第266話 災厄を振り払えーbalance
時間は少し遡る。
テレサがジル・ド・ラヴァールに戦闘を仕掛けた直後。
俺の脳味噌は今、高速で動いている。
既にテレサ先生は迎撃に向かっていた。
残された俺たちはどうすべきなのか。それを考えていた。
ここからどう動くのが最適解か。未だ答えは出ない。
だが間違えてはならない。一つの判断ミスは即ち、死だ。
こちら側は俺、クレア、サリー、ジェイドの学生四人。そしてロベルトさんを始めとする王都護衛豚五番小隊の面々。
相対するは、まほろばの尖兵。
リーダー格と思しき軍服の男リード。獣の毛皮を着た粗暴な男ファーゴ。おどおどした一見するとテロリストに見えない三つ編みの女性レイラ。その三名だ。
数の上ではこちらが圧倒的優位。が、そんなものは当てにならない。
相手は人を殺すことを躊躇しないテロ集団。
片やこちらは学生四人とそれを守らなくてはならない戦士たちだ。
戦力のバランスは傾いている。
分が悪いのはこちらだ。
お互いに睨み合いが続く。
空気は今も尚歪み、冷えていた。
「君たち……」
不意にロベルトさんが俺たちに声をかける。気の所為か言葉尻が僅かに震えていた。
「ロベルトさん?」
答えた俺も震えている。
緊張感が増していった。
「合図を出したら西側に向かってくれ。そのまま壁を壊して一直線に走るんだ。三キロほど走れば街に出る。そこにはワープ・ステーションがあるはずだ。それを使ってレクック・シティに戻ってくれ。そうすれば……助かるはずだ」
俺は生唾を呑む。
ロベルトさんの言葉は重い。質問も否定も受け付けない重さがあった。
「わかりました」
俺は答え、頷く。ジェイドは分からなかったがクレアとサリーも頷いていた。
ロベルトさんはそれを確認するとニッコリと笑う。
ただ、その笑顔が作り物だとすぐにわかってしまった。
ロベルトさんは徐に敵を見据える。笑顔はすぐに真顔に戻っていた。
「お前ら。準備はいいな?」
ロベルトさんの問いに今度は隊員の人たちが頷いた。全員一様に緊張しているのがわかる。
空気はさらに冷えていった。
もう冬だと錯覚するくらいに寒い。
「いくぞ!」
ロベルトさんは右手で火炎の塊を生み出し放つ。
そして、
「走れ!」
ロベルトさんの叫ぶような声が修練場に木霊した。
俺たちはその言葉を受け一斉に西に向かって走り出す。
「ファーゴ!」
リードが怒声を張った。
ファーゴがそれに応じるように飛び出す。
まさしく獣の如き跳躍力。
一瞬で間合いを詰めたファーゴは右手で難なく迫りくる火炎の塊を弾いた。
「何!?」
驚くロベルトさん。が、すぐに次の魔法の準備に入る。
俺たちは慄きながら、しかし足は止めず走り続けた。
「喰らえ! 『
ファーゴの右手から掌サイズの黒い塊が捻出される。
それがロベルトさんたちの周囲にばら撒かれた。
「避けろ!」
ロベルトさんたちは咄嗟にその場から放れる。
直後、凄まじい爆音が轟いた。
黒い塊は宛ら手榴弾。
爆炎と黒い煙が立ち込める。
だが、どうやら全員無事だったようですぐに迎撃の構えに入っていた。
良かった。流石、王都護衛部隊……
「は!」
そう思ったとき、恐ろしい気配に気づいた。
俺の視線は自ずとリードに向かう。
「アイガ?」
足を止めそうになった俺を心配するクレアの声が辛うじて聞こえた。
それでも俺の不安は拭えない。
なんだ? この悪寒は?
リードは右足を軽く上げている。
奇妙ではあるが、それだけだ。
それなのに、俺はリードから目が離せなかった。
「勝鬨を上げよ、凱歌を歌え。隊列を組んで敵を屠れ。起きろ、『ニーズヘッグ』!」
祝詞を唱え終えたリードの背後に黒い巨大な龍が出現した。
巨躯。
兎に角デカい。
十メートル以上の体躯。翼も大きいが折りたたまれており空を翔けるイメージは湧かないほどボロボロだった。
四肢は筋肉が発達している。
その貌は気怠そうでやる気は感じられない。
だが、その見た目とは裏腹に放つ気配は強制的に死を意識させる。
一目見ただけで分かる。
これは捕食者の空気だ。
リード。彼奴もまた
その右足にはいつの間にか
あいつが片足を上げていた意味が漸くわかる。
右足全てを黒いレガートが装備されていたのだ。
燃え盛る炎をそのまま固めたような意匠の鎧。
そして何より特徴的なのが、刃。
そのレガースの外側部分にはキラリと光る三日月上の刃がある。その刃もまた黒い。
よく見れば、踵の部分にも鋭い刃があった。
あれは……『
俺の中の警報がけたたましく鳴り響く。
「『
リードがその右足で地面を踏み拉いた。
次の瞬間、その足元に黒い紋様が走り瞬く間に魔法陣を生成される。血が渇いたようなその黒い魔法陣が鈍く淡く輝いた。
そこから人の形をした黒い影が亡者の如く溢れ出す。
それらは立ち上がると同時に王都護衛部隊に向かって突撃を始めた。
その数……二十五体。
忽ち数の有利は覆された。
「くそ!」
ロベルトさんたちは各々武器を構える。
例え相手が契約者だとしても彼らの戦意が喪失することはない。
俺はまた走ることに注力する。
ただ、脳内はまだ晴れていない。
「愚かなり。王都護衛部隊」
それはリードが発した言葉だった。
その声だけが何故か俺の耳に届いた。
まるで死者の呻き声のように俺の耳にこびりつく。
俺は走り続けた。
不安を払拭するように。
眼前に迫る修練場の壁。
ここまでくるのに何十時間と走った気がした。
やっと終わる。
そう思って俺は壁を睨んだ。
あとはここを壊すだけだ。
力任せに拳を握る。
その時だった。
「がぁ!」
断末魔のような声が聞こえた。
消えかけた不安が再度燃え上がる。
そして……
ドン!
と、眼前の壁に何かがぶつかった。
「な!?」
そこにあったのは……
否、いたのは……
ロベルトさんだった。
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