み、変身した姿だったのです!」


 信じられない、といった様子の兵士や貴族たちは、初めはあっけに取られたように唖然としていたが、言葉の意味を理解すると、ついにこらえきれなくなったかのように次々と声を上げて笑い出した。


「よくもまあ、苦し紛れのでたらめを……」

「ついに頭がおかしくなったようだな」


 それでも、私は震える足に鞭打って、凛と胸を張って立ち続ける。

 説得力に足るかどうかはわからない。だが、以前図書室に行ったときに、ラウニから耳にしたことを私は覚えていた。彼が感じていた、かすかな違和感。それが切り札とも呼べるかもわからないが、意を決して一か八かで切り込んでみる。


「ルレオの招待状の返事を見てください。そうしたら、わかるはずです。流氷で船が通れず、返事が来ないはずの時期に来ていると! それに、ルレオには王子殿下方しかいらっしゃらないはずです!」

「なぜ、こいつがそんなことを?」

「陛下、この者はでたらめを言っております!」


 もしかしたら、もう後戻りできないところまで来ているのかもしれない。取り消すなら今だ。だが、仮に嘘に嘘を塗り重ねたところで、きっと私は上手く取り繕えないだろう。


『俺は、あんたを信じられるよ』


 ふと、なぜかあの時のユリウスの言葉が胸に浮かんだ。いや、今はそれどころではないのだから、と慌てて首を振る。


 それまで一部始終を静観していた王は、重々しくため息をついた。途端に、全員の注目が集まる。彼の一声で、すべてが決まる。私は固唾を呑んで、瞬きも忘れてその瞬間を待った。


「――なるほど。面白いことを言う。」


 期待をしてはいけない、と思いつつも私ははやる気持ちを抑えきれない。ここから好転すればいいが、そんなのは出来すぎだろう。それでも今はその奇跡に頼るほかなかった。


「だが、それは……不敬罪と取られても仕方ないとわかっての発言か?」


 一瞬で地獄の底へと突き落とされたような気がした。――失敗した。軽率に口にすべきではなかったのだと悟った途端、さあっと全身の血の気が引いていく。


「え……?」


 喉元に刃を突きつけられたかのように、私の心臓は凍り付いた。


「ち、違います。そんな……そんなつもりでは! だって、本当に……」

「かわいそうに。セアン殿下に恋い焦がれるあまり、頭がおかしくなったんだな」

「みっともない。さっさと認めればいいものを」


 頭の中が真っ白になり、どうごまかせばいいのかもわからなくなる。いや、大方今更取り繕ったところで、無駄だろう。彼の決定は、この国では絶対なのだから。


「陛下! 私は、彼女がそんなことをするとは思えません…きっと、何か事情があったのだと…」


 セアンが必死にとりなしているのも、どこか遠くで聞こえるようにだんだんと遠のいていく。


「陛下。俺は、こいつを一時でも信じてしまったことを悔やんでいます。初めて会った時から、この女は挙動不審でした。早く罰すべきだと思います」

「だがっ……」


 カイと二人で言い争うつかの間に、私の処遇はあっけなく決まっていく。


「もういい。もう少し調査を進めてから、話を聞いてみることとしよう。さあ、早く地下へ案内しなさい」

「――ま、待ってください!」


 待って。じゃあ、どうすればよかった? 

 仮に私は人魚なんです。そう言ったところで、ますます本格的に頭がおかしくなったと思われるのがオチだろう。いくら抵抗しても無駄だった。運命の前にはどうあっても逆らえない。私は身柄を拘束されて、城の地下のまだ知らぬ場所へと連れていかれることとなった。

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