たぶん、いつか

八柳 梨子

第1話

自宅のリビングで、俺は、目の前に座っている女性の表情を何度も盗み見ていた。


ふっくらと柔らかそうな唇。


少し垂れ気味の大きな瞳。


滑らかで、透き通った肌。


ミディアムロングの髪は毛先に軽くウェーブがかかっていて、高校生の頃に見た彼女より大人びて見える。


――当然か。あの頃からもう3年もたっているんだから。


彼女の隣には地味でさえない僕の兄が座り、だらしない笑みを浮かべている。


――ありえないんだけど。


学校で1、2を争う美少女だった彼女と、兄さんが結婚するなんて。



兄さんが結婚相手を連れてくるから早めに帰省しろと母から連絡が来たのは、3月の上旬だった。


4月から大学四年だというのに、バイトに明け暮れてまだ企業リサーチも満足にしていない。春休みになったら本格的に動こうかなと思っていた矢先のことだ。


「べつに俺がいなくてもいいじゃん。結婚式に呼んでくれれば」


「でもね、どうやら相手は征次の同級生らしいのよ。同い年とはいえ一応義姉になるんだし、挨拶しておいたほうがいいんじゃない?」


「誰? 名前を教えてよ」


「来たら教える」


少し面倒だなと思ったけど、結局好奇心に負けて静岡にある実家へ二泊三日で帰省した。


**************


5歳年上の兄とは年齢が離れているせいもあって、いわゆる反抗期が兄にまで及んでしまったのかもしれない。俺が中学に入った頃から、勉強はできるけどそれだけの地味な兄さんのことを少し見下していたように思う。


逆に俺はけっこう女子にはモテていた。成績はそこそこだけど、スポーツができたせいだと思う。バスケの試合には大勢の女子が応援に来てくれたし、大抵の女子は告ればすぐ付き合ってくれた。


――ある人を除いては。


それが、今目の前に座っている中井川涼子だ。


彼女はずば抜けた美少女で目立っていたけど、だからといって鼻にかけることはなかった。でも聡明で、バカ話をすると引かれそうな雰囲気だったから、男子はみんな遠巻きに憧れの視線を送るだけだった。


絶対に、手が届かない人。


在学中に、彼女を射止めた男は誰一人いなかったというのに――。


(なんで兄さんなんだよ)


「宏一が女性を家に連れてきたのって、今回が初めてなのよ。だからねぇ……ちょっとびっくりしちゃった」


予想以上にキレイな女性を連れてきたせいで、母は今も戸惑っているようだ。口調がぎこちない。


「初めてとか二度目とかそういうことは言うもんじゃないよ。ごめんね、涼子さん。うちの母さん、少し緊張してるみたいで」


そういう父も彼女を直視できず、頬をほんのり染めている。


……なんだろう、この変な空気。


「いえいえ。初めてお邪魔したのが私だなんて、光栄です」


涼子が、心から嬉しそうに言った。

相変わらず、声もかわいい。ああ、ダメだ。鼓動が激しくなってきた。3年も会ってなかったのに、彼女を前にすると――。


「征次なんて、しょっちゅう連れてきてたわよね。私が顔を覚える前に別の女の子って感じで、まぁ落ち着かないったら」


「別に俺は関係ないだろ」


母がよけいなことを言うもんだから、慌てて必要以上にどすが効いた声になってしまった。兄さんが顔をしかめる。


「ダメだろ、そういう口のきき方は。もう大人なんだから――」


――やめろよ、彼女の前で俺に小言を言うなよ。


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