攻略対象② 人間の王子Ⅰ その2


 私が岩陰に隠れてこそこそと様子をうかがっていると、砂浜の向こうから、何やらぞろぞろと10人くらいの人々がやってきた。槍を持った兵士たちに囲まれた、その中にいるのはあの金髪の王子だ。そして、その傍らにはもう一人見覚えのある人物がいる。鋭い目に燃えるような赤毛の短髪が印象的な青年で、王子とは違う種類の美形だ。


 耳を澄ます。彼らは何を話しているのだろうか。


「セアン殿下。急に見回りと仰いましても、あいにく船が出ておりまして……」

「構わない。私は外の空気に当たりたかっただけだ。」

「さようでございますか……」


 兵士たちと会話している王子は、見目麗しいだけではなく声も落ち着いていて、見ているだけなのになぜかこちらまで緊張してくる。年の頃は20代に差しかかったくらいだろうか。凛とした雰囲気を纏いつつも、澄んだ青い目はどこか寂しげで、見る者の心を締め付ける。


 王子の傍らにいるのは、彼と同じか少し年下の赤毛の青年だ。王子と同じような、白を基調にして金のボタンで彩られたフロックコートを纏い、肩幅の広さからは体格の良さが伺える。


「兄上……。俺にはあなたが、あの嵐の日のことを思い出そうとしているように感じますが」


 兄上、と呼んだのを聞いて、はっと思い出した。赤毛の彼は……腹違いの弟の、第二王子だ。


 第二王子は、完璧を絵にかいたような第一王子とは異なり、飼いならされない獣のように主人公に敵意を剥き出しにする。側室の子で王位継承権は二番手だが、兄を尊敬しつつも自分の野心を捨ててはいない。スパイとして殺されるというのは、たぶんこの人のルートだった。ルートに入るのすら難しく苦戦したが、一度入ってしまえば以前の敵意はなんのその。つんけんしながらもデレる様子が可愛いと、巷では金髪王子の次に人気の高いキャラクターであった気がする。


 とはいえ、油断は禁物だ。えっと、主人公はどのように王子たちに出会うんだっけ……とドキドキしながら必死に思い出そうと頭を捻る。


 と、赤毛の青年ばかり見ていたからか、彼と目が合ってしまった。鋭いまなざしが突き刺さり、びくりと身がすくむ。目線だけで人を殺せるとはこのことかと、思わず背筋が凍った。彼はつかつかとこちらに歩み寄ってくると、いきなり私の手首を掴んだ。



「おい」



「――っ?!」


 声にならない悲鳴を上げる。


「どうした、カイ……っ?!」


 金髪王子の慌てた声が聞こえたが、もう遅い。私は腕を掴まれても、うまく身を起こすことができなかった。それでも乱暴に引っ張られて足をつくと、焼けるような足の裏の激痛が全身を襲う。体重を支え切れずに膝から崩れ落ちる直前、彼の空色の瞳と目が合った。はっと驚く間もないまま、気付けばすぐ耳元で刃物の抜かれる音がした。


「おい女、なぜこんな場所にいる! ここは王宮関係者以外、立ち入り禁止だ。答えろ」


 赤毛の男――第二王子のカイが、細身の剣先を向けて詰問している。琥珀色の鋭い眼光に射すくめられて、私は口をパクパクと魚のように動かし、あえぐようにたじろいだ。あっという間に兵士に囲まれて、映画のワンシーンのように腕を拘束されつつ、首元で槍を交差されている。


「……ぁっ……の………がっ……」


 当然ながら、半ば喉が潰れているので声にならないしゃがれ声しか出ない。いかにもまずい状況だ。


「なんだお前。喋れないのか?」


 必死にうなずこうとするが、喉元に突きつけられた剣の先が刺さりそうで、いつのまにか歯がガタガタと音を立てて震えていた。


「やめろ、カイ。彼女が怖がっているじゃないか」

「ですが、兄上。こんな城近くの海にいるなんてまともな女じゃないです。きっとスパイでしょう」


 ――スパイを疑われたらこのまま死んでしまう!!


「遭難者かもしれない。庇護すべきわが国民を剣で脅すなど、もってのほかだ。仮にそうでなくとも、困っている女性を放っておくことはできない」


 カイは不満そうに眉間にしわを寄せたが、その一言でぱっと兵士たちの拘束が解かれ、槍が下ろされた。ほっと胸をなでおろす暇もないまま、高級そうな白いコートに砂が付いてしまうのにも構わず、へたり込む私の目線に合わせて王子が跪いた。


「怖い思いをさせてすまなかったね。私はセアン、この国の王子だ。君の名前は?」

「……ろ……ぉ……ね……」


 必死で答えようとするが、思うように声がでない。「無理にしゃべらなくていい」と優しく言うと、王子――セアンはてきぱきと部下に指示を出した。


「この子を城に運ぶ。手当てを受けさせるから、医者を呼べ。温かい食事と着る物、それに寝床も用意するんだ。いいな」


 はい殿下、と一斉に返事する声が聞こえたかと思うと、私はいきなり彼に抱き上げられた。いわゆるお姫様抱っこというやつで、だ……やめてほしい。隣のカイ王子の視線が痛すぎる。


 そして、フラッシュバックする記憶。主人公をお姫様抱っこする金髪王子と、訝し気な表情の赤毛王子のスチル*……これは、無事に序盤の共通ルートに入った……ということでいいのだろうか。


 とりあえず死なずに済んでよかった、と嘆息する。セアン王子は命の恩人で、間違いなく好感の持てる人物だ。張り詰めた緊張から解かれ、途端に瞼が重たくなる。こんな状況で眠くなるなんて、まったく大した肝の据わった主人公だなと我ながらあきれ果てたまま、私はこの短い間にまたも気を失った。






※用語解説

*スチル……乙女ゲームのイベントシーンにおける、一枚絵のこと。乙女たちは各攻略対象に用意された全ての一枚絵を回収しようと、躍起になるという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る