◇イベント 船デート その1
ラウニとお茶を共にしてから、また数日が経過した。
セアンの方も少し落ち着いたようで、久しぶりに時間が空いたという。そして、なぜかまたデートに誘われてしまったのだ。おそらくこれは、二回目のデートイベントだろう。ここで好感度を順当に上げておけば、問題なくセアンのルートに入れそうだ。
よしよし……順調ね!!
心の中でガッツポーズをしつつ、表面上は平静を装いながら彼の姿を待った。
髪はハーフアップにしてもらい、彼からもらった髪飾りを付けてみた。貝殻と真珠をモチーフにしたアクセサリーだから、白地に青い刺繍の付いたワンピースドレスを合わせてもらったのだが……果たして、どうだろうか。
私が正面玄関で落ち着きなくそわそわと辺りを見回していると、護衛を引き連れたセアンが現れた。シックな黒のフロックコートを身に着けて、およそ目立たない装いであるはずなのに、彼が着ているだけで気品に溢れ存在感を放っている。
「ローネ! すまない、執務を片付けていたら遅くなってしまった。待っただろうか……?」
「いえ、今来たところです!」
優雅に微笑んでみせると、彼はほっとしたように嘆息した。
「よかった。……それ、また付けてくれたんだな」
はっとする。早々に私の髪飾りに気づいてくれたようだった。
「あの……はい。殿下に頂いたので」
「服も、何と言うか……よく似合っている……と思う」
さらりと褒めた後で、セアンはなぜかそっぽを向いた。端正な横顔から覗く頬が少し赤い。もしかして、照れている……のだろうか。私も思わず赤面してしまう。ややあってから、彼がこほんと咳払いした。
「では、行こうか」
そして、当然のように腕を差し出してくれる。これはエスコートしてくれる……ということだろう。初めてではないというのに、一向に慣れない。彼の腕にそっと手を添えると、フロックコートの袖が汗ばんでしまうのではないかと心配になってくる。
歩き出して城を出たところで、セアンが口を開いた。
「先日は、本当に申し訳なかった。また、君の助言通り父上に進言したところ、今のところはロゼラムを刺激することなく外交もうまくいきそうだ。本当に、君には感謝してもしきれない。お礼に、というのもなんだが、私の気晴らしに付き合ってくれないだろうか」
「気晴らし……と仰いますと……?」
ためらいがちに尋ねてみると、彼の口から驚くべき言葉が飛び出した。
「先日の一件で怖い思いをさせてしまったからな……。船が、苦手になっていないといいのだが」
「船に乗せていただけるのですか?!」
私の声が弾んだ。これは、王子と船に乗るイベント。セアンのルートそのままで嬉しかったからだが、ただ単に船が好きだと解釈されてしまいそうだ。
「喜んでくれるならいいのだが……もし、気分が悪くなったりしたらすぐに引き返すから言ってくれ。」
「お気遣い、ありがとうございます」
そのまま歩いて、港に向かうということだった。城から海は思いの外近い。
「そういえばずっと気になっていたのですが、王宮がこんなに海に近くて大丈夫なんでしょうか……?」
どちらかと言えば、王宮は国の中心に置くものだとイメージしていた。しかし、なぜかロステレドは、どうやらこの北部の港町を中心に栄えているようなのだ。
「もともとこの城は砦だったんだが、先々代の国王陛下――私の曽祖父さまが当時の領主から砦をもらい受けて、城に作り変えた。むろん内陸の中心部にも王宮はあるが、海軍を直接指揮するようになってからは、海に近い方が何かと都合が良くてな。こちらが首都になった、というわけだ」
「そうだったんですね……」
城の城壁に仰々しく並べられた青銅の砲台を見上げる。ロステレドは半島という特性上、海とは切っても切り離せないような関係なのだろう。
港に着くと、心地よい潮風が吹いていた。今日は快晴。雨の多いロステレドには貴重な晴れだ。その一角に停泊している船は、商船でも先日乗ったような軍艦でもなく、小さな遊覧目的の船のようだった。きらびやかな装飾が施され、一目で裕福な者が持つそれだとわかる。
「港の周辺をすこし回ろう。」
「ありがとうございます!」
私は彼の手を借りて、船に乗り込んだ。桟橋から船に移ると、あの特有の足元がゆらゆらと揺れている感覚が身体中に伝わってくる。
実のところ、船のイベント内容自体は……あまりよく覚えていない。ただ、セアンと一緒に乗ったことだけで、私の心は弛緩しきっていた。着々と前に進めている実感で安堵に包まれている。
ほどなくして、船が動き出した。私の緩み切った顔を見たのか、彼の表情もつられたようにほころんでいた。
「ローネは、船に乗ったことは……あまりなさそうだな」
「そうかもしれません……」
今の私を構成しているのは、人魚である「私」と、本で読んだ程度の知識しかない前世の記憶だ。私は前世の彼女が船に乗ったような記憶も思い出せないので、まあ当たっているのかもしれない。
ふと、当たり前のように誘われた今日への疑問が口をついで出てくる。
「今日は、どうして私にお声をかけてくださったのですか?」
「どうして……か。むろん君と話したかったからだが……」
セアンは困ったようにはにかんだ。彫刻のように整った顔が、私の言葉でくるくると変化を見せるのが嬉しくて、その面持ちに引き寄せられるように目を奪われる。
「私が前話した、嵐の日のことは覚えているか?」
もちろんだ。私が神妙な顔で頷くと、彼はそのまま続けた。潮風のせいで金色の髪が後ろに吹き付けられて、ゆるやかな額が見えているのが新鮮だが、それすら絵になっている。
「あの日以来彼女を探しているのはもちろんなのだが……。ここのところはせわしなくてすっかり忘れていた。」
「そうだったのですね」
確かに、ここ数日のセアンは忙しそうだった。
「それに、なぜかはわからないんだが……君の顔を見たら探す必要がないような気もしてきたんだ。……不思議なものだな」
それを聞くと私は思わずはっと息を呑んだ。
「えっ?」
それは、どういう意味なのだろうか。なぜか時間が止まったように、呼吸をするのを忘れて、それ以上尋ねることができない。
「だが、私は決してあきらめたわけではない。彼女に会って、お礼を言いたいと思っている。」
「お礼……ですか。」
ゲーム内の彼は、その女性に心惹かれているはずだが、彼の口からはそのようなはっきりとした言葉は出てこなかった。
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