◇即死トラップ回避

 

 とある光景が脳裏に浮かんでくる。セアンが、あるいはカイが血を流しているスチルだ。悲恋エンドと呼ばれるそれを思い出した時、私は今この瞬間にも、重大な選択に迫られていることに気づいてしまった。心臓がバクバクとうるさいくらいに音を立てている。身体中の血が一気に駆け巡り、顔が熱くなった。こんな大事な話をしているときに、何を言うのだと言われてしまうかもしれない。それでも、今発言しなければ、とんでもない状況になってしまう……。私は意を決すると、大きく息を吸い込んだ。


「あの、少しよろしいでしょうか?」


 二人の注目が集まり、緊張のあまり声が震えていた。握りしめたこぶしの中は汗が浮かんでいる。私はその手をぎゅっと無理やりに身体の前で組むと、ゆっくりと続けた。


「私は何も知らない部外者ですけど……えっと、勘がよく当たると言いますか……。それで、何故か嫌な予感がするんです。このままロゼラムと戦争になってしまったら――」


 ぎゅっと目を閉じて、思い返す。ゲームの中でも、あれは胸糞悪かった。敵国がこの国に不利な要求をしてきて、それを突っぱねると港が襲撃されてしまう、というものだ。さらにその戦火に巻き込まれて、好感度の高い方の王子が死亡してしまう。両方同じくらいの好感度なら、両方死亡した、ような気がする。


 自分が泡になりたくないというのもあるが、たった一週間ちょっとであっても、たとえそれが自分に敵意を向けてくるカイであっても、情は湧く。ましてや、彼には先ほど危険なところを救ってもらった身だ。何が起こるかわからない以上、最悪のケースは避けたい。私は誰にも死んでほしくなければ、怪我もしてほしくないのだ。そのまま、言葉を選びながら慎重に続けた。


「ロゼラムが港に最強艦隊を率いてきたら、城も町も襲撃されてしまいます。民にも、軍にも多大な犠牲が出る可能性が高いです」


 少し具体的すぎただろうか、と思ったものの、この二人に死んでほしくない、という思いの方が強かった。もうこの際、少しくらいなら怪しまれても構わない。


「そうなる前には、えっと……艦隊の建設を中止した方がいいと思います。戦争に負けて一方的に不利な条約を結ばされても、国益にはならないですし……その、人命第一と言いますか……」


 次第にしどろもどろになってしまう。

 二人は目を丸くして私の話を聞いていたが、セアンは特に感銘を受けたようだった。


「ローネ。君は一体……何者なんだい? そこまで予測がつくとは思わなかった。もしかして、政治を学んでいるのかもしれないな」

「いえ、えっと……あの……?」


 カイの方はと思い、はっと目をやると、彼も同じく驚いたような顔をしていた。それが好意的なのかそうでないのか判断しかねる以上、とりあえず頭を下げる。


「出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」

「いや。……お前……」


 彼は何か言いたげに力強い眉をひそめたが、そのままふっ、と視線をそらした。なぜだろうか。今まで向けられていた敵意とは違った、計り知れない感情が込められているようにも見える。これが吉と出るか、凶と出るかはわからないが……カイには以前から怪しまれている以上、今までと変わらず、彼のことはできるだけ避けるしかないだろう。


「よし、わかった。まだ国内にはロゼラムのスパイもいるだろうし、あまり派手なことはできないとは思うが……表向きは艦隊の建設を中止するよう、陛下にも進言してみよう」


 ほっとする。まだ確定ではないものの、これで隣国ロゼラムが、この国を攻めてくる可能性は低くなった。王子二人が戦火の犠牲になる悲恋エンドは、たぶん回避できそうだ。


 私はため息をついた。このゲームは自分だけではなく攻略対象の死にも気を遣わねばならなかったか……。あらゆる面で気を遣いすぎて、神経がすり減りそうだ。今はまだ思い浮かばないが、これから他にも出てくるかもしれないと思うと、気が滅入る。私は一気に身体中の力が抜けてしまい、手近な椅子に座った。



 気づけば日も傾いている。このゲームはまだまだ続くのだ。でも、誰も死なせるわけにはいかないし、もちろん自分も死ぬわけにはいかない。私はそう固く心に誓ったのだった。

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