第2話
「うるさいな」
ああ、また。最悪な態度を取っている。分かっているけど……。
「笠井く……征次さんはみんなに優しかったからモテていたんですよ。少なくとも、私の周りの子はそう言ってました」
まさかここで涼子がフォローしてくれるとは思っていなかった。頬が熱くなっていくのを感じる。
「そうだったんだ? そういえば、征次の話はしたことなかったよね」
兄さんの顔が少し引きつる。
「だって征次さんとはまともに話したことがなかったから。クラスも違ってたし。わざわざ話すような話題はなかったんだけど、お義母さんの話を聞いて、そういえば……って思い出しただけなの」
涼子が困ったような視線で兄さんを見上げた。とたんに兄さんの機嫌が治る。
……なんか不愉快。
その後は酒を飲みながら、同じ職場で出会った二人の馴れ初めだの、両家の挨拶はいつにするだの、式はいつ頃がいいだの、新婚旅行の行き先だの、つまらない話ばかり続いた。
「真面目で、仕事ができて、後輩にも分け隔てなく優しい。そんな宏一さんが、とても素敵だなと思って」
そりゃ兄さんは真面目だけが取り柄で、ほかにこれといった趣味もなくて勉強ばかりしていたから、成績は良かった。他人に優しいのは自分に自信がなくて、少しでも良く見られたいからじゃないかな。俺には優しくないし――
心の中で涼子の言葉に反論しながら、テーブルの真ん中に置いてあった瓶ビールを取り、自分のグラスに注いだ。
「ちょっと征次、飲みすぎじゃない? まだ昼間なんだし、あんたまだ学生でしょ」
母にたしなめられ、俺はまたいじける。
「いいじゃん、成人してるんだから学生でも飲めるよ。めでたい席なんだしさ。なんなら兄さんも飲みなよ」
酒が飲めなくはないがそれほど強くない兄さんのグラスに、なみなみと注ぐ。
「ぬるくなるとまずいから、早く飲めば」
俺の言葉に、酒好きの父が乗ってきた。
「そうだな。こうやってそろって息子と一緒に飲む機会なんて珍しいし……改めて、乾杯!」
グラスを飲み干したあたりから、兄さんはあくびを連発し始めた。ものすごいピッチで飲み続けた父の顔も真っ赤だ。
「じゃあ、わたし、そろそろ……」
日が暮れ始めたとき、涼子が立ち上がった。白い肌を際立たせる青いワンピースの裾が少し皺になっていることに気づき、恥ずかしそうにそっと手で伸ばす。
「じゃあ、送るよ」
立ち上がった兄さんの足元がふらついた。
「大丈夫。休んでいて。一人で帰れるから。――本日はありがとうございました」
深々と頭を下げて、涼子は玄関へと向かう。玄関まで見送るために立ち上がった母が、俺に視線を向けた。
「もう日が暮れかけているし……あんたが送ってあげて。この間、角の向こうでひったくりもあったみたいだし。まだ捕まってないんですってよ」
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