攻略対象④ 宮廷楽士 その2
そのままダンスを続けていると、僅かばかりではあるものの、だんだんとコツが分かってきた。とは言っても、足を踏まないようにする、程度のものだが……。
「ああ、今のターンは良かったですね。やっとこっちを向いてくれました」
私にも、ダンスをしながら考え事をする余裕もできたということだろうか。大げさな賛辞とはわかっていても、やはり嬉しい。
「えっと、そうですか?」
「はい。せっかくのダンスなんですから、紳士との会話も楽しみのうちですよ。」
確かに、映画などではダンスをしながら目線や言葉を交わすシーンが出ては来るが……無意識の状態でダンスができていないと、とうてい無理な芸当だ。これが音楽の専門家であるラウニだからなんとか成り立つものの、それ以外の相手とは、まるで踊れる気がしない。
あたふたとしたまま、短いワルツが終わった。
「少し、休憩しましょうか。初めてにしては上出来でしたよ」
楽団員たちも各々別室に消えていく。私は肩で息をしていた。意外と、疲れる。ふくらはぎが悲鳴を上げている。
「す、すごいです。ど素人なのに、ラウニ様のおかげでなんとか踊りらしきものに……」
「ローネさんの筋が良いからですよ。うんうん、カイ殿下よりは才能がありそうですね」
「殿下は運動神経が良さそうですが……」
「剣術とダンスはまた別ですからね。おっと、不敬罪で投獄されてしまいますね」
そう言って爽やかに笑うが、縁起でもないことを言わないでほしい。
その一方で、私は不思議だった。前世の「私」は彼に思い入れがなかったようだが、本当にそうなのだろうか。一番気になっているのは……死んだ理由だ。それも、彼と話していたら思い出せるのだろうか。
「そういえば……」
考え事をしていると、ラウニが私の方に向き直った。亜麻色の髪がさらさらと流れる。穏やかに見える栗色の目は何を考えているのかわからない。
「ローネさんは、この国の方なのですか?」
「ええと、あの、たぶん……はい。浜辺に居たところを殿下たちに助けていただいたのですが、その前の記憶がはっきりとはしていないのです」
「なるほど。赤みがかった金髪はこちらでは珍しい色ですから、てっきり外国の方かと思いました。瞳の色も綺麗な紫……僕は初めて見ましたよ」
「そ……そうでしょうか?」
確かに自分でもそう思うが、鏡を見ていると慣れてしまって、あまり気にしたことは無かった。少しドキリとしてしまう。
「あの、なんでもいいのでこの国について教えていただけませんか?」
話題をそらすためにも思い切って尋ねてみると、彼は切れ長な目を細めて優しくほほ笑んだ。
「そうですね。一つ、記憶を取り戻すきっかけとしてお聞きいただければと思います」
彼は立ち上がると、ピアノの前に座った。重厚な黒のグランドピアノの鍵盤に、指を載せる。繊細な細長い指が自在に動き、音色を奏でた。
「我が国――ロステレド王国は国土の大部分を海に囲まれております。その発展は常に海とともにありました。人々は海を恐れると同時に海の神秘に魅せられ、崇拝もした。まことに、海というのは不思議な生き物のようなものですね」
流れるようにすらすらと言葉が飛び出す。まるで、戯曲のような口上だ。
「海に生きる生き物の中で、とりわけ異彩を放つのは人魚です。」
人魚、と聞いた時私は眠っていた記憶が呼び起こされてくるのを感じた。この話……どこかで聞いたことがある。なぜ、わざわざそのような話を私にするのだろうか……?
「いまだかつて国中でその姿を目にした者はいないと聞きますが、摩訶不思議な力を持つと信じられてまいりました。東方では人間を誘惑して海に引きずり込む恐ろしいものだと信じられてきましたが、わが国では人魚の鱗や涙には、人間を長寿にする力があるという伝承があります。ローネさんは、永遠に生きたいと思いますか?」
そう問いかけられたとき、心臓を掴まれているかのように息が止まった。同時に、カイが昨日言っていたことの意味が分かった気がする。何気ない様子を装いながら、この人も私のことを疑っているのではないだろうか。そんな不安に襲われる。いつのまにか、彼は鍵盤を奏でるのをやめていた。
「……え? いえ、あの……」
口の中がカラカラに乾いてうまく声が出せない。この人は、気付いていて言っているのだろうか?どうにも、やりにくさを感じる。私のそんな様子にも構わず、彼はひとりごとのように続けた。
「僕は……人魚の曲を作りたいと思っています。どれだけ作曲しても、やがて寿命が尽きれば死んでしまう。人魚に会ったら根掘り葉掘り聞いて、創作の糧にしますね。ああ、鱗や涙には本当に寿命が延びる力があるんでしょうか? 試してみたいことがたくさんあります。僕も長く生きて作曲を続けたいと思いますからね」
そう言って、にっこりとほほ笑む。
その瞬間、私ははっとした。ゲームの中の私が死んだ理由を、はっきりと思い出す。
『君は、人魚だったんですね』
そう言って檻に閉じ込められる場面がよみがえる。
彼にばれたら――監禁され、ただの「人魚」という種族として見られて、利用される。そのまま次の満月の日に、捕らわれたまま泡となって消えていく。
他のインパクトが強すぎて忘れかけていたが、彼もなかなかの危険人物だった。
「まあ、創造の賜物だという話もありますが……僕は、この海のどこかにいると信じていますよ。海は広いですから」
「そ……そうですね」
私はやっとのことで声を絞り出し、相槌を打った。
「どうかしましたか? 何やら顔色が悪いようですが……」
私が人魚だとばれたらいかにもまずい人物、ナンバー2はこの人だったようだ。どうして今まで思い出せなかったのだろうか。私は引きつった笑みを浮かべながら、ごまかした。
「いえ、その……。ちょっと慣れないダンスで疲れたみたいです。今日はこれで失礼しますね。ありがとうございました」
私はラウニに返事をさせる隙も与えず、そそくさとその場を後にする。
はやる鼓動を落ち着けながら、歩き出す。同時に、先ほどのやり取りはタイミングこそ違えど、彼との最初のイベント中にあったことを思い出した。あの時はさほど気にも留めなかったが、ゲームで一度死んだからわかる。優しそうに見えて実は……という一番危険なパターンが、彼だ。人当たりの良さに思わず騙されるところだった。
ともすれば、残された道は一つだけ。セアンを攻略することだ。前世の私は彼のルートを三、四回はやったので、おぼろげではあるものの、一番よく覚えていることになる。ただ、目下の問題は、自分が作り出した選択肢による監視問題なのだが……。
「どうなっちゃうのかしら……」
私はため息をついた。
王宮の外は晴れ。セアンの瞳のように澄んだ空が眩しかった。
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