◇イベント? 海賊 その1

 必死に無い知恵を引き絞る必要もなかった。私はすぐに猿轡をかまされて、両手足を縛られたからだ。もはやこれまでか。こんなゲームオーバーの仕方は初めてで勝手がわからず、狼狽しているうちに事が進んでいってしまう。


「港から出る船。あれに乗せるぞ」


 たぶん、荷車のような台車に入れられているのだろう。乗り心地は最悪だ。後ろ手に回された手はちぎれそうなくらいに引きつり、肩甲骨の節々が悲鳴を上げている。木の板のささくれは足にちくちくと突き刺さり、石畳の振動に頭を打ち付けられて、どうにかなりそうだった。

 外の様子を一切知りえないまま、あれよあれよという間に荷車は止まった。その後、しばらくして動き出す。


「次。荷物はそれだけだな」

「へい」


 ガタゴトと立て付けの悪い音が聞こえた。波の音も大きい。……ということは、先ほどの話通りなら、港から出る船に乗せられるということだ。


 悪あがきとわかっていても、私はもがきたかった。視界は暗いままで何も見えないし、辺りもよくわからない。ふっと持ち上げられた瞬間に、縛られた足のまま思いっきり膝を伸ばす。ちょうど何かにヒットしたのか、私は瞬く間に宙に投げ出され叩きつけられていた。腰から落ちたのか、骨が割れるかと思うような衝撃が走り、私はくぐもった悲鳴を上げた。


「――っ!!」


 髪が引っ張られる。クリーンヒットしたであろう男が、苛立たしさのあまり私の髪を掴んだのだろう。


「くそっ!! ……この女!!」

「やめておけ。商品に傷が付いたら大変だ」

「し、しかし……」


 男はぶつくさ言いながら、今度は二人がかりで私を運び出したようだった。足も膝までしっかりと拘束されてしまい、もはや何もできなくなってしまった。下から鳴るのは、船の甲板の上を歩いているような、トントンという小気味の良い音。これは本気で輸出されるようだ。そのまま身体が傾く。階段を下りていったのだろうか。私は突如、どさりと乱暴に置かれた。それから足音が遠ざかっていく音がした。


 まもなく、汽笛が鳴った。船が動き出したのか、波を切る音がざぶざぶとやけに耳に響く。せめて目隠しだけでも外れたら、と思いっきり頭を振ってみたが、きつく縛られた布は剥がれる隙も見せない。ならば、と前後に頭を振ったが、ゴトリと何かが落ちた音がしただけだった。たぶん、セアンにもらった髪飾りが落ちたのだろう。悔しさに唇を噛もうとするが、猿轡をされているのでそれもかなわない。


 まだ遮断されていない嗅覚と聴覚をフル活用して、何か情報がないかと全神経を集中させた。鼻孔をくすぐるのは、木と火薬の匂い。足音は自分の近くからは聞こえないが、上からは大勢が歩いているのがわかる。それから、波の音。船に乗せられているということは明確だった。何か話し声などは聞こえないかと耳を澄ますが、上からの喧騒は言葉としては聞き取れなかった。


 ここはもしかしなくても、普通の船ではないようだ。おそらく秘密裏に密輸か何かをしているような、たとえば海賊船のような船なのだろう。ふとセアンはどうなっただろうか、とこんな状況下にもかかわらず、彼のことが心配になってきた。私を誘拐した犯人は、セアンの入ったお店の近くにいたのだ。彼は王子で護衛の数も多いとはいえ、私以上に危険な目に遭ってはいないだろうか……?



                 ***



 それから、どのくらい時間がたったのかもわからない。ずっと縛られたまま同じ格好というのは、身に堪える。膝から肘まで、ありとあらゆる関節が凝り固まっていくようで、じわじわと苦痛が襲っていた。口内の布のせいで顎が浮いたような状態なのも、もはや限界だ。

 一瞬のようにも、また永遠のように思える時間が過ぎた後で、ようやくこちらに向かってくる足音が大きくなってきた。


 ゆっくりと、誰かが近づいてくる。一人ではない。……二人だろうか? 足音は私の目前で止まった。


「……これは、何だ?」


 低く恐ろしげな男の声が頭上から聞こえてきた。明らかに、私のことを言っているのだとわかる。


「ロステレドでは珍しい髪と目でした。あと、高級な髪飾りを付けていて、ほら、そこに。なんでも、お忍びの王子と一緒にいたとかで。愛人ですかね?」


 別の男が説明している。セアンの変装は案の定バレバレだったようだ。


「――なんだと?」


 低い方の男の声色が変わった。


「今すぐこの女を放り出せ。」

「えっ?! いや、しかし……船長は王室が憎たらしくないんですか?」

「そんなことはいい。俺たちの計画が台無しになる前に、だ」


 そういえば、この男たちがここに来てから、心なしか頭上が騒がしい。わたわたと走り回る音と剣で切りあうような音と悲鳴がわずかに聞こえてきた。……なんだろうか?


「……まさか、こんなに早く?!」


 状況がわかったのか、手下の男が慌てだした。

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