◇イベント 晩餐 その1
あれから、二日たった。
もう、期限の十分の一は過ぎたことになる。にも関わらず、だ。相変わらず進展はない。一度だけ王宮を探索しようとしたが、メイドに「カイ殿下がいらっしゃらないときはやめた方が……」と全力で止められた。そして、カイが公務から戻ってきたときに中を案内してもらおうと前向きに構えていたら、「それ以上先へ進んだら殺す」と言われてばかりで心臓に悪すぎた。このやりとりで、寿命は確実に100年ではなくなっただろう。
カイからの監視があるため、自然と自室に引きこもりがちになってしまう。だが、そんなことでは誰とも懇意にならずに泡になって消えてしまうのを待つだけで、まったく不毛だ。
「行動しなくちゃ、いけないのに……」
はあ、とため息が出る。私は震える手でドアノブに手をかけた。いっそのこと、ばれないように出て行ってしまおうか。でも、そんなことをしたら確実に殺される。いや、セアンが掛け合ってくれたから、とりあえず審議には出してもらえるのだっけ。命の危険と隣り合わせというのは、思っていた以上に堪える。
と、タイミングよくドアをノックする音が聞こえた。目前で聞こえるので驚いてとっさにドアノブからぱっと手を離すと、あわてて返事をする。
「はっ、はい! どうぞ!!」
ドアが開いて顔を出したのは、二人の王子だった。二日ぶりのセアンの優し気な面立ちに、なぜか胸が高鳴る。隣のカイは相変わらず仏頂面で不愛想だ。
「ローネ嬢……だったか。調子はどうだ?」
「ローネで結構です。はい、おかげさまで何不自由なく過ごしております。カイ殿下にも宮中をご案内いただけましたし……」
命の危険にも晒されたけどね、と心の中で付け加えておく。
「それはよかった。カイも彼女と仲良くやれそうだな」
――それは……ない。
「はっ、誰がこんな得体のしれない女なんかと!」
考えていたことは同じだったようだ。彼の剣幕に、セアンは困ったものだと苦笑する。その笑顔を見ているだけで、落ち込んでいた心が少し和らいでいくのを感じた。
「あの、それでどうかしたのですか……?」
何か用があってきたのだろうと思い、セアンに向き直る。
「実は、君にこれから晩餐に参加してもらいたくて。城の客人という立場だから、父上――陛下にも一度会っていただきたいんだ。陛下は何かとお忙しい方だから、こういう機会でないと挨拶できないだろう」
「そっ……そんな! 私には身にあまる光栄と言いますか……謹んでお受けいたします。」
私はしどろもどろに返答しつつも、内心は小躍りしたい気分だった。
「せいぜい邪魔にならないようにしておけ。まあ、俺が監視しているんだから大丈夫だが。くれぐれも父上に変な真似はするんじゃねえぞ」
カイの敵意も、ここまでくるとなんだかもう慣れてきた。不思議だ。目に見える進展があったからだろうか。
「では、また後で。いつもなかなかゆっくり話ができなくて悪いな。」
「いえ……」
「兄上はこいつに時間を割く必要はないです。もったいないですから」
「…………」
カイは自身が多大な時間の浪費をしていると思っているのだろうか。
後ほどメイドを遣わすので、と告げるとそのまま二人は行ってしまった。
彼らを見送った後、私は部屋のソファーに腰掛けた。赤いベルベットの生地に沈みながら、考えに耽る。
それにしても、セアンがここまで忙しいとは思わなかった。一国の王子なのだから当たり前なのだが、近づく隙がまるでないのだ。加えて、敵意を向けてくる監視までついてしまった。記憶を頼りに彼を攻略しようとすることが、そもそもの間違いだったのだろうか……?
なら、と考えを巡らせる。いっそのことカイ……に行くのはただの自殺行為だ。彼を攻略しきるまでに、前世の私は四回くらい(ゲームの中で)死んだ。命がいくつあっても足りない。彼と接する時間が長ければ長くなるほど、命の危険にさらされる時間が長くなるのだ。
今はまだ、焦る必要はない。落ち着いて、セアンルートのこれからの流れを整理していこう。
海辺での邂逅ののち、主人公は王宮に滞在するようになる。セアンは主人公に、嵐の日におぼれかけた時、自分を助けてくれた女性が忘れられないのだという話をする。そして、彼の公務に付き添うなど、時間を共に過ごして好感度を上げていくうちに、20日目くらいに隣国の来賓も招いた王宮の舞踏会が催される。セアンは隣国の姫君を見かけ、主人公とどちらが自分を助けてくれた女性なのか迷う。ここで、好感度が足りていれば婚約はせず、足りていなければ、彼は隣国の姫と婚約する。そうなったら、あとはもうバッドエンドまっしぐらだ。泡になって消えるか、王子を殺して自分も死ぬか。噂ではここからハッピーエンドに向かうルートもあるにはあるらしいが、そんなコアな情報など前世の「私」が知る由もない。婚約しないルートに入ってからは、主人公があの日助けた人魚であるということをそれとなく伝えていかなければならない。むろん、さらに好感度を上げないと泡エンドになるので、気は抜けない。
「まあ、今は近づくこともままならないんだけどね……」
今夜のイベントは、おそらく……助けてくれた女性のことを話してくれるイベントだ。
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