攻略対象② 人間の王子Ⅰ その1


 これは……夢の中?


 ありきたりでばかばかしいと思いながらも、なぜか目を離すことができない。


 見覚えのある少年がいる。あの王子を思わせる優しげな目が印象的な、「前世の私」が未だにとらわれ続けてやまない人。「私」が何か言おうとして口を開くが、彼の目線が向けられることはない。

 違う。あれは本心じゃなかった。そう言いたくても、何も言うことができない。だって、彼と言葉を交わす資格など「私」にはないのだから。




 こんなお花畑ファンタジー空間で、自分の悔恨を晴らしに来ているのだとしたら、我ながらなかなかに趣味が悪い。




 波打ち際で、寄せては返す波と水しぶきに当てられている感覚がする。潮風がびゅうっと吹き付け、肌寒さを感じた。目を開けると、まばゆい太陽に照らされた白い砂浜。どこからどこまでが夢で、夢ではないのかわからなくなる。自分は倒れていたのか、と身体を起こそうとするが、下半身の感覚が鈍い。構わず立とうとして膝を立てると、足の裏からくるぶしにかけての全神経が、熱した針でぶちぶちと刺されているように、焼けるような痛みを感じた。たまらず崩れ落ちる。


(何よ、あの嘘つき……)


 頭に思い浮かんでくるのは、意味深な笑みを浮かべた魔法使い。そういえば魔法をかけられている最中、副作用がどうとか言われていたような気がする。と、いうことは。


「……ぁっ。……あ……ぅ、ぅう……」 


 喉が焼けただれたようにひりひりと痛んでいる。寿命を200年差し出してもこの程度とは、素晴らしいと驚くべきなのか、割に合わないと怒り出すべきなのか。


 私は手をついたまま、恐る恐る下半身を見下ろした。黒いワンピースの裾から、白い足が二本出ている。前世では見慣れた人間の足だ。


 立ち上がれないまま、とりあえず周囲を見渡した。目が覚めたら夢オチを期待していたのだが、あいにくまだ「マーメイド・バブル」の世界のようだった。砂浜の向こうを見上げると、いかにもといった重厚な雰囲気を醸し出しているお城。赤茶の城壁の上には、青銅の砲台が並んでいる。城はエメラルドグリーンの屋根と所々に見える尖塔が特徴的で、目の覚めるような上品な白壁は、青い海によく映えている。思わず圧倒されそうだ。


 とりあえず、頭の中を整理する。今は、まだたぶん序盤の共通ルートだ。攻略対象は、海の中で見せられた金髪碧眼の王子と、よくわからないがあの魔法使いも入るのだろうか? 


 あとは……ええっと、私が知っている限りではあと3人くらいはいた気がする。とは言っても「前世の私」はあのゲームを完全に攻略したわけではない。なぜかというと、一言でいえばいわゆる「死にゲー」というやつだったからだ。「えっ、そこで死ぬの?」という場面で主人公はいともたやすく命を落とし、バッドエンドになる。具体的には、終盤で王子を刺せずに自分を刺して自殺する、というのはまあ読めた展開ではあるが、他にもスパイと疑われて殺されたり、監禁されたり、それはまあひどいものだった。根気のない私はやっとのことで推しの王子を攻略して、他は鮮明な記憶はないが、それでも二、三人は攻略したような気がする。


 そんな中で気づいたことがある。攻略対象を決めるなら、早めに決めておいた方がいいということだ。かくいう私も、最初にプレイしたときは、誰を攻略していいものかわからずにふらふらしていた。が、そうしたらあっさりとタイムリミットが来て、はかなくも泡になる、という一番つまらない結末になってしまった。


 まだ前世で攻略していない人物もいるので何とも言えないが、誰も攻略しなければ間違いなく泡になって消える。かといって今まで攻略したことのない人物を選択するのはリスキーだ。思わぬ即死トラップを踏んでしまう可能性を捨てきれない。


 どうするのが良いのか。


 一番良いのは、あの王子の選択肢を事細かに思い出し、その通りにいくかわからなくても、できるだけその通りに行動することだろう。

 そして、必死に思い出す。この後はどういう展開になるのか。

 主人公は、歩けずに倒れていたところを王子に助けられて、城へ客人として迎え入れられる……はずだ。


 でも……もし、見付けられなかったら?

 城に不法侵入するわけにもいかないし、そうなれば処刑か投獄待ったなしだ。知らないルートをあえて選択していくのは破天荒すぎる。私にそんな冒険心はない。今はただ、王子が通りかかるのを祈るだけ。できるだけ気に入られるように愛想よく振る舞い、ゴマをすりまくるしかない。


 ふと、水面に映し出された自分の顔をまじまじと見つめた。濃いバイオレットの双眸は、少し垂れがちで、丸く大きなくりくりとした目だ。まつ毛は長く、くるりと上を向いている。小さめの鼻に、薔薇を組み合わせたような形の良い唇は、色素の薄い、透き通るような白い肌と対照的だ。髪は赤みがかった淡い金髪。見たこともない珍しい色だと、改めて思う。腰まで届くゆるやかな長髪で、毛先の方はゆるくウェーブがかっている。


 これは……たぶん美人な方だ。圧倒的美女とまではいかないまでも、愛嬌のある顔立ちをしている。まあ、そうでもなければ、イケメンたちを攻略するには無理が過ぎるだろう。

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