◇解説 ロステレド王国および周辺国家

 それからは目まぐるしかった。兵士たちはあの海賊を追いかけたものの、結局逃げられてしまったらしい。彼らは残った海賊たちを捕らえて縛り上げている。私たちも海賊船の後処理は兵士たちに任せて、軍の船に移った。吹き付ける海風と人目を避けて、船室に入る。


 室内に庶民の質素な服を纏った王子二人がそろうと、セアンがまず最初に口を切った。


「えっと、どこから話せばいいのか……。」


 それから、彼はちらりと傍らの弟に視線を向ける。


「実は数日前から港で海賊団がいる、という噂を聞きつけて、カイが船大工の振りをしてあの船に出入りしていたんだ。」


 ちょうど、軍が忙しいからと言って私の護衛を兵士に任せていたのは、そういうことだったのだろう。セアンはそのまま説明を続ける。


「それから、私が行ったあの酒場なんだが、あそこは海賊やスパイが情報交換の根城にしていたようなんだ。どうやらきな臭い国――ロゼラムに我が国の情報や、奴隷を売り渡していたようだな。ローネを危険な目に遭わせてしまって、本当にすまなかった」

「いえ……」


 おそらく、セアンにもらった高価な髪飾りが目についてしまったのだろう。誘拐なんてゲームにもない展開だったのだから、仕方ない。それに彼も、まさか護衛の目をかいくぐって、あそこまで手際よく行うとは予期しえなかっただろうと思う。


「それよりも、王子がそんなおとり捜査のような……危険な真似をしても大丈夫なんですか?」


 私が恐る恐るカイの方も向いて尋ねてみると、


「父上――陛下の命令でな。俺たちの力量を計るために、時々こういう無理難題をふっかけてくるんだ。まあ結局は取り逃がしてしまったわけだが……」


不機嫌そうに答えてくれた。あとでこってり絞られそうだ、と彼は忌々しそうな顔をしている。


 力量、と言うと国王はセアンかカイのどちらを跡継ぎにするか、実力で決めようとしているのだろうか。私が考えを巡らせている間にも、二人の会話は勝手に進んでいく。


「それで、カイ。何か情報はつかめたかい?」

「ああ。どうやらロゼラムは、ロステレドに喧嘩を吹っ掛ける気らしい。ったく、アレスとバチバチやってんのに元気なことだ」

「………?」


 聞き覚えがあるような、ないような単語が飛び交う。ロステレドはこの国のことだが……ロゼラム? アレス?


「ああ、ローネはまだわからないのだったな。」


 おそらく国の名前だろう、ということは予測がつくが……。


「兄上、こいつに話す必要なんてないです」


 赤毛の王子はそこで話を終わらせようとしたが、兄の方はそれを許さなかった。


「いや、この国に住んでいるなら、我が国と周辺国の状況について知っておくのは、悪くないことだよ」


 ありがたい。情報を知っておくことに、損はないはずだ。私もためらいがちにお願いした。


「はい。私も……知りたいです」


 もしかすると、ゲームのことを何か思い出せるかもしれない。

 カイの方はまたうんざりしたようにため息をついたが、セアンは構わず船室に目を向けると、壁に貼ってある地図を見ながら説明してくれた。


「我が国――ロステレド王国は北に突き出した半島だ。南以外の三方は、海で囲まれていることになるな。近々戦争が起こるという噂のある国は、二つ。海を挟んだ西の大国――ロゼラムと、国境より南の大国――アレスだ」


 彼がとん、と指を置いた場所はこの国――ロステレド王国なのだろう。周辺国に比べるとやや小さめの、南北に長い半島だ。その国の西には大きな島国。こちらも南北に長い。そして、国境とされている南の大陸には、台形のような形をした大国があった。


「我が国は半島ゆえに、海軍を増強し訓練に励んできた。同じように最強艦隊を持っているのは、西の島国のロゼラムなのだが、ここがいやに好戦的でね。中立に立っているロステレドを問題視しているようなんだ」


 大国に挟まれた国、か。なかなか立場が難しそうだ。一方に肩入れすれば、もう一方に目を付けられて、一足早く潰されてしまうだろう。かといって、中立の立場を保つためにもそれなりの力がいる。


「ロゼラムにとっちゃ、強い海軍を率いているこの国が、いつ敵のアレスに味方するかもわからない。そうなる前にできるだけさっさと潰しておこう、というのがその筋でつかんだ情報だな」


 私の考えを読んだかのように、カイがめんどくさそうに解説してくれた。


「それより兄上、どうしましょうか? ロゼラムの出方を伺ってからだと何かと遅くなるかもしれません。」


 そうだった。ロゼラム――西の大国は、南のアレスを確実に潰すために、中立であるこの国に攻撃する可能性があるのだ。


「そうだな。しかし外交問題もあるから、表面上は事を荒だてるわけにはいかない。ある程度こちらに敵意がないことをアピールする必要も出てくるな……」

「どうやって、そんなことを?」


 表面上は外交をうまくやっているのに、水面下ではきな臭いことを考えているということか。ロゼラムというのは恐ろしい腹黒国家のようだ。


「ロゼラムが問題視しているのは、わが軍の最強艦隊だ。今も続々と艦隊を造り続けているのだから、向こうにとっては面白くないに違いないだろうな」


 となると、艦隊の建設を中断せざるを得ないということか。だが、ロゼラムの顔色を窺って中止するというのは、国内で良く思わない者も出てくるだろう。


「俺は奴らの望みを叶える必要はないと思います」


 カイはあくまで、敵対姿勢を崩さないようだ。


「仮にロゼラムがアレスを征服したら、次の狙いはうちです。そうなったら、今の艦隊の数だけでは到底追いつきません。今以上に海軍へ力を入れるべきだと思います」


 主張としては筋が通っている、が……なぜかそれを聞くと、私は胸騒ぎを覚えた。


「そうだな。だが、仮に海軍の増強がロゼラムへの敵意とみなされて、神経を逆なでしてしまったら、せっかく今まで中立の立場でうまくやってきていた外交が水の泡になってしまう。……カイの言い分もわからないでもないからから、悩ましいな」


 二人の考えを聞いて、私がどちらに味方するべきかと迷っていると、ふと町のベンチで考えたことを思い出した。



(気を付けなければならないのは……王子の死ぬパターン……?)


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