第7話 内緒話は静かな夜に
夜、廊下は学生の足音一つなく、昼間とは違った空気が流れるマクドキア学術院。
その建物の最上階、院長室に人の気配がある。
「もうじき武術錬技が始まります。皆さん毎年のことではありますが、改めて学生及び外部の観覧者の方々の保護は最優先でお願いします」
そう言い放つのは、院長席に座る白髪に白髭を蓄えた中年手前の男性、マルクス=マクドキアであった。
机を挟んで向かい側には四人が片膝をついて敬意を示している。
左から順に
シルヴァリウス・ノッド、センリ・ハヅキ、
レベッカ・リーリ、フミル・ナーヴァと、教員達が並ぶ。
「今年は特に、部外者への対策は十分に臨んで下さい。大戦から十年、エリクシアも表立って動き始める頃合いでしょう」
「はっ」
四人は姿勢を崩さないまま応える。
マルクスは毎年何度も確認をする言葉を、今年は更に神妙な面持ちで噛みしめていた。
「時にシルヴァ、ハヅキ、生徒の育成は進んでいますか。考えたくも無いですが、もしかするとこの世代が戦火に放り出されることもあり得るのです。我々の預かり知らぬ場でも自衛が出来る様に、その命が理不尽に摘み取られない様に、お願いしますよ」
「承知しております」
名前を呼ばれた二人は顔を上げマルクスの真っ直ぐに透き通る青い瞳を見つめる。
そんな中、レベッカも顔を上げ、口を開いた。
「となるとやはりフォース・エリクシアの目的は……石、でしょうか」
「十中八九そう捉えていいでしょう、今年は学生に
一人、教団に狙われそうな子もいますがエリクシアに気づかれないように学術院に匿っていますから」
それを聞いたフミルは、先程とは打って変わってラフな口調で切り出す。
「とはいえあの子、学内で力使ったみたいですよ?多分私くらいしか分からない範囲でですけど」
「きちんと注意しておいてもらっていいですか…
あなたの話なら聞くでしょうから」
はぁ、とため息が聞こえそうな声だ。
空気が和やかになりつつある。
「フミル医務室長、あなたの医療と感知は催し事に際して非常に重要な役割を持ちます。当日は忙しくなりますよ」
「毎年のことですけどねぇー」
最初の敬意は何処へ行ったのか、友人との会話のようにするりと懐へ入る調子へと変わる。
マルクスもその意図を感じ取り、体勢を楽に取り直すとセンリに二本の短剣を投げた。
「ハヅキ、次の授業からこれを。あと薙刀と、小筒を用意してあげてください」
あたかも授業風景を見ていたかの如く指示を言い渡されて驚くセンリ。
「意図するところは分かりますが、宜しいんですね?」
「理不尽に立ち向かう為には早いに越したことはありません」
「分かりました、あなたがそう仰るのであれば」
日常は前触れもなく理不尽に崩れゆくものである。
しかしその裏では、大なり小なり知り得ぬ意図が潜んでおり、崩れゆく日常は決して理不尽などではなく、ただの結果として目の前に現れる。
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