◇逃げ場のない申し開き その1
「隣国の王女――ルレオ国のユリア王女殿下に関わる事件の容疑で、この者を連れてまいりました」
先頭の兵士が高らかに、さも自分の手柄のように告げると、両側の扉が重々しい音を立てて開いた。
「うむ、ご苦労だったな」
いつかと同じように謁見の間には赤いじゅうたんが敷かれ、階段の先の玉座には、あのプラチナブロンドの初老の王が座っていた。彼に向けて花道を作るかのようにずらりと並んでいるのは、貴族や兵士たち。その無数の視線が矢のように突き刺さってくる。羞恥にいたたまれなくなり、私はうつむいて足元を見つめながら進んだ。玉座の前まで来ると、背中を押されて王と向かい合うことになる。
白いひげをたくわえ、鋭い目をした王は何も言わずに、私を見つめた。もはや、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。膝ががくがくと震えて、立っていることもままならないほどだ。隣の兵士に肩を掴まれて、ようやくその場に平伏しなければならないことに思い当たる。
「おい、ひれ伏せ」
そのまま額を床に打ち付けるが如く、平伏を強要される。きっと許可なく頭を上げたら、容赦なく切り捨てられるのだろう。唇を噛んだまま、これからどうすべきか考えを巡らせるが、気が動転しているせいか何も考えが及ばない。
「面を上げてよい」
その厳かな声から、王の表情は読めない。恐る恐る玉座を見上げると、傍らにセアンとカイの姿を見付けた。本来はこの距離感が普通で、今までが異常だったのだとわかってはいても、二人がはるか遠くの存在になってしまったようで、もどかしくなる。
傍らの兵士が恭しく一礼した。
「ロステレドの偉大なる国王陛下、並びに若き王子殿下方。このようなお手間をとらせてしまい、大変恐縮でございます。しかし、これは隣国とも関わる重要な国際問題。陛下、並びに殿下方の直接の判断を仰ぎたいと思い、お呼び立て申し上げた次第でございます」
「御託はよい。さっさと本題に入れ」
王の有無を言わさない声に威圧されると、すっと身体中の体温が下がっていく。もしこの場で、彼が「死ね」と言えば、誰でもたやすく殺されてしまうのだ。私の命など、もはや虫けらも同然なのだと思い知らされると、改めて背筋が凍るような気がした。
「はっ、それでは。今朝方、ルレオ国第一王女であられるユリア殿下が、忽然と姿を消すという事件が起こりました。王女殿下のおつきの者もおしなべて行方不明となっております。そこで、この女ですが……昨晩、王女殿下がお休みになられている部屋に入っていた、という目撃情報があります」
どこを見ればいいのかもわからず視線を泳がせたまま、ふと玉座の横のセアンと目が合う。こんな形で再会を果たしてしまうとは、皮肉なものだ。セアンは驚いたような、困ったような、何とも言えない表情をしていた。それはそうだろう。この罪状にはきっと呆れて軽蔑しているに違いない。穴があったら入りたい気分だった。
そんな私の思いとは裏腹に、当の本人を置いてけぼりにした一方的な問答は続く。
「警備の方はどうなっていた?」
「ちょうど交代の時間でした。偶然通りかかったメイドが目撃したと申しております。」
しまった、と思った時には遅かった。あの時の私は、いろいろと気を取られて注意散漫だった。てっきり誰もいないと思い込んでいたから、あんなに大胆な行動に及んでしまったのだ。
少し離れた後ろの方からは、メイドと思しき若い女の声が聞こえてきた。
「はい。十二時を回るより前に、確かにあの方が王女殿下のお部屋に入られるのを見ました。誰かに知らせようかとも思ったんですが、私も勤務を終えて帰る途中だったので、きっと疲れているのかな、と。気のせいだろうと思って、その場は気にしなかったのです。」
「ここまで、間違いはないか?」
口の中がカラカラに渇いている。それでも何か言わなければ、と声を出そうとすると、蚊の鳴くようなうめき声しか出なかった。見かねた貴族が、呆れたように結論付けようとする。
「聞くだけ無駄、と言うやつでしょうな。噂によると、この者はセアン殿下に懸想していたそうですし。両殿下の婚約の噂を聞いたなら、十分な犯行動機ではないですか?」
「ちっ……ちが!」
違うと言いかけて、ふと気づく。嫉妬に狂ったと言われても、何ら間違いはない。あの時の私の状態と、何が違うというのだろう。
彼らはきっと、嫉妬に狂った私が隣国の王女を誘拐するか、殺すかしたのだと言いたいのだろう。なまじ部屋に入ってしまったために、それを否定する証拠がないどころか、もはや言い逃れができなくなっている。
大体、あの王女は魔法使いだったと言ったところで、一体誰が信じてくれるだろうか。この国での魔法使いがファンタジー寄りの存在であることを考慮に入れるなら、頭のおかしい女扱いをされるのがオチだ。
「なるほど。遺体は見つかっていないそうですが、殺しではなく誘拐ですか?」
「未来の国母となる方を殺めるなんて、恐ろしい……」
「セアン殿下はお優しい方だから、きっと勘違いしてしまったんだろうな」
私の葛藤をよそに、周辺で罵声が飛び交う。そんなざわめきも、今はただ遠くで聞こえているかのように感じた。
いっそのこと、頭のおかしい女扱いをされてもいいから、真実をすべて洗いざらい話すべきだろうか。せっかく人間のまま生き延びられたのに、こんなことで不意にするなんて、私は本当に詰めが甘くてバカだ。
鼻の奥がつんと刺したように痛み、喉の奥が引きつったように苦しくなるのを必死にこらえる。泣いたらだめだ。自己憐憫にふけったところで、今の状況が変わるわけでもない。私は後ろ手に回された拳を強く握りしめ、爪が手のひらに食い込む痛みで我を保とうと努めた。
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