第9話 続勉強会 前田正樹の場合

 余計な物を見てしまったけれど、何とか無事に卒アルと文集も手に入った事だし、そろそろ一階に戻って勉強を開始しなくてはいけない。卒アルと教科書を抱えていたのだけれど、文集は隠してあるので後のお楽しみに取っておこう。


 リビングに戻るとみさきと唯が仲良く楽しそうにしていたので、俺は少し長く離れすぎてしまったと思った。二人が仲良くなるのはいい事だけれど、俺がいないところで仲良くしているのは少し気になってしまった。そんな俺に気付いたのかはわからないけれど、唯は紅茶とクッキーを勧めてきた。


「お兄ちゃんも私が淹れた紅茶を飲む?」

「いや、紅茶は飲まない」

「そっか、今日のはみさき先輩も美味しいって言ってくれてるのにな」


 唯は少し寂しそうにしていたけれど、俺が持っている卒アルを見つけるとちょっと起こった感じで右手を伸ばしてきた。俺は唯の手を簡単に躱してみさきの横に座ると、そのまま卒アルのページを捲っていった。


「唯のクラスがどこかわかるかな?」

「見ていいの?」

「見ても大丈夫だよ。唯も本当は見られるのが嬉しいと思うし」

「ちょっと、お兄ちゃん。勝手なこと言ってみさき先輩を困らせないでよ」


 唯は基本的に写真写りもいいのだけれど、一枚だけとてもイイ写真が撮れているのを気にしているようだった。俺はそれも唯の可愛らしさを切り取れていると思うのだけれど、本人はそう感じてはいないようだ。誰だってその瞬間は無防備だし、意識して出来る人なんていないと思う。


「唯ちゃんが見ても良いって言うなら私は見ようかな」

「みさき先輩がそんなことを言うなら断れないじゃないですか」

「ありがとう、唯ちゃんのクラスを探してみるね」

「でも、今度みさき先輩の卒アルも見てみたいです」

「私のはごく普通だと思うから面白くないかもよ」

「私も普通ですよぉ」


 一枚だけ気にしている写真があるのは事実なのだけれど、それ以外の写真は唯本人もクラスメイトも気に入っていたようだ。前に遊びに来ていた唯の友達もそのような事を言っていたような気がするので、それは俺の思い過ごしではないと思う。


「どうかな? そんなに変わってないと思うから難しくはないかもしれないよ」

「唯ちゃんは小学生の時も可愛いからすぐにわかったよ」

「みさき先輩はもう見つけたんですか?」

「このメガネの子でしょ?」


 みさきは各クラスのページではなく一番最初の学年全員が写っている写真の中から唯を見つけたようだった。クラスを知っている俺でも集合写真の中から見つけるのは時間がかかったのだけれど、みさきはあっという間に唯を見つけてしまった。


「やっぱり唯ちゃんは小学生の時から可愛かったんだね」

「なんですぐに分かったんですか?」

「唯ちゃんとまー君って似てるなって思ってたんだけど、順番に見て行ったらまー君に似ている唯ちゃんがすぐにわかったよ」

「でも、眼鏡で結構印象違いません?」

「そうだね、印象は少し違うけれど、それでも唯ちゃんの可愛らしさは隠しきれていないよ」


 それを聞いた唯はちょっと恥ずかしそうに俯いて固まってしまった。最近は家でも眼鏡をかけなくなった唯だけど、みさきがもっと褒めれば眼鏡をかける機会が増えるかもしれない。俺は眼鏡をかけている唯も好きだから、ちょっと期待してみよう。


「この写真の眼鏡って持っているの?」

「ありますけど、変ですか?」

「ううん、とっても似合っていると思うよ」

「嘘じゃないですよね?」

「嘘じゃないよ。本当に似合っているなって思うよ」

「じゃあ、持ってきますんで待っててくださいね」


 俺が何度かそれとなく褒めた時は全く反応してくれなかったのに、みさきが少し褒めると自ら眼鏡を取りに行ってしまった。年頃の唯は眼鏡が似合っていると自分ではわからないらしく、俺や母さんが褒めても必要な時以外は眼鏡をかけようとはしなかった。同じ女子のみさきが言ったからこそ自信を持ったのかもしれないけれど、それだけでもみさきを連れてきた意味があるのだと思った。


「そんなにすぐわかるもんなの?」

「ぱっと見で何となくはわかったよ。眼鏡をかけているからちょっと不安だったけれど、唯ちゃんみたいに可愛い子が他に見当たらなかったしね」

「これだけの人数がいたら他にも可愛い子はいるんじゃないかな?」

「そうだね、何人かは可愛いなって思うけれど、唯ちゃんと比べるとそこまででもないかなって思っちゃうかも」


 唯が褒められるのは嬉しいけれど、そこまで見分けられるみさきが凄いなって気持ちの方が強くなっていた。みさきが母さんと父さんを見たらどんな反応をするのか気になったけれど、今日は母さんが出かけていて戻ってくる気配もないので会うことはなさそうだった。


「唯が戻ってくるまで少しの間だけど勉強しとこうか?」

「そうだね、少しは真面目に勉強やらないといけないよね」

「とりあえず、暗記が苦ってって言ってたから歴史から始めようか」

「数学ならすぐに答えわかりそうだけど、歴史はあんまり自信ないかも」

「そうだと思ったから歴史にしたよ」


 歴史が苦手なのは暗記が苦手だからなのか、似たような名前の人物が多いからなのか、似たような出来事が続いたりしたからなのか、俺もたまに自信が無くなってしまう事があるので、気持ちは少しわかる。みさきはどれも無難にこなしてそうだと思うけれど、意外と弱点も多いのかもしれない。


「わからないところがあったら聞いてね。ちゃんと答えられると思うけど、不安だったら調べるけどね」

「それなら私もわからないところを調べちゃうよ」

「その方が効率良いかもね」

「もう、それだったらまー君と一緒に勉強する意味無いじゃん」


 俺が持ってきた教科書をまとめているみさきではあったけれど、目が悪いのか時々教科書にかなり顔を近付けていた。唯と同じく本当は目が悪いのだけれど、眼鏡をかける姿を見られたくないのかな?

 女の子は意外と眼鏡をかけている姿を見られたくないのかな?


「どこかわからないところあるかな?」


 俺が急に話しかけたのに驚いたのか、みさきはビクッとしてこっちを向いていた。ちょっとだけ恥ずかしそうにしていたけれど、すぐに笑顔になって僕に笑いかけてきた。


「今のところは大丈夫だよ」

「もしかして、目が悪いの?」

「え? う、うん。そんな感じかな」

「女の子は大変だね」


 再び教科書に集中しているみさきではあったけれど、さっきみたいに顔を近付けることな無くなっていた。時々わからないところを聞いてきてはいたけれど、基本的なところはほとんど理解しているようだった。


「二人ともちゃんと勉強しているの?」


 眼鏡をかけている唯が戻ってきたのだけれど、俺はそれを無視して勉強を続けていた。みさきは唯を見て嬉しそうにしていたけれど、みさきに見られている唯も嬉しそうだった。


「唯ちゃんは眼鏡をかけても可愛いね」

「えへへ。みさき先輩に褒められると嬉しいです」

「唯ちゃんは眼鏡をかけてもかけなくても可愛いよね。まー君もそう思っているんでしょ?」

「そうだね。唯はいつでも可愛いよ」


 俺は勉強に集中しているので深く考えずに普通に答えてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る