第3話
すると俺への警戒心を露わに、兄さんが慌てて立ち上がった。
「いいよ、俺が送るから……」
けど、膝が砕けて再び座る。酔いと足の痺れが原因だろう。無様だな。
「大丈夫。任せておけって」
グラスに残っていたビールを一気に煽り、俺は悠々と立ち上がり、兄さんに笑顔を向けた。顔を真っ赤に染めた兄さんが、荒い息を吐きながら俺をにらんでいる。多少の優越感を覚え、逆に俺は気分が良い。
――だって、こいつは俺の初恋の人を奪ったんだから。
そりゃ、高校時代はいろんな女子と付き合ったけど。
それでも、涼子は俺にとって特別の人だった。
俺なんかじゃ太刀打ちできないすごい男を選ぶのだろうと思っていたのに。
(なんで兄さんなんだよ)
勉強ができるだけのダサい男。成績が良くて、単に先に産まれたってだけでマウント取ってくる面倒な奴。
なのにこれからは、実家に帰るたびに彼女が家にいる。兄の妻として。
「ほんとに、一人で大丈夫だよ。久しぶりに実家に帰ってきたんでしょ? 積もる話もあるんじゃない?」
スニーカーに足を突っ込む俺に、涼子は困ったような笑みを浮かべる。目が少し垂れているから、本人にはそんなつもりはなくても、困った表情に見えてしまう。それがまた、かわいい。
「別に。就活前だから、話すっていってもいらん説教ばかりなんだろうし」
「あんたがいつまでたってもだらしないからでしょ」
すかさず背後から、母の突っ込みが入る。涼子に向かって、俺は薄笑いを浮かべてみせた。
「ほらね」
「……」
涼子は明らかに困った表情を浮かべた。一人で帰りたがっているようだ。
――俺が苦手なのかな。
まともに話したこともないのに?
「じゃ、行ってくる」
母に声をかけ、涼子の背を押しながら俺は玄関を出た。
「涼子!」
兄の声が追いかけてくる。振り返ると酔いで真っ赤な顔をした兄が、ふらつく身体を壁で支えながら立っていた。
「気を付けて」
すると涼子の顔が一気に緩み、笑いを含んだ声で言葉を返す。
「大丈夫だってば。宏一さんたら、本当に心配症」
――この態度の違い。ああ、むかつく。
「さ、早く行こう」
これ見よがしに彼女の肩に手を置いて、俺は門扉へと押しやった。兄のため息なのか、深呼吸なのか、勢いよく行きを吐き出す音が聞こえたけど、振り返らずに玄関の扉を閉める。
――どうしてだろう。涼子には憧れていたけど、卒業後はたいして思い出すこともなかったのに。
兄さんの婚約者として現れたとたん、当時の想いが押し寄せる。
いつもは饒舌な俺が、彼女と二人きりになったとたん、緊張で無口になった。沈黙を携えたまま並んで家から五分ほど歩くと、駅へ通じる河川敷に差し掛かる。
「……宏一さんと、仲が悪いの?」
ふいに、彼女が小さな声で尋ねてきた。
「そうかもね。タイプがぜんぜん違うし」
「同級生が彼の妻じゃ、やっぱり落ち着かない?」
「別に、そんなことはないけど……」
つい、嘘をついた。彼女の声が、どことなく寂しそうに聞こえたから。
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